経済成長と財政に関する4つの選択肢

1.4つの選択肢に関する内閣府試算
本日夜に開催される経済財政諮問会議で具体的に議論される予定だが、内閣府から財政健全化についての参考試算として以下が出されたとのことだ。これは、経済成長率についてA)名目GDP成長率3%前半、B)1%台後半に分け、07年度〜11年度の歳出削減幅としてC)14.3兆円の削減、D)11.4兆円の削減を行った場合の2011年度の基礎的財政収支(プライマリバランス)を見ているものである。

 この結果を受けて、読売新聞では、以下の点を報じている。

・経済成長が高まり、歳出削減幅が多い政府の基本シナリオでも、11年度の基礎的財政収支は0.5兆円の赤字となる。
・しかも11年度の名目成長率は07年度の見通し(0.8%)より大幅に高い3.3%まで引き上げる必要がある。・・・景気の先行きには不透明感が増しており、思惑通りに高成長を実現できる保証はない。
・名目成長率が1%台後半にとどまれば、基礎的財政収支は3.5兆〜5.5兆円の赤字になる見通しだ。3%台の成長を実現したとしても、歳出削減の手を緩めれば赤字幅は3兆円まで拡大する。
・4通りの試算すべてが赤字となったことを受け、15日の自民党の政調全体会議では、「基礎的財政収支の黒字化を実現するためには、14.3兆円以上の歳出削減か、歳入改革(増税)が必要になる」として、消費税を含む税体系の見直しに着手すべきだとの意見がだされた。

2.財政健全化にとって必要なことは何か
 この結果からは何が言えるのだろうか。まず言えるのは、名目成長率を高め、歳出削減を行うという政策が最も財政健全化に資するという点である。
 今回の試算では、直近の成長率低下の見通しを受けることで11年度のプライマリバランスの値が下押しされている訳だが、この事実を持って名目成長率を高め歳出削減を行っていくという方針が否定されているわけではないということだ。当然ながら財政健全化への路は、直近及び将来の経済成長率に左右される。必ずしも政府が想定するシナリオどおりに事が進むわけではないが、政府がこれまでに公約している政策を着実に行い、デフレ脱却にコミットすることが今最も必要なことではないだろうか。そして歳出削減策として、政府の資産と負債を適格に評価し、歳出削減策として処理できるものは積極的に処理することも必要だろう。
個人的には11年度に必ずしもプライマリバランスの黒字回復をせねばならないという理由は必ずしもなく、寧ろ重要なのは経済成長率等を担保しながら着実に財政健全化を進めていくということだと思う。その理由の一つは、我が国の財政状況が先進国中で最悪の水準にある中で、懸念されるような長期金利の高騰は生じていないという事実である。長期金利(新発10年物国債利回り)は1.5%程度と10年前と比較しても変わらない。国債利回り国債価格はコインの裏表の関係があるため、長期金利が低位で推移するということは国債の価格は高いということを意味している。つまり、依然として日本国債に対して旺盛な需要があるということであり、政府債務に対する信認が大きく崩れているわけではないことを示しているわけである。

3.「消費税増税」に代表される増税策を行う必要があるのだろうか
(1)増税策はナンセンス

名目成長率を高め歳出削減を行っても11年度にプライマリバランスの黒字回復は成しえないという事実を持って増税策が不可避であるという議論が生じるのだろうが、これは誤りである。その理由は、増税を行うことで経済成長が下押しされる可能性が高いためである。上の図にある名目成長率を引き下げる政策を自ら執っていくことを意図するのは財政健全化を目標とするのであればナンセンスと言わざるを得ない。
 さらに言えば、社会保障目的税として消費税を捉えるという議論もあるが、以前エントリした(http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20070918/p2)ように現状においても消費税は目的税として機能していること、実際に支払う必要のある社会保障サービスに対する費用をコントロールすることは難しいため、消費税収を厳格に目的税化することで自己負担分が増加する懸念が生じる、という意味で「国民の納得感を得る負担」には結びつかないと思われる。

