失職率と景気循環との関係

 ロンドン在住の匿名エコノミストにより運営されている「New Economist」。話題も様々で興味深いエントリが多い*1。以下では「New Economist」で取り上げられている失職率(job loss rates)と景気循環の関係についての議論(Are Robert Shimer and Robert Hall wrong about unemployment?)を紹介しつつ、フィラデルフィア連銀のエコノミストである藤田氏とカリフォルニア大のRamey教授の論文(Fujita and Ramey(2006))(http://www.philadelphiafed.org/files/wps/2006/wp06-17.pdf)の方法を参考に我が国の失職ハザード率(job loss hazard rate)と復職ハザード率(job finding hazard rate)を推計し、景気循環との関係を探ってみることにしたい。


1.失業率変化の中で失職率はどのように作用するのか?
 通常雇用統計で報告されている完全失業率や就業者数といった統計は、ある特定個人の就業や失業といった変化を集計した形で報告されている。例えば1ヶ月間に失業者数が10万人増えたという結果が報告された際、それは各個人の行動変化を集計した結果だろう。つまり失業者数の変化は、a)1ヶ月前に失業しており、現在も失業している人、b)1ヶ月前には就業していたが、なんらかの理由で職を失い失業した人の2種類に分けることが可能である。同様に就業者数の変化も、c)引き続き就業している人、d)一ヶ月前に失業していたが、職を得た人の2種類に分けることが出来る。このように失業変化の要因を分けることでより緻密に景気変化との関係を分析することができる訳だ。

 以上の点を念頭に置きながら「New Economist」の議論をおさらいしてみることにしよう。シカゴ大のShimer教授(Shimer(2005))は失業率の変化を決めるa),b)の2つの要因のうちb)の失職率はほとんど影響せず、且つほぼ景気循環と同一方向に(cyclical)変化しており、失業率の変化をもたらしたのは職を見つける確率が変化したことだと結論づけている。つまりa)の要因の変化が大きく影響していると論じている訳である。スタンフォード大のHall教授もShimer教授と類似の主張を行っている。Hall教授の言葉を借りると以下のようになる。

In the modern U.S. economy, recessions do not begin with a burst of layoffs. Unemployment rises because jobs are hard to find, not because an unusual number of people are thrown into unemployment.

 
 これは我が国の失われた十数年下における失業率上昇の原因が何かを考える視点にも繋がる。つまり失業率の変化が構造的・摩擦的要因に起因するものなのか、そうではなく需要要因に起因するものなのかということである。勿論、このような分け方をすればShimer教授やHall教授は失業率変化は構造的・摩擦的要因に起因するとみていることになる。だが藤田氏とRamey教授は、Shimer教授やHall教授の議論は適切な分解方法に基づけば、失業率の変化は失職率の変化によって説明可能であり、かつ景気循環と逆方向に変化すると論じる。「New Economist」では、職を失うこと(job losses)の方が職を得ること(job hires)よりも変動が小さいとしても、藤田氏とRamey教授の議論の方が正しいのではと結んでいる。


2.我が国の場合はどうだろうか?
 ここまで読んでいくと、我が国はどうなっているのだろうかという点が気になってくる。そこで限定的ではあるが、Fujita and Ramey(2006)の方法を参考にしながら失職ハザード率と復職ハザード率を労働力調査から推計してみることにしよう。正確な推計を行うためには個票データが必要となるが、公表資料しか利用できない。そこで以下の方法で推計してみた。
 まずFujita and Ramey(2006)では月次データが用いられているが、過去失業しており現在復職した人数を公表統計から把握するには労働力調査の詳細結果を参照する必要があるため、四半期データを用いた。失職ハザード率は(非自発的離職者数+自発的離職者数)÷(一期前就業者数)として計算した。Fujita and Ramey(2006)では、失職ハザード率と復職ハザード率から平均失職率(average job loss rate)、平均復職率(average job fnding rate)を導出している。復職ハザード率を得るには就業者数のうち過去離職していた人数を得る必要があるが、これは労働力調査の詳細結果(9表)の就業者数(前職あり)の数値を用いた。詳細結果の公表は2002年第1四半期以降であり、以前の特別調査とは断絶が生じているため、平均失職率及び平均復職率は2002年第1四半期以降について計算している。
 失職ハザード率の4期後方移動平均をとり、内閣府景気循環日付と対応させたのが以下の図表である。


 
 これをみると、86年第1四半期から91年第1四半期にいたる景気拡大期には失職ハザード率は減少しており、景気変動に対して逆方向(counter-cyclical)に変動していることがわかる。但し、90年代の景気拡大期においては失職ハザード率は上昇しており景気変動と同方向(pro-cyclical)に変化している。さらに2002年以降の景気拡大期は一旦上昇した後、減少に転じるという動きになっている。以上からは、Fujita and Ramey(2006)で得られているようなcounter-cyclicalな関係は景気拡大期においてもpro-cyclicalな関係を示す時期もあり、十分に見出されない。では、日本のデータからはShimer・Hallと藤田・Rameyの議論のどちらが正当性があるといえるのだろうか。
 このような動きとなった背景には集計データを利用しているため、個々の動きを捉えきれていないという側面もあるが、同期間の消費者物価指数(コア、前期比の後方4期移動平均を適用した値)をとってみると面白いことがわかる。

 図表をみると景気拡大期において物価上昇率が停滞する時期においては失職ハザード率は上昇し、景気拡大期において物価上昇率が大きくなると失職ハザード率は下落するという関係が浮かび上がる。また、景気拡大期において、a)物価上昇率が短期間にゼロ近傍にまで下落した場合(98年〜00年)、b)物価上昇率が安定的にマイナスである(01年〜03年)場合に失職ハザード率が大きく上昇しており、c)物価上昇率がマイナスからゼロ近傍に近づいていくことで失職ハザード率が大きく下落している。

 02年以降については平均失職率、平均復職率を計算することが可能であるが、これらの指標を用いると物価変化との関係はより鮮明になる。以下の図では、平均失職率と平均復職率、物価上昇率を重ねてみている。尚、平均失職率及び平均復職率は02年第1四半期を1とした場合の値である。図表をみると、物価上昇率が低位で安定している02年第1四半期から03年第1四半期においては平均失職率・平均復職率はほぼ変化していない。平均失職率及び平均復職率が変化するのは物価上昇率が大きく変化する場合である。これはフィリップスカーブが水平な局面において失業率が高止まっているという状況にも重なる。

3. 失職率は景気循環に対してcounter-cyclicalか?
 以上、本エントリでは失職率と復職率と景気循環の関係を論じたShimer・Hallと藤田・Rameyの議論を紹介しつつ、我が国のデータに当てはめてみた。公表ベースのデータから計算した結果であり正確に失職・復職の動きを捉えたとは言いがたいが、景気拡張期でかつ物価上昇率が大きく上昇する局面では失職率及び復職率は大きく改善しcounter-cyclicalに変化することがわかる。物価上昇率が大きく上昇する局面とは、需要超過圧力が高まること(=景気拡大)を意味しており、その意味で藤田・Rameyの議論に正当性があるのではないだろうか。さらに景気が拡大していたとしても物価上昇率の変化が前期と比較してあまり変わらない場合には失職率と復職率は大きく好転せず、結果として失業率が高止まることになる。構造的・摩擦的失業率が景気拡大下で高まるという計測結果はこのような要因が加味されてのことなのかもしれない。

*1:最近だと幸福な社会に関する指標の議論も興味深い