蔵出し:「我が国の構造的・摩擦的失業率の水準はどの程度なのか?」

 既に3ヶ月程たっていますし、構造的失業率等で検索されてこられる方も多いようなので、以前税経通信に寄稿した愚稿をアップしてみます。ご参考まで。

我が国の構造的・摩擦的失業率の水準はどの程度なのか?

1.はじめに
 我が国の完全失業率は、1973年まで1%台前半を維持していたが、1975年第4四半期以降2%台となり、1983年まで2%台前半を維持した。その後はじりじりと上昇を続け、1987年第2四半期には3.01%となったが、バブル景気を受けて低下し、1991年第4四半期には2.07%と1970年代後半の水準にまで回復した。「失われた十数年」の中で完全失業率は過去の変化とは異なり、じりじりと上昇を続ける。1997年から1999年、2001年において大きく上昇した後、2002年第3四半期には5.43%と過去最悪の水準にまで達した。直近時点では景気拡大局面下で回復を続け、2006年第4四半期では3.92%と4%を下回ったが、1998年時点の水準(3%後半)よりも高く、1990年代後半の3%台前半、1990年代前半の2%台前半の水準にまで回復するには至っていない。
 以上の推移の中で、1990年代以降急速に悪化した完全失業率の水準を説明する概念として、完全失業率を「構造的・摩擦的失業率」と「需要不足失業率」に分解する試みが「労働経済白書」 、「経済財政白書」 、および北浦・原田・坂村・篠原(2003)等でなされてきた。ここで「構造的・摩擦的失業率」とは、労働政策研究・研修機構(2004)によれば、i)労働市場における需要と供給のバランスがとれているのにもかかわらず、企業が求める人材と求職者のもっている特性(職業能力)との違い(質の違い)があるために生じる失業、ii)転職や新たに就職する際に企業と労働者の持つ情報が不完全であることや労働者が地域間を移動する際に時間がかかるためにより生じる失業として定義される。また、「需要不足失業率」とは、景気後退期に需要が減少することにより生じる失業と定義される。
 構造的・摩擦的失業率は、大きく三つの方法により推計がなされている。一つ目の方法はNAIRU(インフレを加速しない失業率)型のフィリップスカーブを想定し、NAIRUを構造的・摩擦的失業率とみなす というものである。二つ目の方法は、完全失業率GDPギャップとの間には安定的な負の関係があるとするオークンの法則に基づく推計である。そして三つ目は欠員率と失業率との間に成立する負の関係(UV曲線:ベバレッジカーブ)を前提として、構造的・摩擦的失業率を求めるという方法である。
 本稿では、「労働経済白書」、「経済財政白書」、北浦・原田・坂村・篠原(2003)でなされている推計方法であるUV曲線に基づく推計を適用し、「労働経済白書」でふれられていない直近時点の構造的・摩擦的失業率の推計を行い、さらに、北浦・原田・坂村・篠原(2003)で指摘されている労働経済白書タイプのUV曲線推計の問題点を踏まえつつ構造変化を折り込んだ再推計を行った。推計結果によれば、「労働経済白書」の手法に基づく構造的・摩擦的失業率の値は2006年平均で3.68%、構造変化等を折り込んだUV曲線の推計に基づく構造的・摩擦的失業率の値は2006年平均で2.96%となり、しばしば報告される4%弱の水準 よりも直近時点の構造的・摩擦的失業率の値は有意に4%を下回ることがわかる。
 本稿の構成は以下のとおりである。まず2節では、「労働経済白書」で分析されているUV曲線に基づく推計方法を概説した上で、北浦・原田・坂村・篠原(2003)および労働政策研究・研修機構(2004)に示されているUV曲線に基づく推計方法の問題点をみていく。第3節では、2節で紹介したUV曲線に基づく推計を行った上で、厚生労働省労働経済白書」で提示されている計測結果を1994年以降について適用して構造的・摩擦的失業率を推計すると、構造的・摩擦的失業率の値を実際よりも高めに判断してしまう可能性が高いこと、さらに構造変化等を加味すると推計される構造的・摩擦的失業率の値は2%後半から3%の水準であることを示す。第4節は本稿の分析のまとめとして、推計した構造的・摩擦的失業率、需要不足失業率から得られるインプリケーションについて簡単に論じることにしたい。