(2)消費税増税の実態経済への影響をどうみるか
 周知のとおり増税策としては消費税率のアップが有力視されている。消費税は世代間格差をより平等にでき、公正な税*1であるという特徴を有している。
 経済分析のこれまでの知見では、消費税増税の経済への影響はどのように評価できるのだろうか。97年度の橋本政権下で消費税増税をはじめとする財政引き締めを行ったことが不況を生み出したという指摘に対して、「大きな理由は大手金融機関の破綻に端を発した金融危機や信用収縮で企業業績が大幅に悪化したことだ」という見解が主流であり、そのことを持って消費税増税に伴う景況悪化を警戒する必要はないとの議論もある。但しこれは、「消費税増税が景況悪化をもたらしていない」ということを主張していない。
 それでは具体的に研究した例はあるのだろうか。97年4月の消費税率の引き上げと特別減税廃止の実態経済への影響をクロノジカル風に検証している研究として井堀・中里・川出(2002)(http://www.mof.go.jp/f-review/r63/r_63_036_068.pdf)が挙げられるだろう。以下の図表は、民間消費を基調変動部分と循環部分に分けて示したものであるが、井堀・中里・川出(2002)では、この図を使って97年4月の消費税率の引き上げと特別減税廃止の影響を検証している。彼らの分析は、ア)基調的変動における民間消費の増加率は96年第一四半期を境にして伸び率が低下し始めており、消費税導入直前に消費の前倒し効果が見られ、97年第二四半期に消費が低下したものの、97年第三四半期には増加に転じ、以降は基調的な消費の減退基調に戻っていた、イ)循環変動をみると、消費税導入直前の前倒し効果、直後の落ち込みが見られるが、その後消費マインドは上昇に転じている、とし、消費税導入は消費の一時的な変化はもたらしたものの、景気後退には影響していないと結論づけている。


出所:井堀・中里・川出(2002)

 個人的には、井堀・中里・川出(2002)における「消費税導入は消費の基調的変動には影響しておらずその後の景気後退とは無関係である」という分析は誤りだと思う。その理由は、この論文に対する八田教授のコメント(http://www.mof.go.jp/f-review/r63/r_63_073_074.pdf)に明確に述べられている。
 八田教授は井堀・中里・川出(2002)の分析に対して、ウ)消費税増税は住宅や半耐久消費財に対しての投資抑制効果を持つがこの点は考慮されておらず、住宅・半耐久財消費の低迷は97年第三四半期の在庫投資の拡大を生み、さらにその後の投資の低迷に寄与した、エ)97年第三四半期の消費は対前年度比で増加しているが、民間消費を財別に分解してみると、耐久財・半耐久財の消費はマイナスであり、非耐久財とサービス消費が大きく増加したことが民間消費全体を押し上げた主要因である、但し、非耐久財とサービス消費の増加は、前年度の消費が少なかった(o-157による食料消費の低下、冷夏によるエネルギー消費の低下等)ためであり、消費税導入とは関係ない、と議論している。このように考えていけば、消費税導入は消費に影響しなかったのではなく、耐久財・半耐久財の消費を押し下げ、さらに住宅や半耐久財の消費低迷はタイムラグを通じて投資の低下を惹起した、そしてアジア通貨危機や金融不安といったその他の要因とあいまって不況をもたらしたとみるのが適当なのではないだろうか。

(3)まとめ
 現在の経済環境に目を転じると、サブプライムローン問題が顕在化した昨年9月以降、株安と円高が進行中である。株安は経済の先行き(期待成長率)に不安があることの証左だろう。それはDI等の景気動向指標の動きにも現れているところである。又、円高の進展はデフレ圧力として日本経済に作用している。生産に関する指標は輸出の伸びを受けて堅調であるが、企業の経常利益や設備投資に関しては足踏みが見られるところである。住宅投資は低迷が続いている。このような状況が継続して続くと想定すると、近い将来に消費税増税を行うことは、原材料・エネルギーの高騰に悩まされる非耐久財の需要を冷やし、家計の可処分所得を減少させるとともに、住宅・耐久消費財の需要を冷やし、一定のタイムラグを通じて投資の低下をもたらすことになりはしないだろうか。
 確実な税収が見込め、実態経済への影響は殆ど無いという悪魔の誘いに乗せられてほんの火遊びのつもりではじめてみたは良いが、様々な悪条件が重なり大火事になってしまう可能性もあるのでは、と揶揄したくもなる昨今である。

(※)一部追記しました。ご容赦ください。
(※)経済財政諮問会議のサイトで「進路と戦略」に関する試算も資料として公表されています。ご興味の向きはご参照ください。

*1:所得格差に応じて軽減税率を導入しないとすれば