構造的・摩擦的失業率(1967年第1四半期〜2006年第3四半期)の推計(その1)

 「平成17年版労働経済の分析」では、UV曲線を仮定した上で、一般化最小二乗法を適用してパラメータを推計し、構造的・摩擦的失業率の算出がなされているが、「平成18年版労働経済の分析」では構造的・摩擦的失業率の推計についてはふれられておらず、直近年の動向がどのようになっているのかは不明である。*1
 「平成17年版労働経済の分析」でなされている構造的・摩擦的失業率の推計については、ベバリッジカーブのシフトを構造要因により説明していないため、推計誤差を含めて構造的失業率を過大推計してしまうという問題点、UV曲線がベバリッジカーブの周囲で円運動を行っているため、推計された傾きから逆算するという手法では景気回復初期に構造的失業率が過大評価され、景気後退の初期では過小評価される可能性があることが指摘されている。 *2
 「平成18年版労働経済の分析」においてなぜ構造的・摩擦的失業率の推計がなされていないのかは不明だが*3、以上のUV曲線に基づく推計の限界を踏まえながら「労働経済の分析」で行われている手法に則りつつ、直近のデータに基づいて構造的・摩擦的失業率の推計を行ってみることにしたい。

1.UV曲線の推計方法
 計測方法は、「労働経済の分析」にならって行った。具体的な推計方法は下記の通り。

  • 職業業務安定統計、労働力調査から雇用者数、完全失業者数、有効求人数、就職件数(いずれも季節調整値)を参照し、雇用失業率(u)*4、欠員率(v)*5を計算
  • 推計期間は1967年第1四半期から2006年第3四半期とし、「労働経済の分析」で行われている推計期間(i)1967年第1四半期〜75年第4四半期、ii)1983年第1四半期〜89年第4四半期、iii)1990年第1四半期〜93年第4四半期)に加えて、景気循環を考慮して、1994年第1四半期〜2001年第4四半期、2002年第1四半期〜2006年第3四半期の2つの推計期間を追加している。
  • 回帰式はlog(u)=α+β×log(v) u:雇用失業率、v:欠員率
  • 回帰式の計測は系列相関の除去*6、および不均一分散*7に配慮している。
  • 以上の回帰式の計測から得られたパラメータを用いて雇用者ベースの均衡失業率および完全失業者数を求め、最後に就業者数のデータを用いて構造的・摩擦的失業率を求めた*8


2.計測結果
 UV曲線(log(u)=α+β×log(v))の計測結果は以下の通りである。尚、比較のため「労働経済の分析」で報告されている推計結果を同時に掲載している。結果をみると、「労働経済の分析」で掲載されている計測結果とパラメータの値(β)は概ね同じ水準である。決定係数は本推計の方が全般的に低いが、D.W比の値は良くなっていることがわかる。

労働経済の分析」ではUV曲線が安定的な関係があるかどうか特定しがたいとして、94年以降の構造的・摩擦的失業率の値は1990年第1四半期〜93年第4四半期の計測結果を利用して計算している。確かに1994年第1四半期から2001年第4四半期における計測結果では、パラメータは有意であるものの、うまく自己相関を除去することが出来ないという結果になっている。ただし、強調したいのは今般の景気拡張期である2002年第1四半期以降のデータを適用したUV曲線の計測結果は良好であるという点である。



注1:係数は90:1〜93:4、94:1〜01:4のβの値が5%有意である点を除き、全て1%有意である。
注2:誤差項の自己相関は1994:1〜01:4以外は全てAR(1)、1994:1〜04:1についてはAR(3)として計測している。


3.構造的・摩擦的失業率の推計
 2.で2002年第1四半期以降のデータを適用した場合、UV曲線の計測結果は望ましい形となったことを見たが、「労働経済の分析」の1990年第1四半期から93年第4四半期の計測結果をそのまま適用した場合と比較して、どの程度構造的・摩擦的失業率に差が生じるのだろうか。結果を紹介しつつ、この点を検討してみたい。
 以下の図表は、両者の結果を適用して構造的・摩擦的失業率を推計した結果である。「労働経済の分析」のパラメータを適用した結果は「平成17年版労働経済の分析」での値と整合的な結果と判断できる*9。ただし、内閣府月例経済報告記載の構造的・摩擦的失業率*10と比較すると全期間において高めの水準となっている。「労働経済の分析」における1990年第1四半期から93年第4四半期の計測結果をそのまま延長した場合、2006年第3四半期の構造的・摩擦的失業率の値は3.83%となるが、今回推計したUV曲線に基づく構造的・摩擦的失業率の値は3.73%となり、0.1%ポイント低い値となっている。また、2002年第1四半期から直近までの構造的・摩擦的失業率の平均をとると前者が4.01%であるのに対して、後者は3.77%となり、差は0.24%である。結果をみると、景気拡張が始まった2002年第1四半期では差が0.38%ポイントとなっており、拡張期の初期の段階での差が大きいことがわかる。



