自家撞着に陥る枝野幸男議員の預金金利引き上げ論

 先日の民主党枝野議員の「朝まで生テレビ」での発言は『銀行は公的資金を投入したにも関わらず、預金金利を貸出金利よりも低水準に抑えることで儲けを出している。預金金利を上げることが経済効果をもたらす』という趣旨であった。
 先日簡単にふれたようになぜこのような議論がなされるのかがよく分からないが、もしかすると民主党議員の多数派の中ではこのような意見が主流なのかもしれない。以下、枝野議員の議論を自分なりに再現・斟酌しながら、仮に預金金利を現在の貸出金利並みに引き上げた場合にどのような影響が生じるのかをみていくことにしよう。

1.我が国の預金金利、貸出金利、個人預金残高の推移
 以下の図表は、日銀HPから得た定期預金金利普通預金金利譲渡性預金金利、貸出金利、預金残高の推移である。預金金利は定期預金・定期積金貯蓄預金普通預金別かつ満期別に金利が設定されており、さらに預入金額によっても異なる金利が設定されている。当然ながら高額の預入をすればするほど、さらに満期限が長ければ長いほど金利は高くなるというわけだ。図表中の数値は、定期預金(新規受入分)について満期限の違いを平均した総合金利、そして普通預金金利譲渡性預金金利を預金金利として挙げているが、直近の水準は定期預金金利の場合は0.5%、普通預金金利は0.2%、譲渡性預金金利は0.5%である。

預金金利、貸出金利、個人預金残高の推移

(資料)日銀統計

 次に貸出金利についてみてみよう。貸出金利は日銀では「貸出約定平均金利」として毎月統計が公表されている。図中の数値は当月中で実行した貸出に対して適用された金利(新規)でかつ全ての約定期間(短期、長期、当座貸越)を平均した値である。直近時点では1.6%である。
最後に預金残高についてみよう。預金残高は預金主体によって一般法人、個人、公金、預金の種類によって要求払預金、定期性預金、譲渡性預金の三つ、さらに預けた金融機関別に国内銀行、外国銀行日本支店、信用金庫、その他金融機関別に分けて整理されている。図表中の数値はこのうち、個人による預金残高として把握できるものを合計している。直近時点(2008年7月)では約455兆円であり、要求払預金200兆円、定期性預金255兆円、譲渡性預金742億円といった内訳である。

2.預金金利が貸出金利と同じになった場合の消費への一次的な影響
 1.から個人が保有している預金残高と貸出金利と各預金金利の差から、貸出金利と預金金利が一致した場合の金利収入額の増分についてみよう。
 まず、要求払い預金には普通預金金利0.2%が従うものとすると、金利差は1.4%となる。よって要求払い預金に対応した金利収入額の増分は2兆7877億円(約200兆円×1.4%)となる。同様に、定期性預金の場合は、金利差は1.1%なので金利収入額の増分は2兆8100億円(約255兆円×1.1%)、譲渡性預金の場合は金利差は1.1%なので8億円(742億円×1.1%)となり、合計して5兆5995億円となる。2007年度の名目GDPが515兆円であるため1.1%相当ということになる。
 貸出金利と預金金利が以上の形で一致した場合の経済への影響はどう見ればよいのだろうか。家計にとってみればこれは所得の増大に繋がるために、可処分所得を押し上げると見るのが一つの考え方である。もう一つの考え方は金利収入の増加を資産効果とみるものである。
内閣府短期日本経済マクロ計量モデルの結果(増淵等(2007))*1から判断すると、消費関数の推計結果から、可処分所得1%増大に伴う実質消費への影響は(ラグの効果を合計したもの)0.56%、家計金融資産残高1%増大に伴う消費への影響は0.1%となっている。5兆5995億円の金利収入増加は確報最新値である2006年の国民経済計算の数値をベースにして考えると家計可処分所得を1.8%押し上げ、さらに家計金融資産残高を3.6%押し上げる。よって、預金金利が貸出金利と同じになった場合の影響は金利収入増大が可処分所得の押し上げとして看做される場合には1.8×0.56%=1.00%、金利収入増大が資産効果を経由して消費を押し上げると看做されるのであれば3.6×0.1%=0.36%であるため、民間消費への影響は0.36%〜1.00%ということになる。実質GDPへの影響ということで言えば、民間消費の実質GDPに占める割合は55%程度なので、0.198%〜0.55%がインパクトということになる。
但しここで考えた経済的影響は、現在の預金金利を貸出金利と同じにした場合の効果であるため、このような効果は現実的なものではなく、投資や為替といった要素へのマイナスのインパクトは考慮していないため、これらを考慮すればプラス効果ではなくマイナス効果が生じるものとみた方が良いだろう。

