今年の54冊を回顧して

 数えてみると本年ブログで経済関連として取り上げた書籍は54冊でした。エントリで取り上げた書籍は積読せずほぼ読んでいますが、中々沢山読むのは難しいですね。もっと性能の良いHD&CPUが頭に備わっていればよいのですが、無い物ねだりをしても仕方ありません(笑)。対象とする母数としては少なく、かつ様々なところで既に取り上げられている馴染み深い書籍ばかりと思いますが、印象に残った書籍についてカテゴリを分けつつ、感想を纏めてみたいと思います。

1.回顧録から
アラン・グリーンスパン、『波乱の時代(上)、(下)』
・ジョン・B・テイラー、『テロマネーを封鎖せよ』

波乱の時代(上)

波乱の時代(上)

波乱の時代(下)

波乱の時代(下)

テロマネーを封鎖せよ

テロマネーを封鎖せよ

 回顧録ものとして読んだ書籍は二冊。いずれも読み応えがあるものでした。グリースパンの自伝については英語版及び日本語版で読了。言うまでもありませんが、上巻については一介のアナリスト(エコノミスト)として職を得たグリーンスパンFRB総裁として金融政策に取り組んでいく模様が描かれています。既に米国経済の動向について詳しい方にとっては退屈な書籍なのかもしれませんが、私は面白く読みました。
下巻については、グリーンスパンによる世界経済論・米国経済論といった趣がありますが、ざっと世界各国の経済動向や論点を把握したい人にはお勧めでしょう。勿論知識がある方にとっては内容が平板との指摘もありえるでしょう。ただ自由な市場経済と民主主義体制のバランスという視点で見ていくと、ロシア、中国、インドの場合は完全な民主主義体制に移ってはおらず市場経済の発達につれて矛盾が広がっていることや、ラテンアメリカの一部の国では相変わらずポピュリズムに則った経済政策が実行されていること、等々が今後の「新興国」の経済発展に影を落とすことになるのではという懸念をもたらします。そして資源価格の高騰や先進国及びアジアで広がる高齢化という問題が現状進行している世界的なディスインフレの状態をいつインフレへと反転させるのか、という論点が今後を占う上で重要だと感じました。ちなみに政策判断に際して「日本人は対面を失うことをもっとも気にする」という指摘や「日本経済が停滞に瀕した1990年から2005年の間にRTCのようなやり方を行っていればもっと早く経済は回復したと当時信じていたし、そう確信している」と論じています。この指摘の経緯は西野智彦軽部謙介両氏による経済検証ものにも(その過程を含め)具体的に述べられています。
近年のサブプライムローン問題に絡んでグリーンスパンの功罪が話題にあがりました。下巻の第20章「謎」に記載されている2004年以降の利上げ局面で長期金利が上昇したもののそれが一過性に終わってしまったと指摘しているように世界的な圧力に対して一国の金融政策として何がなしえるのか、そして適度な水準での物価安定の重要性、といった論点も引き続き見知りしていきたいところです。
テイラーの書籍は、9.11以降の国際金融政策の内実を把握する上で必読の書籍でしょう。グリーンスパンの書籍と比較して詳細かつ大胆な記述が目を引く本です。我が国の金融政策に絡む話題として、テーラー・溝口介入を扱った第10章は必読です。残りの章についてもIMFとして何がなしえるのか、国際的な金融危機が生じた時、ベイル・インかベイル・アウトか、どのような方策がありえるのかを考えるにあたって興味深い示唆を与えてくれる書籍だと思います。以上の意味ではジャン・ティロール「国際金融危機の経済学」も纏まった良書だと感じます。

2.国内経済動向を世界経済の枠組みの中で考える
安達誠司「円の足枷」
・竹森俊平「1997年−世界を変えた金融危機

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋

1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74)

1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74)

 安達氏の書籍は「円の足枷」を鍵概念としながら、我が国経済の状況をグローバル貯蓄過剰、長期金利とインフレ率の低位安定という世界経済の図式の中で捉えなおした書籍として画期的なものだと思います。体系的に纏められた本として、個人的には非常に勉強になった書籍です。竹森先生の書籍は、国際的な金融危機に世界経済はどのように対処してきたのかという視点で纏められた本です。最近でも中央公論文藝春秋で論説を公表されていますが、抗することが出来ない「ナイトの不確実性」に陥った中で金融政策としてどのようなものがありえるのかを論じた示唆に富んだ書籍です。
ASEAN+3、ASEAN+6、東アジア版OECD、ERIA創設といった話題を見据えつつ、財・サービス・投資・人の移動といった域内連携の活発化の中で金融政策の枠組みをどう捉えていくのかという論点を考える際にも有用でしょう。

3.我が国は何に拠って立つべきなのか
・原田泰「日本国の原則」

日本国の原則―自由と民主主義を問い直す

日本国の原則―自由と民主主義を問い直す

 我が国経済は90年以降長期に渡る大停滞に陥り、そして02年以降は長い回復過程に入っているのは周知のとおりです。しかし今後の我が国経済の動向を考えるにあたっては高齢化に伴う労働力の減少や財政悪化といった懸念材料もあるところです。そんな中で、原田氏の「日本国の原則」は我が国のなしえた繁栄が何に拠るものだったのかを把握する上で示唆に富んだ著作でした。一言で言えば、自由と民主主義ということになるわけですが、今後の経済政策を考えていくにあたり、我が国が古来から有している良さや、それが失われた際に何が生じたのかを認識することは重要だと改めて感じました。