注1:「本推計」欄の値は上記計測結果から計算した値。
注2:年代、年の値は該当する四半期の値の単純平均値である。
注3:「平均」の値は、2002年第1四半期から2006年第3四半期までの値の単純平均値である。
注4:「「労働経済の分析」のパラメータを適用した場合」の値は、2.の「労働経済の分析」の推計期間の場合には対応するパラメータを用いて推計し、さらに76年第1四半期〜82年第4四半期の値は67年第1四半期〜75年第4四半期と83年第1四半期〜89年第4四半期のパラメータの単純平均値、94年第1四半期以降の値は、90年第1四半期〜93年第4四半期のパラメータを適用した上で計算している。


4.構造的・摩擦的失業率が4%との見通しは正当か。
 以上、「労働経済の分析」で記載されている手法と同じ方法を適用して、構造的・摩擦的失業率を推計したが、特に直近の景気拡大期において93年時点の計測結果をそのまま適用すると構造的・摩擦的失業率は高めに出てしまうことがわかる。日経新聞の経済教室(11/21)における短期経済予測では、構造的・摩擦的失業率の直近の想定が4%程度と報告されており、2007年度の失業率の予測結果3.9%とあわせて現実の失業率が構造的・摩擦的失業率の4%ラインを下回り、それが賃金の押し上げ、さらに個人消費の改善に繋がっていくとの見通しをたてているが、以上の結果を元にするとこのような見通しは正しいといえるのだろうか。
 構造的・摩擦的失業率の値は「労働経済の分析」のパラメータを用いた場合、2005年度平均値は3.94%、2006年第2四半期〜第3四半期平均で3.82%である。このように見ていくと、直近の構造的・摩擦的失業率が4%程度との見立ては「労働経済の分析」における1990年第1四半期〜93年第4四半期のデータより得られたパラメータを適用して推計したのでは、との推測も成り立ちうる。
 ただし、既述の通り2002年第1四半期以降の値からパラメータを推計してみると良好な結果が得られており、本推計の結果から得られた2005年度平均値は「労働経済の分析」に即した場合よりもさらに低く、2005年度平均3.80%、2006年第2四半期〜第3四半期平均3.72%である。
 この結果を考慮すると、2007年度において失業率の見通しが3.9%となったとしても構造的・摩擦的失業率を下回るということにはならないため、失業率の観点から賃金の押し上げ、個人消費の改善へと繋がると述べるのは正しくない、といえるのはないだろうか*11。構造的・摩擦的失業率の値は推計手法(UV分析、オーカン法則を適用したもの)によっても異なり、さらに構造要因をどのように特定化するのかによっても変化する。構造的・摩擦的失業率の値がどの程度の水準かという点は、失業率と構造的・摩擦的失業率の差として導かれる需要不足失業率にも影響し、短期のマクロ経済政策や中長期的な雇用政策を考える上でも大きな影響を及ぼすだろう。紙面の都合もあるとは思うが、数値を出してコメントするのであれば4%の根拠を示すことが必要と思った次第である。

(全般的に追記しました。すみません。11/23、3:03)

*1:http://bank.mycom.co.jp/mm89.php?PHPSESSID=3f3f0ce13f42d87f10a8d45626c57477 直近時点の構造的・摩擦的失業率の計測結果として、ニッセイ基礎研が行った結果が紹介されている(2006年1月〜2月期で3.94%)。

*2:北浦・原田・坂村・篠原(2003)、「構造的失業とデフレーション」、フィナンシャルレビュー第67号。尚UV曲線に基づく推計にはその他の問題点として、失業率と欠員率のカバーする範囲がそろっていないこと、デフレにより労働市場の調整力が低下しているため、UV分析がゆがめられたものになっている可能性があることが指摘されている。望ましい推計方法は上掲論文の分析に即したものと思われるが、短時間で推計するのは手間がかかるので割愛します(笑)。

*3:上記批判に加えて1994年以降のデータについて計測したパラメータがうまく計測できなかったことが理由かもしれない。あくまで推測。

*4:=(完全失業者数/(雇用者数+完 全失業者数))×100

*5:=(有効求人数−就職件数)/(有効求人数−就職件数+雇用者数))×100

*6:まず系列相関を考慮せずに推計した上で、DW検定、残差のコレログラムから自己相関の次数を特定した上で再度回帰することで系列相関を除去している。尚、1994年第1四半期から2001年第4四半期の計測期間では、以上の方法を適用しても系列相関を除去することができず、その結果がD.W比の値に現れているともいえる。

*7:残差に対してWhite検定を適用し、均一分散という帰無仮説を棄却した場合のみ均一分散となるよう、推定されたパラメータの標準誤差を修正(Newey-West修正)して推計している。上記の点は、飯塚・加藤「Eviewsによる経済予測とシミュレーション入門」(日本評論社)第3章の議論を参照されたい。

*8:計算式はhttp://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaa200501/appmat.htmlおよびhttp://www.nli-research.co.jp/doc/we040213.pdfを参照。尚、余談ながら「平成17年労働経済の分析」では、Uの推計の際にu**が用いられると書いてありますがこれはu*の誤り(誤植)です。念為。

*9:グラフで目視した限りでは概ね同じ水準だと判断できます

*10:http://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei-s/0407.pdf

*11:ミクロの決死圏ですので大したことではない?と思いますが・・折角推計したので。