日銀はどこまで政策金利を上げるのが妥当なのか?

 bewaadさんのエントリでの議論に関連して。潜在成長率が巷で言われている値よりも高いとする(つまりデフレギャップが存在しているため現状はデフレであり、結果として日銀は利上げをすべきではない)議論に対して、『潜在成長率が高いのならば、中立的な実質金利(潜在成長率(=実質均衡金利)+期待インフレ率)が高くなるため、利上げをするのが適当ということになる』(以下「中立的な実質金利論」と略称)と日銀は反論を展開する。以上の点について、1.で両者が考える潜在成長率、物価上昇率の組み合わせを与えるとテーラールールに基づく名目政策金利はどのような形になるのかを整理しつつ、2.で「中立的な実質金利論」に関する論点をまとめてみたい。

1.潜在成長率、物価上昇率を変化させた場合の名目中立短期金利への影響
 潜在成長率、物価上昇率、ターゲットとなる物価上昇率、実質GDP成長率、均衡実質金利を所与とした場合の、名目中立短期金利の水準がどうなるかを考えるには、テーラールールに即して整理するのが望ましいだろう*1。つまり、以下の関係式が成立する。

名目中立短期金利物価上昇率+均衡実質金利+(物価上昇率−ターゲットとなる物価上昇率)×0.5+(実質GDP成長率−潜在成長率)×0.5

 以上の式で、実質GDP成長率と潜在成長率の差がGDPギャップとなる。仮に潜在成長率が1.7%*2、均衡実質金利(=潜在成長率)が1.7%、物価上昇率が0%、ターゲットとなる物価上昇率が1%、実質GDP成長率が2%としよう。

 この場合の日銀が政策目標とすべき名目中立短期金利は、0%+1.7%+(0%−1%)×0.5+(2%−1.7%)×0.5=1.7−0.5+0.15=1.35%となる。この結果からは、現状の政策金利は0.5%であるため、日銀は長期的にはより政策金利を上げていくべきという話になる。

 では、次に以上の想定に加えて、I)消費者物価指数に上方バイアスがあるため、真の物価上昇率は現状値よりも下方に位置している、II)潜在成長率が低めに算出されている点、の二点を考慮してみよう。
 具体的には消費者物価指数の上方バイアスを1%程度と見込むとすると、物価上昇率は−1.0%、さらに潜在成長率(=均衡実質金利)が3%程度とすると、日銀がめざすべき名目中立短期金利は、−1%+3%+(−1%−1%)×0.5+(2%−3%)×0.5=2−1−0.5=0.5%となる。この結果からは日銀はこれ以上政策金利を上げるべきではなく、現状維持が望ましいということになる。

 以上の議論から、真の潜在成長率が高めであり、かつ消費者物価指数に上方バイアスがあるという前提の下では、日銀がターゲットとすべき政策金利はこれ以上高めに設定する必要はなく、現状値程度で維持していくことが望ましい、という結論になる。


2.「中立的な実質金利論」に関する論点
 1.では、物価上昇率及び潜在成長率の二点の違いがターゲットとすべき政策金利(=名目中立短期金利)にどのような影響を及ぼすのかを整理した。勿論、CPIの直近値から把握される物価上昇率が-0.5%程度であり、かつ上方バイアスが上記で提示した値よりも大きいのであれば物価上昇率は下振れするため、ターゲットとすべき政策金利の水準はより小さくなる。
結局、日銀が想定するように物価上昇率が有意にプラスであり、かつ潜在成長率が日銀の想定どおりであれば、『中立的な実質金利』、そしてフィッシャー方程式に基づく名目中立短期金利は現行の0.5%よりも高くなるため、利上げを行う正当性が担保されるわけだ。

 以上の議論には留保すべき点が2点ある。一点目は「中立的な実質金利論」はフィッシャー方程式が成立することを前提としているが、現状の市場がフィッシャー方程式を満たす状況にあるのかどうか、という点だ。これはNAIRUの水準をどう見込むのかという議論に関連し、さらに現在がデフレから脱却しているのか否かという視点にも直結する。仮に構造失業率が2%後半から3%程度であるとするのならば、現状の失業率はこの値よりも高水準である。つまり労働市場において完全競争の状況を満たしていないため、フィッシャー方程式に基づく議論は成立しないということになる。
 二点目は、仮に現在がフィッシャー方程式が成立する環境にあったとした場合に「中立的な実質金利」及び日銀がターゲットとすべき中立的な名目短期金利の水準をどのように見込んだ上で政策を行っていく必要があるのかという視点である。周知のとおりフィッシャー方程式は、名目金利が実質金利と期待インフレ率の和と等しくなることを保証するものである。ここで中長期的に問題となるのが、フィッシャー方程式に基づいて名目金利を上げることが財政面での利払い負担を増大させた結果、増税リスクを顕在化させる、という側面だろう。この増税リスクの顕在化は期待インフレ率の下押しを誘発し、ターゲットとすべき中立的な名目短期金利の水準は低下することになる。さらに以上の効果が景気に本格的に波及するということになれば潜在成長率及び中立的な実質金利の低下を誘発するだろう。フォワードルッキングな政策判断を前提とし、さらに特にデフレからの脱却をにらんでの政策判断という側面を考慮するのであれば、期待インフレ率や中立的な実質金利(=潜在成長率の強さ)の変化を勘案しながら出来るだけ緩和的に金利を設定していく、ということが正当な判断となるのではないだろうか。

※:かなり追記しました。ご了承下さい。

*1:別に日銀はテーラールールに即して政策金利を設定していないのではという突っ込みはなしでお願いします(笑)

*2:日銀レビューhttp://www.boj.or.jp/type/ronbun/rev/data/rev06j08.pdfの8頁及び直近の展望レポートの議論から推測