2.UV曲線に基づく推計方法
(1)UV分析とは
 
 UV分析とは、失業率(U)と欠員率(V)を二軸にとってプロットした場合、原点に対して右下がりの安定的な曲線(ベバリッジカーブ)が観察されたことから、このカーブのシフトにより構造的失業の変化をみるというものである。つまり労働市場の需給関係を示す失業率と労働市場のミスマッチの度合いを欠員率が共に減少すれば、失業者と求人のマッチングの効率が高まるため、構造的・摩擦的失業率が減少したと考える、というものである。また、失業率と欠員率が共に増加した場合は逆に構造的・摩擦的失業率が減少した、ということになる。構造的・摩擦的失業率は失業率と欠員率が等しい水準(45度線)と推計したUV曲線とが交わるところで定まる。

図表1:UV曲線


(2)UV曲線の推計方法の問題点
 UV曲線の推計は、図表1における曲線を統計資料から得られる雇用失業率、欠員率から求めるというものである。「労働経済白書」では、雇用失業率を定数項と欠員率の2つの要因で決定するとして、雇用失業率と欠員率については四半期季節調整値を採用し、さらに対数変換を施したlog(u)=α+β×log(v)(但し、uは雇用失業率、vは欠員率)を推計している。推計に際しては構造変化の有無を統計的に検討して推計期間を決め、安定的に図表2の曲線が描ける期間を特定した上で、系列相関、不均一分散の除去を考慮した一般化最小自乗法によって推計している。
 「労働経済白書」における構造的・摩擦的失業率をみると、バブル期に低下したのを除くと上昇傾向にあり、特にバブル崩壊後は大きな高まりが見られる。2003年はほぼ横ばいとなっており、2003年平均で構造的・摩擦的失業率は4.13%、完全失業率と構造的・摩擦的失業率の差である需要不足失業率は1.12%と試算されている(図表2)。
 労働政策研究・研修機構(2004)では、「労働経済白書」における推計方法の問題点として、a)構造的・摩擦的失業率自体が経済状況の影響を強く受けるとの結果になっていること、b)UV曲線がシフトする要因(構造要因)を考慮に入れていないこと、c)構造的失業と摩擦的失業、および構造的・摩擦的失業と需要不足失業との分離が困難なこと、d)関数の型の違いによる推計値の差が大であること、e)線形回帰の妥当性を指摘している。UV曲線に基づく推計を行う場合、この中で重要な点はa)およびb)に関連した点だろう。以下これらについてみていくことにしたい。

図表2:構造的・摩擦的失業率と需要不足失業率(「平成15年版労働経済白書」)

i)推計された構造的・摩擦的失業率と経済状況との関係性
 図表2からも明らかであるが、構造的・摩擦的失業率は「失われた十数年」において上昇しているが、「平成15年版労働経済白書」ではこの点について、経済停滞が賃金など労働条件面での求人の質の低下、失業の長期化に伴う求職意欲や職業能力の低下といった経済状況の変化が構造的・摩擦的失業率を押し上げる点を指摘している。構造的要因と銘打つ以上は可能な限り経済環境に基づく変化を取り除くことが好ましい。また1990年代後半以降労働・雇用分野で様々な規制緩和が実施されたが、図表2の結果からは各種ミスマッチ緩和策は逆に失業率を悪化させていることになり、整合性を欠く結果となっている。

ii)構造要因を考慮に入れていないこと
 「労働経済白書」では、log(u)=α+β×log(v)として定式化がされているが、多くの研究 では、失業率(対数形)を欠員率(対数形)、構造要因、一期前の失業率(対数形) で回帰させている。このような定式化と比較すると、「労働経済白書」では構造要因が明示的に考慮されていないため、推計誤差を含めて構造的失業率を過大推計してしまうこと、構造要因をコントロールしていないため、傾きの値(β)を不正確なものにしている可能性があり得る。またあわせて、推計対象期間を区切って推計を行い、傾きの値と対応する年の(u,v)から推計を行ってしまうため、90年代以降の失業率が高水準にある期間の推計を行うと構造的・摩擦的失業率が高どまることがわかる。
 ただ一方で、北浦・原田・坂村・篠原(2003)においても指摘されているが、構造要因を説明変数として考慮する場合、何を構造要因として特定すべきかの選択が困難であること、さらに構造要因自体が循環的要素を含む場合があり得るという問題点もある。北浦・原田・坂村・篠原(2003)におけるUV曲線の推計では、多様な構造要因を特定し様々なケースを想定した上で、推計を行うことで対応している。

