小泉政権下の経済変動を考える−1970年代〜現在までの経済変動をみる−

 Mankiw(2001),"U.S. Monetary Policy During the 1990s"*1を参考にしつつ、我が国国内の1990年代の経済変動に関する分析(桜・佐々木・肥後(2005),"1990年代以降の日本の経済変動:ファクト・ファインディング”,日本銀行ワーキングペーパーシリーズ*2なども頭の片隅に入れながら、1970年代以降の日本の経済変動、そして小泉政権下の経済変動について確認してみたい。

0.指標について
 実質GDP成長率、インフレ率(消費者物価指数コア)、完全失業率の3つの指標の動きをみていくことにする。検討にあたっては、実質GDP成長率は四半期実質GDP*3の対前年同期比、インフレ率は月次の消費者物価指数コアの対前年同月比*4、失業率*5は月次の値をベースとした。尚、文中で2000年代と記載している期間は、月次データの場合2000年1月から2006年3月まで、四半期データの場合2000年第1四半期から2006年第1四半期まで、小泉政権は2001年4月に発足しているため、小泉政権時は実質GDPの場合には2001年第2四半期〜2006年第1四半期、インフレ率、失業率の場合は2001年5月〜2006年3月としている。

1.GDP成長率
実質GDP成長率の動きをみると、我が国の実質GDP成長率(対前年同期比)は70年代平均5.23%、80年代平均3.78%、そして90年代平均1.43%と次第に低下していたものの、2000年から直近期の平均成長率は1.74%と若干上向いている。小泉政権期の実質GDP成長率は1.48%であり、「失われた10年」である90年代の平均成長率と比較して3.5%程*6改善しているが、2000年〜直近期までの平均成長率の水準には至っていない。これは政権発足直後の2001年第3四半期から2002年第1四半期にかけて実質ベースでマイナス成長を記録していること、2000年第1四半期から2001年第1四半期までの期間に実質成長率は1%程度〜3.5%程度の水準を維持していたこと、の2点が大きく影響している。


 
 経済のパフォーマンスを検討するには達成された成長率が安定的に推移しているかどうかを見ることも必要だろう。図中の標準偏差をみると、70年代から80年代にかけて成長率の標準偏差は低下し、経済成長率は安定的に推移していたことが伺える。但し、90年代以降の標準偏差は大きく拡大し、不安定化している。同様の事実は前掲の桜・佐々木・肥後(2005)、Blanchard and Simon(2001)*7、Stock and Watson(2003)においても指摘されている。2000年以降の経済成長率の標準偏差は1.55となっているため、この数値からは経済成長率は90年代よりも27%*8安定化したことがわかる。小泉政権下では標準偏差の値は1.62となり、90年代と比較して24%*9改善しているものの、2000年代と比較するとわずかに不安定化している。
以上の実質GDP変動の背後にあるものを探るには消費、投資、輸出入等の主要項目の動きをみていくことが必要だろう。下図は実質GDPを構成する主要項目の対前年同期比の平均、標準偏差、実質GDP成長率に対する寄与率*10をみたものである。
下図から何が言えるだろうか。90年代の経済停滞は平均変化率で見た場合、民間投資(住宅・企業設備)の伸びがマイナスに転じた事、民間消費の伸びが80年代と比較して半減していることが大きな理由である。2000年以降の経済成長は公的固定資本形成の成長率がマイナスになった一方で民間企業設備の伸び率がプラスに転じたこと、純輸出の伸びが拡大した事が大きく影響している。
80年代から90年代の実質GDP成長率の不安定化(標準偏差の拡大)は、桜・佐々木・肥後(2005)では設備投資の不安定化が大きく寄与していると指摘している。下図においても設備投資の標準偏差は拡大しているが、公的固定資本形成の標準偏差も同様に拡大しており、これらの要素が実質GDP成長率の変動を不安定化させたといえるだろう。2000年代の経済変動は安定化しているといえるが、この安定化に寄与しているのは民間住宅投資および公的固定資本形成である。
実質GDPに対する寄与率を年代別に比較すると、2000年以降の各項目の寄与率には他の年代にはない特徴が観察される。それは政府消費と公的固定資本形成をあわせた政府部門の寄与率がマイナスに転じていること、輸出および輸入の寄与率が大きく拡大していること(輸出61.9%、輸入−37.6%)である。下図は実質実効為替レートの推移をあわせて記載しているが、輸出の拡大の要因の一つとしては、為替レートが2000年代に円安へとシフトし、安定的な変化を保っていることが挙げられるだろう。

