日銀レビュー:「開放経済下での金融政策入門」を読む

 先日(といっても随分前ですが)、米国の経常収支赤字についてのエントリの中にも開放経済下でのマクロ経済モデルに基づく分析結果(Obstfeld and Rogoff等)についてふれました。タイミング良く日銀レビューで藤木裕氏が紹介されていますので、そちらを参照しつつ概要を纏めてみます。

1.マンデルフレミング(MF)モデル
 MFモデルは、財市場の均衡を満たす金利と産出量との関係(IS曲線)、貨幣市場の均衡を満たす金利と産出量の関係(LS曲線)に加えて、外国為替相場の需給均衡(BP曲線)を考慮したモデルである。
MFモデルの基本形では、?外国の金利が一定(小国の仮定)、?物価変化は硬直的、?国際間の資本移動は完全である、?国内・国内の経済主体はリスク中立的であり、現在の為替相場は将来も持続するものと想定している。想定?、?により国際資本市場の均衡は自国金利と外国金利が一致する直線として示され、自国財市場、自国貨幣市場、外国為替市場の3市場の需給を均衡させる金利と産出量は以上の3曲線の交点として示される。

 以上の4つの仮定の下で変動相場制下における金融政策の効果をみると、中央銀行による金融緩和(LM曲線の右方シフト)は為替市場の減価(自国金利の低下)を経由して輸出増を誘発し、総需要を刺激する(IS曲線の右方シフト)。結局、想定?、?により自国金利は一定のまま、産出量が増加する。
想定?を「為替相場は変動するが、経済主体はその変化率を正確に予想する」とした場合、BP曲線により定まる自国金利は外国金利為替相場の変化率を足した値に等しくなる。この状態の元で予期されない金融緩和を行った際の影響として知られるのが「オーバーシューティング現象」と呼ばれるものである。つまり、為替相場は短期の時点ではマネーサプライの増加を上回って円安に振れ、輸出増加を通じて総需要が拡大するが、その後次第に為替相場円高に調整され、総需要の低下とともに長期的にはマネーサプライの増加に見合った為替相場の水準に落ちつくというものである。

2.新しい開放マクロ経済学(ORモデル)
 MFモデルは便利な分析手法であるものの、政策が経済主体による異時点間の選択に与える影響が不明確であり、厳密な経済厚生への影響を計測出来ないといった問題点を抱えている。OR(Obstfeld and Rogoff)モデルは、以上のMFモデルの難点を打開する試みである。

 ORモデルの特徴は、大きく三点ある。一点目は財市場は独占的競争に従うというものである。つまり、財市場における企業は多数であり企業は差別化された財を生産・販売しているという状況を想定している。企業は自国及び外国に生産した財を販売するが、両市場への価格は自国・外国の通貨換算を行えば一致する。つまりMFモデルでは短期において成立していなかった購買力平価の関係がORモデルでは常に成立する。二点目の特徴は各期における財価格は一期前の値から変化しないが、長期的には財価格は変化するという点である。三点目の特徴は、消費者が国際資本市場から自由に借入・貸出を行うことが可能であるという点である。

 自国において予期されない金融緩和のショックが加わった場合の効果をみると、まず短期では価格が硬直的であるため、貨幣市場の均衡のために金利が低下し、為替市場は減価する。消費者は為替市場の減価に伴って外国財から国内財に需要をシフトさせ、結果国内消費は増加する。生産者は独占的競争に基づいて行動するため、国内需要の増加に伴い生産を増加させる。経常収支の動きをみると、消費者は動学的特性から現在と将来の消費を平準化させるように行動する為、国内消費の増分は企業の生産の増分ほど増加しない。よって黒字方向に働く。長期では、短期における経常収支黒字効果が利子収入をもたらす為に自国消費は増加する。外国では逆に経常収支赤字化、利払いが生じる為に国内消費は減少する。自国企業の生産は労働の不効用が高まる為に減少する一方で、外国では労働と生産が増加する。為替レートの変化は、MFモデルで観察されるようなオーバーシューティング現象が生じず、購買力平価に即した水準に調整される。

3.ORモデルの留意点と拡張例
 ORモデルに関する留意点として二点が指摘されている。一点目は「購買力平価が常に成立する」という仮定についてである。購買力平価が成立していない場合、企業は自国市場、外国市場において異なる価格設定を行っている(PTM: Pricing to Market)と考えられる。二点目は為替相場の変化率とマネーサプライの変化率との関係である。ORモデルの予測に従うと、為替相場の変化率がマネーサプライの変化率よりも小さくなるが、現実の経済においてはマネーサプライの変化率よりも為替レートは大きく変動している。この点についてはORモデルにおける輸出価格設定においてPTMを採用する企業が増える程、為替レートの変化は大きくなる事が指摘されている。つまりPTMを採用することで為替レート変動が経常収支に与える影響は小さくなるため、経常収支の不均衡が生じた際に必要となる為替レートの変化幅は大きくなる為である。

 ORモデルにおける限界である、?金融政策がマネタリーベースの増加によりなされると仮定されている点、?企業の価格設定の仮定、の2点を乗り越える試みが最近なされている。以下、?の金融政策の拡張点についてみると、クライダ・ガリ・ガートラーによるモデル(CGG2ヵ国モデル)*1では、IS曲線、フィリップスカーブを制約として社会厚生を最大化させるように政策金利を操作するとの想定がなされ、中央銀行がターゲットとする物価は消費者物価から輸入品を控除した国内財の価格となる。また、この場合の望ましい金融政策のルールは閉鎖経済から得られたものと同様となることが知られている。閉鎖経済のモデルと異なる点は、政策金利のインフレ率への反応度合い、自国の政策金利は自国の自然産出量のみならず外国の自然産出量にも依存する点、自国の均衡実質金利の変化を通じて実質為替相場が変化する点である。

4.感想
 MFモデルは、IS-LMモデルに外国為替相場が加味されており、その意味で扱いやすいという利点がある。一方でORモデルおよびCGG2ヵ国モデルは各主体の行動についてMFモデルよりも詳細な設定がなされており、経済厚生への影響を評価出来るという利点を有している。金融政策を評価するにあたっては、各産業の価格設定、為替レートと国内経済との関係性(パススルー)等をはじめとする地道な分析の結果を理論モデルにフィードバックさせていくという試みを続けていくことが必要だろう。

*1:詳細は日銀レビューを参照のこと