iii)UV曲線の円運動
 UV分析における一つの問題として、UV曲線の円運動がある。これは観測される(u,v)の値がベバレッジカーブの周りで円運動をすることで景気回復の初期に構造的失業率が過大評価され、景気後退の初期では過小評価される、ということである。1994年第1四半期以降のuvの値を並べてみると、uvの値が円を描くように変動していることが直近の値を追加した場合でも確認することができる(図表3)。図表3は1994年第1四半期〜2006年第3四半期の(u,v)の値をプロットしたものだが、内閣府景気循環日付を参考に重ね合わせてみている。これをみると、1990年代の景気拡大期において失業率は減少せず逆に高止まりし、景気後退期において上昇するという現象が観察される。これは失業率の調整がうまく進まなかったことを示す。また2002年第1四半期以降の景気拡大期では90年代と比較して、失業率が減少しており、94年以降と比較して失業率の調整が進み労働市場の調整能力が高まっていることがわかる。
 さらに関連する論点として、北浦・原田・坂村・篠原(2003)では、(u,v)が45度線の上方に位置すればするほど、物価水準は低下する一方で失業率が高どまるという状態、つまりフィリップスカーブの水平部分に位置する状態になると論じており、この点がUV曲線のシフトを考えるにあたって考慮すべき重要な点であると指摘している。

図表3:失業率と欠員率の推移(1994年第1四半期〜2006年第3四半期)

3.構造的・摩擦的失業率の推計
(1)推計方法

推計は、労働経済白書に基づくUV曲線、構造変化、賃金要因を加味したUV曲線の2種類について行った。
 労働経済白書に基づくUV曲線の推計は労働経済白書に従って行い、以下のステップに従
った。i) 職業業務安定統計、労働力調査から雇用者数、完全失業者数、有効求人数、就職件数 を参照し、雇用失業率(u) 、欠員率(v) を計算、ii) 推計期間は1967年第1四半期から2006年第4四半期とし、「労働経済の分析」で行われている推計期間?1967年第1四半期〜75年第4四半期、?1983年第1四半期〜89年第4四半期、?1990年第1四半期〜93年第4四半期)に加えて、景気循環を考慮して、?1994年第1四半期〜2001年第4四半期、?2002年第1四半期〜2006年第4四半期の推計期間を追加している。iii) 回帰式はlog(u)=α+β×log(v) u:雇用失業率、v:欠員率。iv) 回帰式の計測はOLSで行っているが、系列相関の除去 、および不均一分散 に配慮している。v) 以上の回帰式の計測から得られたパラメータを用いて雇用者ベースの均衡失業率および完全失業者数を求め、最後に就業者数のデータを用いて構造的・摩擦的失業率を求めた。
 構造変化、賃金要因を加味したUV曲線の推計は、1980年第1四半期から2006年第4四半期について行い、回帰式はlog(u)=β*×log(v)+γ×log(w)+δ×log(u(-1)) u:雇用失業率、v:欠員率、w:賃金指数として定式化した。賃金要因は北浦・原田・坂村・篠原(2003)では労働分配率が用いられているが有意な結果が得られなかったため、毎月勤労統計調査から製造業(従業員30人以上)の賃金指数を採用した。尚、回帰式推計に際しては構造変化を考慮した。具体的には構造変化テスト を適用して構造変化の期間を設定した上で 、欠員率に係数ダミーを置いて構造変化に伴う欠員率の傾きの変化を再現している。北浦・原田・坂村・篠原(2003)、大竹・太田(2002)、Sakurai and Tachibanaki(1992)などでは構造要因として離職率、高齢雇用者比率、女子失業者割合、雇用保険平均需給日数といった変数が考慮されているが、有意な推計結果を得るために数千パターンの組み合わせを推計するために手間がかかり、新たなデータ追加に伴って弾力的に推計を行うのは困難である。本稿では以上の理由に鑑み、統計的に構造変化の期間を特定しつつ、「労働経済白書」での推計の問題点である推計期間の分割を回避するために係数ダミーに基づく推計を行っている。最後に雇用失業率uの一期前のラグ項を説明変数に含めることで、失業率の粘着性を考慮している。

