ESRI「短期日本経済マクロ計量モデル(2006年版)の構造と乗数分析」

1月に入ってすぐに内閣府で作成・公表しているマクロ経済モデルの最新版の内容が公表されていました。法人税減税の効果については報道でもなされていたのですが、内閣府における各種試算の核となるモデルだと思いますので、モデル内容も合わせてチェックしたいところです。以下、備忘録も兼ねて内容をざっとおさらいしてみます。詳細は公表されているペーパー(http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis180/e_dis173a.pdfhttp://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis180/e_dis173b.pdf)をご覧下さい。

1.モデルの構造
(1)概要

 短期日本経済マクロ計量モデルは四半期ベースのマクロ計量モデルです。方程式総数181本、推定式63本となっていますのでそれなりに規模が大きなモデルだと思います。今回の推計の売りの一つだと思いますが、推計期間が1990年から直近時点(2004年もしくは2005年)となっています。これでバブル崩壊後のデータに推計期間が限定されるということです。モデルは構造方程式については二段階最小自乗法および最小二乗法が適用されています。方程式の本数が多いこともあり、完全なシステム推計とは至らないためにこのような対応をとっているのだろうと思います。別途フォワードルッキングな枠組みを備えたモデルを作成しているとのことですが、発表されているのはバックワードルッキングなモデルです。
 モデルの体系ですが、財貨・サービス市場、労働市場、貨幣市場、外国為替市場の4つの市場を想定しており、IS-LM-BP型のフレームワークを基本としています。四半期モデルということもあり、各推計式の推定に際しては色々と工夫がされています。例えば、各方程式は長期的な均衡関係からの短期的な乖離として定義されている点です。
財貨・サービス市場では、総需要(=GDP)が個人消費、投資(企業設備、住宅)、政府支出(政府消費、公的固定資本形成は外生変数)、外需(輸出−輸入)の合計として定義され、IS曲線を構成し、一方で供給側としては労働供給、資本ストックが生産関数を通じて潜在GDPとして定式化されています。GDPと潜在GDPのギャップがマクロの需給ギャップとなります。
 労働市場では労働供給および労働需要の水準が求められるわけですが、労働供給は実質賃金により説明され、労働需要は要素価格均衡式から均衡労働分配率を導出した上で、現実の労働分配率との乖離が失業率・労働需要を決めるという形になっています。
 貨幣市場はLM曲線によりマネーサプライが決まり、短期利子率は財貨・サービス市場から得られる需給ギャップ物価上昇率に基づいて決まります。長期金利短期金利の期間構造から導出され、実質金利名目金利−期待物価上昇率)は資本コストとして財貨・サービス市場にフィードバックされます。
 外国為替市場では為替レートがアセットアプローチ(内外相対価格、内外金利差、リスクプレミアムに依存)に基づいて決定されます。経常収支は財貨・サービスの輸出入および要素所得の受け払いの合計値として決まり、資本収支はBP曲線に基づいて決まります。

(2)前回推計との変更点
?推計データについて

 大きな変更点としては、価格系列について全て連鎖方式への修正・反映に対応し、かつ新基準の連鎖指数による更新を1994年以降について行っています。さらに1990年から1993年の実質系列については固定基準方式の系列を用いて遡及した上で推計に利用しているとのことです。本文中にも書かれていますが、やはり現在利用できるSNAの連鎖系列が1994年以降というのは計量モデルを作成するにあたっては障害になりますね。遡及がなされるとの話もありますが、出来るだけ早い作成・公表が待たれるところです。

?構造方程式の推計結果について

 各構造方程式の推計結果で特徴的な変化は、a)投資関数の資本コスト弾性値の上昇、b)マクロ生産関数における資本と労働の代替弾力性が1を有意に下回ったこと、c)GDPデフレータGDPギャップの変化に対する反応が大きくなったこと、が挙げられています。
 a)は実質金利に対する企業の設備投資行動の関係が強まったことを示唆していますが、不況バイアスの可能性(不良債権処理に伴う設備投資の低迷)もあり得ます。個票ベースの推計では企業の設備投資行動にキャッシュフローが影響しているという結果もありますし、データの蓄積を待って検討すべき点でしょう。b)については資本と労働の代替性が低下したという見方も出来ますし、労働分配率が長期均衡経路から不況に伴って短期的に乖離したとの見方もあり得ます。c)については推計期間がデフレ期を多く含むのでその影響もあるかもしれません。いずれにせよ、更なる実証分析の結果から判断される点でしょう。

2.推計方法とシミュレーション結果
 モデルの動学的特性を判断する上で、財政支出拡大(公共投資、政府支出変化)、所得減税(個人所得税法人税)、消費税増税、金融政策(短期金利引き上げ)、外部環境変化(為替減価、原油価格上昇、世界需要増加)のケースについてシミュレーションがなされています。シミュレーションは基準ケースに対するカウンターシミュレーションの形です。
 あわせてモデルから得られる乗数は線形性を保持しているため、シミュレーション結果から線形性が確認されるかのテストも行われています。
 まずもってシミュレーション結果自体は刻々と移り変わる経済状況に依存するため、あくまで参考値ということに注意すべきですが、昨今の法人税減税に関する議論で言えば、法人税減税がもたらすGDPへの影響がかなり大きくなった点(2005年版の値0.41%上昇と比較して0.68%上昇となった)は注目すべき点でしょう。一方で減税による歳入減が景気拡大を通じて減殺される程度は大きくなく、財政収支は赤字となることも記載されています。この点は税収のGDP弾性値が低く推計されている点を示唆するのだと思いますが、モデルの推計結果とともに内容を吟味してみる必要がありそうです。

〔追記)
 上記のシミュレーションですが、利上げの効果も分析していますね。タイミング良いことこの上ありませんが(笑)。
当然ながらシミュレーション結果からはGDPには下押し圧力がかかることがわかるのですが、さすがにこれ以上GDP成長率が下がることは政府筋は容認しないでしょうね。日銀で動かしている計量モデルではどんな結果になるのでしょうか、ここらあたりにも気になるところです。