2.失業率
 次に失業率の変化をみてみよう。1970年代以降の平均失業率は70年代1.67%、80年代2.5%、90年代3.0%、2000年代4.9%とじりじりと上昇しており、特に90年代から2000年代の上昇幅が大きいことがわかる。標準偏差の動きは、1.実質GDP成長率と同じく80年代から90年代にかけて失業率の変化が不安定化した事を示しているが、2000年代の標準偏差は減少していることから、2000年代に入って失業率が高水準で安定していることを示唆している。小泉政権下の平均失業率は4.9%、標準偏差は0.42%だが、2000年代平均と比較するとわずかに高い。これは実質GDP成長率の動きと整合的である。



3.物価
 我が国のインフレ率は70年代には9.22%で推移していたが、80年代以降は2.5%、90年代1.2%と徐々に低下し、2000年以降には−0.4%となった。標準偏差の値も減少しており、低水準で安定化していることが特徴である。失業率と物価の動きを考慮するとフィリップス曲線は近年フラット化していることが想像できる。尚、2000年代のインフレ率は直近において上昇に転じており、平均インフレ率および標準偏差の水準を共に高める方向に作用する可能性が高い。

f
 
4.2000年代の経済構造の特徴と小泉政権
 以上、実質GDP成長率、失業率、インフレ率の年代別変化をみたが、小泉政権は1990年代の「失われた10年」よりも高い実質GDP成長率を達成し、変動を安定化させることに成功した。但し、失業率およびインフレ率は上昇および減少するという好ましくない状態を安定化させている。2000年代の経済変動は70年代から90年代までの経済変動とは政府部門の寄与率が始めてマイナスに転じた事、輸出入の寄与率が大幅に向上したという点において異なっている。
今般の景気拡大は「実感のない景気拡大」と言われるが、景気拡大の「実感」が得られるには民間企業設備投資の拡大が民間消費、民間住宅投資の力強い伸びを誘発していくことが必要だろう。問題は以上のメカニズムが働かないうちに景気が腰折れする可能性があるということである。上でも挙げたように今般の景気拡大は輸出入の寄与率が大きく拡大していることが特徴であり、為替レートが円安でかつ安定的に推移するという「パラダイス」がどこまで続くか、また「パラダイス」が継続する中で、民間企業設備投資の拡大が民間消費、民間住宅投資の力強い伸びを誘発するというメカニズムがどの程度働きうるのかという点がポイントだろう。

(追記:5/22)「2000年代」の期間について追加しました。尚、為替レート変化については、2006年4月から5月にかけて実質実効為替レートの値が円高に振れていますが、以上の記載の中には反映されていません。

*1:http://post.economics.harvard.edu/faculty/mankiw/papers/mp90-2.pdf

*2:http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/wps/wp05j10.htm

*3:内閣府HPより1994年以降は連鎖方式に基づく実質GDP(2000年基準、季節調整値)、以前の値は68SNAにおける季節調整値の伸び率で遡及した値から計算。最新年は2006年第1四半期(1次速報値)。

*4:2000年基準、季節調整値。記載されている1971年1月以降の数値を参照。

*5:季節調整値

*6:=(1.48-1.43/1.43)×100)

*7:G7各国の経済成長率の標準偏差を比較分析したもの。

*8:=(1.55−2.13)/2.13×100

*9:=(1.62-2.13)/2.13×100

*10:各四半期のデータについて寄与率を計算し、平均をとった値。図中のその他は公的および民間在庫品増加・開差項