(2)推計結果
i)UV曲線の推計結果の比較

 以上の方法によりUV曲線を推計した結果は図表4の通りである。結果をみると、「労働経済の分析」で掲載されている計測結果とパラメータの値(β)は概ね同じ水準である。決定係数は本推計の方が全般的に低いが、D.W比の値は良くなっていることがわかる。
労働経済白書」ではUV曲線が安定的な関係があるかどうか特定しがたいとして、94年以降の構造的・摩擦的失業率の値は1990年第1四半期〜93年第4四半期の計測結果を利用して計算している。確かに1994年第1四半期から2001年第4四半期における計測結果では、パラメータは有意であるものの、うまく自己相関を除去することが出来ないという結果になっている。ただし、強調したいのは今般の景気拡張期である2002年第1四半期以降のデータを適用したUV曲線の計測結果は良好であるという点である。
構造要因、賃金要因、失業率の粘着性を加味したUV曲線の結果をみると全てのパラメータについて1%未満で有意であり、決定係数も0.99と当てはまりも良好である。欠員率のパラメータは「労働経済白書」に則った場合と比較すると低くなっているが、構造変化を考慮して推計したパラメータの値は期間により異なっていることがわかる。

図表4:UV曲線の推計結果

ii)構造的・摩擦的失業率の比較
 推計したUV曲線のパラメータから、構造的・摩擦的失業率を推計し、比較を行ったのが図表5である。図中の左端の「労働経済白書」のパラメータを適用し再推計を行った結果は「平成17年版労働経済白書」での値と整合的な結果である。ただし、内閣府月例経済報告記載の構造的・摩擦的失業率 と比較すると全期間において高めの水準となっている。推計結果からは、単純に「労働経済白書」のパラメータを適用して2002年以降の構造的・摩擦的失業率の推計を行った場合の値が昨今言われるところの「構造的・摩擦的失業率が4%程度」との報告に合致していること、さらに2002年以降のデータについて再推計を行うと構造的・摩擦的失業率の値は3.7%程度となっていることから構造的・摩擦的失業率の値を0.3%ポイントから0.4%ポイント程度高めに見積ってしまう。
 2節で紹介したとおり、「労働経済白書」で用いられているUV曲線の推計方法は、構造要因、デフレ下における物価の影響、失業率の粘着性を考慮していないため高めに推計される可能性が指摘されている。図表中の推計?はこのような批判点を考慮して推計を行っているが、「労働経済白書」の結果を適用して直近年まで推計した場合(図中の左端)と比較して構造的・摩擦的失業率は低下し、2002年以降の値は2.5%から3%未満の水準であることがわかる。

図表5:構造的・摩擦的失業率の比較

4.まとめとインプリケーション−構造的・摩擦的失業率と景気判断−
 以上、直近時点までのデータを適用し構造的・摩擦的失業率を推計した結果を紹介した。推計結果からは構造的・摩擦的失業率の水準は有意に4%を下回っており、構造要因、賃金要因、失業率の粘着性を明示的に考慮して推計すると、2002年以降の回復局面においては平均して2%後半から3%程度の水準であることがわかった。
 構造的・摩擦的失業率はインフレ率がゼロである場合の失業率に相当すると見ることが出来る。仮に政策担当者が構造的・摩擦的失業率の水準が4%程度と見込んでいた場合、2006年第4四半期の完全失業率は3.92%であり、需要不足失業率はマイナスとなるため、将来の物価上昇を見越して引き締め的な政策を採ることになるだろう。本年2月21日に日銀は政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導目標を現行の年0.25%から0.5%に引き上げ、引き締め姿勢を鮮明にしたが、本推計の結果(2006年第4四半期の構造的・摩擦的失業率3.61%および3.38%)から判断すれば時期尚早であり、少なくとも利上げといった政策を今回のタイミングで採用するのは好ましくないことは明白である。
 構造的・摩擦的失業率の正確な把握は、当然ながら景気判断において重要な影響を及ぼしうる。本稿ではUV曲線に基づいての推計を行ったが、他の代替的な手法の結果を考慮しつつ幅広い観点に基づく分析が必要であろう。

参考文献

  • 厚生労働省「平成14年版労働経済白書
  • 内閣府「平成15年度経済財政白書」
  • 北浦・原田・坂村・篠原(2003)、「構造的失業とデフレーション−フィリップス・カーブ、UV分析、オークン法則−」、フィナンシャル・レビューJanuary 2003。
  • 労働政策研究・研修機構(2004)、「構造的・摩擦的失業率に関する研究(中間報告)」。
  • 熊野(2006)、「フリードマン教授が遺した宿題〜不安定なフィリップス・カーブの中で〜」、日本銀行分析レポート、2006年11月17日。
  • 大竹・太田(2002)、「デフレ下の雇用対策」、『日本経済研究』No,44,日本経済研究センター
  • Sakurai and Tachibanaki(1992),”Estimation of mis-match and U-V analysis in Japan”, Japan and World Economy, 4, 1992.