日銀レビュー:「日本の生産変動−3つの事実とその背景−」を読む。

 「Great Moderation」に関する分析は理論分析・実証分析も含め様々な観点から行われている。日銀レビューでも取り上げられているので1.概要で内容を纏めつつ、感想を書いてみることにしたい。

1.概要
 先進国の多くで広く観察される現象として、マクロ経済変数の変化幅(ボラティリティ)が低下しているとの指摘がある。これは「Great Moderation」(大いなる安定)と呼ばれるが、その原因については十分なコンセンサスが得られたとは言いがたい。
 日銀レビューでは、物価変動の安定化についてはほぼコンセンサスが得られており、それは物価安定をより重視した金融政策の運営が主たる原因であるとしている。だが、実質経済成長率の安定化(生産変動の低下)が政策運営の改善によるものか、もしくは輸出や原材料コストの変動率低下といった要素によるものか、さらには経済の構造変化によるものかは判然としない。
 以上の問題意識に基づいて、日銀レビューでは我が国の生産変動に焦点をあてながら、鉱工業統計を用いて日本でも「Great Moderation」が観察されるのか、観察された場合にその原因は何かを分析している。

(1)生産活動の安定化
 1954年から2005年までの四半期データを用いて鉱工業生産の前期比をとり、サンプルを1970年代以前と1980年代以降に分けて前期比の平均と標準偏差をみると、80年代以降の値は低下しており、特に標準偏差は40%低下している。財別にみても標準偏差は80年代以降低下していることがわかる。これは石油ショックが発生した1970年代を除いてみても同様の結論が得られる。

(2)生産変動と出荷変動
 長期的にみた生産活動の安定化の要因を探るため、生産活動変化を出荷変動の変化(需要変動)、在庫投資の変化、出荷変動と在庫変動の共分散の3つに分けてみる。すると、生産活動の低下の65%が出荷変動の低下(需要変動の低下)で説明される。在庫変動の低下の寄与率は25.1%、共分散の寄与率は9.8%であり、出荷変動と比較して要因は弱いものの供給サイドの要因も影響している。共分散の値は1980年以前はプラスであるが、これは在庫変動が需要変動を増幅させる形で生産に影響を及ぼす形となっている。一方で1980年以降の共分散の値はマイナスであり、在庫変動は景気循環の振幅を抑制するように機能している。この点は財別にみても確認できるが、日銀レビューでは以上の事実から在庫変動パターンが大きく変化していることを示唆している、と結論付けている。

(3)周期別にみた生産変動
 生産変動をa)超短期周期(2ヶ月から半年周期)、b)短期周期(半年から1年半周期)、c)ビジネスサイクル(1年半から8年周期)の3つの波動に分解してみると、80年以降ではb)とc)の分散は低下しているが、a)の分散は逆に拡大している。以上の事実は、企業が超短期的な変動を許容する代わりにその変動をb)およびc)において迅速に吸収する、という意味であり、それが意図せざる在庫の変動を抑え、結果として生産活動の変化幅を抑える形となる。

(4)3つの事実の背景
?需要変動の安定化をもたらす要因

 需要変動の安定化は生産活動の安定化をもたらすわけだが、需要変動の安定化はどのような要因で生じるのか。日銀レビューでは幾つかの仮説を紹介している。まず一つ目の仮説は物価の安定である。物価の安定は企業および家計の意思決定を容易にする効果をもたらすが、これが需要変動の安定化をもたらした、という考え方である。二つ目の仮説は外生的な需要ショックの大きさが低下したとする見方である。三つ目の仮説は経済のグローバル化に伴って需要を内外に分散化することができるようになるため需要が安定化したという見方である。
レビューでは出荷変動の寄与率分解により、内外需要の分散化が進んだのではなく、内外需要のリンクが高まることで共変動する傾向が強まっているために三つ目の仮説は支持できないとしている。残りの二つの要因については、金融政策においてゼロ金利制約による金融政策運営の困難化が出荷変動を拡大させる方向に作用した可能性が考えられるとしている。さらに外生的な需要ショックの発生が出荷変動を大きくする可能性もある。

?コストショックの低下
 生産及び在庫変動の変化には原材料コストが影響する。素原材料・中間財価格の変化率の標準偏差をみると、1980年以前は1.6%、1980年以降は1.4%となっており1割強低下していることがわかる*1。あわせて技術革新の影響が原材料コストに影響するといった経路もある。

?生産在庫管理技術の発展
 (3)での超短期周期における生産変動の拡大という事実は生産在庫管理技術の発達による生産調整速度の上昇が関係している。この点を出荷と在庫の2変数VARを適用した上で出荷変動に関するインパルス応答関数を計測してみると、80年以降は在庫調整圧力が抑制されていることがわかる。出荷在庫バランスの変動幅をみても80年代以降は標準偏差が縮小していることがわかる。

2.感想
 日銀レビューでは、GDP統計の民間在庫投資の推計方法に不連続性があることから鉱工業統計を用いて生産変動を分析している。GDPを用いた平均・分散の推移については、過去エントリした*2とおり、GDP変化については80年代から90年代にかけて一旦分散は拡大した後、2000年以降は分散は縮小するという結果になる。失業率についても同様で90年代に水準と分散は上昇した。物価は低位で安定的に推移するという形である。
 レビューの中でも書かれているが、生産を安定化させる要因については在庫と出荷といった要因以外にも様々なものが考えられる。またこのような分析を行う場合、平均としての生産規模、もしくは物価水準の大小が重要であると考えられる。我が国はデフレの影響から物価変化は安定的とはいってもゼロに限りなく近い水準である。分析の際にはこの点を注意していくことが必要であり、以上を考慮すれば日本の場合、低水準での「Great Moderation」(大いなる安定)ともいえるのではないだろうか。
 余談ながらこの類の分析では、過去エントリした*3各種政策の効果と「Great Moderation」との関係や、「Great Moderation」が経済主体の期待形成にどのように影響するのか(Campbell(2002)http://www.federalreserve.gov/Pubs/feds/2004/200452/200452pap.pdf,Stock and Watson(2003),http://www.kc.frb.org/PUBLICAT/SYMPOS/2003/pdf/Stockwatson2003.pdfなども興味深い)といった観点からの分析も可能だろう。

*1:この点はオイルショックを除く1980年以前の期間との比較を知りたいところ

*2:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20060521/p1

*3:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20060529/p1