3.金融機関の視点で見た貸出金利と預金金利の関係
 金融機関の視点で見た場合、預金金利、貸出金利はどのように考えることができるのだろうか。金融機関の収益の中で大きな割合を占める貸出利益は貸出金利と市場金利の差である「貸出スプレッド」と市場金利と預金金利の差である「預金スプレッド」の合計である預貸利鞘の動向に依存する。「貸出スプレッド」は貸出金利として貸出約定平均金利(ストック、短期)、市場金利として譲渡性預金金利を用い、「預金スプレッド」は譲渡性預金金利から普通預金金利と定期預金金利との平均値を差し引いた値を採用している。預貸利鞘の動向をみると2000年以降は趨勢的に低下を続いていたものの、2006年中ばには増加に転じつつ、直近時点では横ばいで推移している。貸出スプレッドは直近の動向を見ても継続して下落していることがわかるだろう。つまり、枝野議員の言う「貸出金利を吊り上げることで銀行は利益を得ている」という指摘はデータを見るかぎり当てはまっていないのである。更に預貸利鞘の動向は2006年中ばに預金スプレッドがプラスに転化したことで上昇しているが、これは日銀による利上げのタイミングに符号している。そして利上げをしたことで市場金利が上昇し、預金金利が市場金利ほど上昇しなかったことで預金スプレッドが上昇し、そのことが預貸利鞘を上げ、金融機関の収益を改善させているわけである。よって、最近の金融機関の収益に関して言えば、枝野議員は預金金利を上げない金融機関のみならず、利上げを行ったことで市場金利を引き上げた日本銀行に対しても糾弾する必要があるわけだ。


貸出スプレッド、預金スプレッド、預貸利鞘

(資料)日銀統計

貸出スプレッド、預金スプレッド、預貸利鞘

(資料)三尾(2007)『最近の貸出スプレッド縮小の背景を巡る分析』、日銀レビュー2007年6月号。

 それでは、以上の図式から預金金利を貸出金利と同じだけ引き上げた場合の金融機関への影響はどうなるだろうか。明らかなことであるが、貸出スプレッド及び預金スプレッドはゼロとなるため、金融機関の利益は大幅に減少せざるをえない。三尾(2006)に記載されているが、2006年上期の業務純益のほとんどが貸出利益であることを考慮すれば、金融機関の利益への影響は非常に大きいものと看做さざるを得ない。それでは金融機関はどう行動するだろうか。可能性としては貸出金利を上げて利鞘を確保しようとすることが考えられる。そうすれば、借入を行う企業の投資は停滞し、そして借入コストを高めることで企業業績にも悪影響となる。さらに全般的な金利の上昇は円高を生み出すことは明白だろう。
 つまり、預金金利を貸出金利と同水準まで上げるということは結局のところ金融機関の収益を大きく低下させることに繋がり、金融機関の収益低下は信用創造に大きな影響をもたらす。金融機関が貸出金利を上げることで収益回復を行うとすれば、それは借入先の企業のコスト増大、投資低迷に繋がるだろう。

4.まとめ
 以上、簡単に枝野議員の主張に即しながら纏めてみた。まず、預金金利を貸出金利並みに引き上げることによる一次的な効果は、金利収入の増加である。これは可処分所得の押し上げやキャピタルゲインの増大に直結するが、このことは消費を増加させる。現状では貸出金利と預金金利金利差は1.1%から1.4%程度であるが、金利差が縮小することで実質消費は0.36%から1%程度、実質GDPは0.2%から0.6%程度高まる。
 しかし話はこれで終わらない。金融機関の視点に立てば、預金金利を貸出金利並みに引き上げることは預貸利鞘をゼロにすることを意味する。預貸利鞘がゼロになってしまえば金融機関は業務純益の殆どを失うことになるだろう。貸出金利を上げることが出来なければ信用創造は停滞する。さらに貸出金利を上げて収益を回復しようとすれば企業の借入コストは高まり投資は停滞し、経済にはマイナスのインパクトが生じるだろう。このように考えていくと、預金金利を引き上げることは結局のところ短期金利及び長期金利全般を引き上げることに等しい。
 では、以上のような金利引き上げの効果を可処分所得増加による消費増といった経済へのプラスの影響と金利上昇による投資、為替等への経済へのマイナスの影響の双方を加味して考えた場合にどのようなことが言えるのだろうか。
内閣府マクロ経済モデル(増淵他(2007))の乗数表を参考にして考えると、所得税減税による可処分所得の増加が経済に与えるプラスの影響は個人所得税減税を名目GDP1%相当の規模で行った場合には実質GDPを1年目0.26%押し上げる。金利収入の増加を可処分所得の増加と看做せば、この乗数効果の結果が使えるだろう。そして、インパクトが名目GDP比1.1%相当であったことを考慮すれば、預金金利を貸出金利並みに引き上げることは1.1×0.26%=0.29%の実質GDP押し上げ効果があるということになる。預金金利の引き上げ幅は1.1%から1.4%であるが、これがやや低めに見積もって短期金利1%ポイントの引き上げであると看做すと実質GDPへの影響はマイナス0.39%である。よってプラス効果とマイナス効果を足し合わせれば、結局経済への影響はマイナスとなる。勿論簡単な計算であるため、数値の当否は不明だという反論(はないとは思うが)もあるのかもしれない。しかしながら預金金利を貸出金利並みに引き上げた場合のインパクトはそもそも大きいものではなく、かつ投資への影響を考慮すればそのインパクトはさらに小さくなるということは確実だろう。
 そして枝野議員の指摘は最近の預貸利鞘の動向を見るかぎり本末転倒でもある。上記で指摘したが、近年預貸利鞘を増加させている要因は市場金利と預金金利の差である預金スプレッドが上昇しているためであり、貸出金利と市場金利の差である貸出スプレッドは趨勢的に低下している。預貸利鞘を増加させている預金スプレッドの上昇が問題であるのならば、預金金利を高めに設定しない金融機関のみを批判するのではなく、市場金利に直結する政策金利の引き上げを行った日本銀行に対しても等しく金融機関の利益増大に繋がるむやみな利上げを行うべきではないと指摘すべきなのである。つまり、枝野議員は自家撞着に陥っているのである。