構造的・摩擦的失業率(1967年第1四半期~2006年第3四半期)の推計(その2)

(その1)では、直近時点における構造的・摩擦的失業率の水準につき、「労働経済の分析」で適用されていた分析手法(UV分析)に基づいた推計結果を紹介した。それによると、02年第1四半期以降の期間についてのUV曲線の推計結果は良好である。尚且つ「労働経済の分析」で推計された90年第1四半期から93年第4四半期までのパラメータを適用した直近時点の構造的・摩擦的失業率の値(3.94%程度:2005年度平均)と比較して構造的・摩擦的失業率の値は低くなっており、わが国の直近の値は4%を有意に下回ることがわかる。
 さて、(その1)で行った「労働経済の分析」に沿ったUV分析については、北浦・原田・坂村・篠原(2003)*1による有力な批判がある。彼らは構造的・摩擦的失業率の推計をフィリップスカーブに基づく分析、UV分析、オークンの法則に基づく分析で行った上で、それぞれの手法から観察される点につき批判的に検証を行っている。以下、北浦・原田・坂村・篠原(2003)の議論を敷衍しつつ、今回行ったUV曲線の推計のはらむ問題点を中心にみていくことにしたい。

1. UV分析の考え方
 UV分析とは、失業率(U)と欠員率(V)を二軸にとってプロットした場合、原点に対して右下がりの安定的な曲線(ベバリッジカーブ)が観察されたことから、このカーブのシフトにより構造的失業の変化をみるというものである。つまり失業率と欠員率が共に減少すれば、失業者と求人のマッチングの効率が高まるため、構造的・摩擦的失業率が減少したと考える、というものである。また、失業率と欠員率が共に増加した場合は逆に構造的・摩擦的失業率が減少上昇した、ということになる。構造的・摩擦的失業率は失業率と欠員率が等しい水準(45度線)と推計したUV曲線とが交わるところで定まる。


出所:北浦・原田・坂村・篠原(2003)

2.UV曲線の定式化
(1)構造的要因の考慮
 「労働経済の分析」では、log(u)=α+β×log(v)として定式化がされているが、多くの研究*2では、失業率(対数形)を欠員率(対数形)、構造要因、一期前の失業率(対数形)*3で回帰させた上で、log(u)=log(v)を計測している。このような定式化と「労働経済の分析」を比較すると、「労働経済の分析」では構造要因が明示的に考慮されていないため、推計誤差を含めて構造的失業率を過大推計してしまうこと、構造要因をコントロールしていないため、傾きの値(β)を不正確なものにしている可能性があり得る。またあわせて、推計対象期間を区切って推計を行い、傾きの値と対応する年の(u,v)から推計を行ってしまうため、90年代以降の失業率が高水準にある期間の推計を行うと構造的・摩擦的失業率が高どまることがわかる。
 ただ一方で、北浦・原田・坂村・篠原(2003)においても指摘されているが、構造要因を説明変数として考慮する場合、何を構造要因として特定すべきかの選択が困難であること、さらに構造要因自体が循環的要素を含む場合があり得るという問題点もある。北浦・原田・坂村・篠原(2003)におけるUV曲線の推計では、多様な構造要因を特定し様々なケースを想定した上で、推計を行うことで対応している。
 

出所:北浦・原田・坂村・篠原(2003)

(2)UV曲線の円運動
 UV分析における一つの問題として、UV曲線の円運動がある。これは観測される(u,v)の値がベバレッジカーブの周りで円運動をすることで景気回復の初期に構造的失業率が過大評価され、景気後退の初期では過小評価される、ということである。
 北浦・原田・坂村・篠原(2003)で報告されているuvの値と、1994年第1四半期以降のuvの値を並べてみると、uvの値が円を描くように変動していることが直近の値を追加した場合でも確認することができる。

 新たに追加した図表は(その1)で推計した対象期間の中で、1994年第1四半期〜2006年第3四半期の(u,v)の値をプロットしたものだが、内閣府景気循環日付を参考に重ね合わせてみている。これをみると、1990年代の景気拡大期において失業率は減少せず逆に高止まりし、景気後退期において上昇するという現象が観察される。これは失業率の調整がうまく進まなかったことを示す。また2002年第1四半期以降の景気拡大期では90年代と比較して、失業率が減少しており、94年以降と比較して失業率の調整が進み労働市場の調整能力が高まっていることがわかる。

(3)物価水準とUV曲線
 北浦・原田・坂村・篠原(2003)では、(u,v)が45度線の上方に位置すればするほど、物価水準は低下する一方で失業率が高どまるという状態、つまりフィリップスカーブの水平部分に位置する状態になると論じており、この点がUV曲線のシフトを考えるにあたって考慮すべき重要な点であると指摘している。高い失業率と低い欠員率が成立するという事実が、デフレによるものであれば構造的・摩擦的失業率の推計の際には両者を峻別した上で推計することが必要となるわけだ。
 この点を上の図表を元に跡付けてみると、消費者物価指数の下落が進んだ97年の景気後退期、2000年から2002年の景気後退期において(u,v)は45度線から離れて上方に位置づけられており、また消費者物価指数の減少率が低下した2002年以降では(u,v)は45度線の方向に近づいていることがわかる。


出所:http://www.nikkei.co.jp/keiki/shouhi/

 この過程は以下の図表のフィリップスカーブでは、マイナスの期待インフレ率に陥った状況(=図表u1より右位置)から徐々に(u,v)の45度線上の値に対応する(u0,ω0)の方向に近づいている状態として考えることが出来る。尚、直近の(u,v)は45度線よりも上方に位置づけられているため、フィリップスカーブのu0とu1の間に位置づけられていると解釈することができるだろう。



出所:北浦・原田・坂村・篠原(2003)

(4)望ましい推計方法
 以上のようにみていくと、望ましい推計を行うためには、まず構造要因と物価変化といった要因を明確に区分していくことが必要となるだろう。北浦・原田・坂村・篠原(2003)では、構造要因、物価変化、失業率の粘着性に配慮しつつ4000通り以上の推計を行った上で望ましい定式化をピックアップしており、可能な限り以上の方法に即した推計を行うことが望ましいだろう。(その3)*4では上記の考え方に即しつつ、幾つか推計を行ってみることにしたい。

*1:http://www.mof.go.jp/f-review/r67/r_67_075_119.pdf

*2:例えば北浦・原田・坂村・篠原(2003)、大竹・太田(2002)、Sakurai and Tachibanaki(1992)など。文献名については北浦・原田・坂村・篠原(2003)のリンクを参照

*3:失業の調整過程を記述

*4:いつになるかどうか知りませんが・・