4.ケインズが示唆したもの
小野善康「不況のメカニズム」

 一部では亡霊とも言われる(?)ケインズですが、『一般理論』を徹頭徹尾突き詰めることでケインズの構想した理論をモデルとしてよみがえらせつつ、そこにご自身の視点を折り込んだのが小野先生の著作です。鑑賞本はこれまでも多々書かれているところですが、小野モデルとしてよみがえらせたところがこの書籍の白眉だと思います。
合評会にも参加しましたが、「小野モデルでは物価が経済に影響を与えうることが出来ても、それをコントロールすることが出来ない」とする小野先生の議論と、可能性があるのであれば、「物価経路のコントロール」を視野に入れるべきとのリフレ派の議論の違いを肌で感じたのは有意義でした。著者と書籍を通して向き合うだけでなく、議論を聴くことの面白さを感じたのもこの書籍を通してです。

5.現代の経済政策を考える
・野口旭編「経済政策形成の研究」
高橋洋一「財投改革の経済学」
・塩谷隆英「経済再生の条件−失敗から何を学ぶか−」

経済政策形成の研究―既得観念と経済学の相克

経済政策形成の研究―既得観念と経済学の相克

財投改革の経済学

財投改革の経済学

経済再生の条件―失敗から何を学ぶか

経済再生の条件―失敗から何を学ぶか

 個人的に今年もっとも思い出深い書籍が野口先生らによる「経済政策形成の研究」です。様々な論点を含みますし、未だ全ての章を纏めきれていないのであれですが、一つの経済政策というものがどのような過程で採用されていくのかという点を理論的な側面、及び実証的な側面から考察した本です。理論的な側面からは、政治経済学及び合理的選択論といった議論への興味をもたらしてくれました。「観念」や「知識」の伝播・受容の図式として政策論議を捉えると別の視点があることの面白さを味わったのも本書です。実証的な側面では、失われた十数年の政策決定過程や実践的マクロ経済学から得られる知見、「経済学的発想」と「半経済学的発想」の枠組みがもたらすもの「構造改革主義」と言われるものの一起源、デフレという現象を人々はどう捉えてきたのか、という点が印象に残りました。
 高橋氏の書籍は、小泉政権で議論になった郵政民営化を公的金融システム改革の一環と捉えつつ、財投・特殊法人改革といった公的金融が抱える闇を公にしたものです。成長・金利論争の舞台裏や所謂埋蔵金話についても一石を投じた書籍であるのは周知のとおりです。
 今年は小泉政権以降の政治状況について、経済政策を論点に据えつつ論じた書籍が話題になりました。例えば清水真人「経済財政戦記」といった書籍が挙げられるでしょう。これらの本の多くは一つの出来事を多面的に論じており、そのために大部なものが多いわけですが、私にとっては少し内容が冗長すぎるように感じました。そんな中で塩谷氏の著作は橋本政権での財政再建路線への転換の経緯について政策担当者の視点を交えつつ語られた良書だと思います。個人的な興味はこの書籍から90年以降の不良債権問題の処理の流れに移り、そして現代の経済政策の状況に流れていったわけです。先のグリーンスパンの指摘や竹森先生の著作での指摘にも明らかですが、危機が生じた際の国内経済政策の対応の不味さが長期停滞をもたらしたという意味で、今般の状況は人災であったと感じています。失敗を乗り越えて人災が生じることを防ぐ仕組みは何かという論点は現実経済についての地道な考察と合わせて考えていくべき話題でしょう。

6.「失われた十年」をどう総括するか
・林文夫編「経済停滞の原因と制度」、「経済制度設計」、「金融の機能不全」
橘木俊詔編「日本経済の実証分析」
・浅子和美・宮川努編「日本経済の構造変化と景気循環
・市村英彦・伊藤秀史・小川一夫・二上孝一編「現代経済学の潮流2007」

経済停滞の原因と制度 (経済制度の実証分析と設計)

経済停滞の原因と制度 (経済制度の実証分析と設計)

経済制度設計 (経済制度の実証分析と設計)

経済制度設計 (経済制度の実証分析と設計)

金融の機能不全 (経済制度の実証分析と設計)

金融の機能不全 (経済制度の実証分析と設計)

日本経済の実証分析―失われた10年を乗り越えて

日本経済の実証分析―失われた10年を乗り越えて

日本経済の構造変化と景気循環

日本経済の構造変化と景気循環

現代経済学の潮流〈2007〉

現代経済学の潮流〈2007〉

 データの蓄積が進むにつれて、「失われた十年」はなぜ生じたのか、そして日本経済はどう変わったのかという点について纏まった研究が世に出たのも今年でしょう。林先生及び橘木先生が編集した書籍は今後の研究にあたっての一里塚となりえるものだと感じます。勿論TFPに関する研究一つをとってみても対象は膨大であり中々全体像を掴むことは難しいのも事実です。これらの4冊を通じて学会の最前線の議論の中でいかに合意点が少ないかを感じたのもこれらの書籍からでした。これは一方で一つの事実を多面的に把握することがより可能になったためだとも言えると思います。これらの書籍は多いに勉強になりました。