デフレはどこまで続くのか?(その2)

 その1では名目賃金と企業経営の動向が我が国国内の物価水準(デフレ)に影響していることをみた。名目賃金の動向を把握するには、労働需要と労働供給の両面からみていくことが必要だろう。さらに労働需要を考える場合には企業経営動向との関係についても留意すべきであり、そして名目賃金と企業経営の動向の二つは密接に結びついている。
 以下、物価水準を決める要因のうち、雇用の側面から名目賃金がなぜ上がらないのかをみることにしよう。

1.名目賃金の状況
 名目賃金の動きをみるには、毎月勤労統計調査の結果を利用するのが手軽だろう。以下の図表は、長期で収集が可能な現金給与総額(30人以上の事業所)の水準をみている。この図からは、我が国の名目賃金水準がa)70年以降一貫して上昇していたこと、b)90年〜96年にかけて上昇度合いは弱まり、c)97年〜01年にかけて下落し、d)02年以降横ばいであることがわかる。
 つまり失われた十数年を境に、まず賃金の伸び率が下落した後に純減に転じ、02年以降の景気回復期にほぼ横ばいとなって推移しているのが現在の姿だということだ。

現金給与総額(現金給与総額(30人以上の事業所)の推移


2.雇用調整の状況
 賃金の水準を判断する場合ある基準に即してみた場合、現状の雇用水準が過剰なのか不足なのかをみることが判断基準の一つだろう。名目賃金の動向を把握する場合においても、雇用不足圧力があるのならば、それは賃金上昇圧力として作用する。
 以上の趣旨に基づいて、雇用関数を推計した上で最適雇用水準と現状の雇用水準との乖離幅の関係を探ってみた。雇用関数は、毎月勤労統計から常用雇用指数、総実労働時間、現金給与総額指数(実質ベース)、鉱工業統計から生産指数(以上指数は05年基準)を収集し、雇用量ベース、総労働投入量ベースの雇用関数を推計してみた。*1
 結果をみると、雇用量を被説明変数とした雇用関数(1)の場合は90年以降実質賃金と雇用量の関係が不明瞭になっていることがわかる。同様の傾向は雇用量×労働時間とした場合についても言えるが、70年〜06年のデータで推計した場合の結果は望ましいものとなっている。

計測結果

(注)網掛け部分はt値が有意でない、もしくは符号条件を満たさない値である。

 雇用量×労働時間を被説明変数とした場合の70年〜06年の推計結果を用いて最適な雇用量×労働時間と現実の雇用量×労働時間との関係、両者の乖離率を見たのが以下の図表である。折線グラフは2005年を100とした場合の雇用量×労働時間(常用雇用指数×労働時間指数)及び回帰式から推計した最適雇用量×労働時間であり、雇用量×労働時間は05年に10000*2となる。これをみると92年以降LH線がLH*線を上回っており我が国は雇用過剰の状況にあるが、02年以降雇用不足にあることがわかる。

雇用過剰・不足度合いの計測

 参考のため、常用雇用指数L、労働時間指数Kの動き(図中右目盛り、2005年=100)をみているが、労働時間は88年以降大きく減少した後、ほぼ横ばいであり、雇用は93年以降増加ペースが弱まりほぼ横ばいとなっている。

参考:常用雇用指数×労働時間指数の推移

(注)常用雇用指数はL、労働時間指数はHに対応する。いずれも2005年=100

3.名目賃金と失業率の関係
 デフレに陥った90年代後半において特に実質賃金と雇用との関係は不明瞭になっている点を留保としつつ、70年〜06年のデータで推計した雇用関数に基づいて雇用過剰・不足度合いを見ると現在の我が国の状況は雇用不足である。これは賃金上昇とともに失業率を下げる方向に寄与するものと考えられる。
ではどのような状況になったら賃金は本格的に上昇するのだろうか。以下の図表は現金給与総額の対前年比と完全失業率をプロットしたものである。これをみると、名目賃金の上昇が明確に把握できるようになるには失業率が少なくとも3%前半にまで減少することが必要だということが推測できる。構造的・摩擦的失業率を推計してみると2%後半から3%程度との結果になるという点も以上の推測を補強するだろう。

名目賃金と失業率の関係

4.結論
 以上、景気回復局面において我が国国内の物価水準がなぜインフレにはならないのかを雇用の側面について跡付けてみた。労働需要をみると、02年以降は雇用不足であるといえるだろう。但し、現状では雇用不足は十分に解消されるには至っていない。仮に失業率が2%後半〜3%の水準にまで回復すれば、名目賃金の上昇が生じる状況になるだろう。

*1:雇用量ベース:log(L)=α+β×log(Y)+γ×log(W/P)+δ×トレンド、総労働投入量ベース:log(L×H)=α+β×log(Y)+γ×log(W/P)+δ×トレンド、L:常用雇用指数、Y:生産水準、H:労働時間、W/P:実質賃金

*2:=100×100