内閣府「日本経済の進路と戦略」参考試算を読む。

 先日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080117)にて計測結果の政策的なインプリケーションを中心に纏めたところだが、今回は参考試算そのものについて概要を見つつ、感想を述べることにしたい。

1.モデルの枠組み
 試算については、マクロ経済、財政、社会保障の相互連関を考慮した計量経済モデル(「経済財政モデル(第二次再改定版)を基礎としている。モデルの外部で定める外生変数(以下のシナリオ設定の際の与件として適用)の中で主なものは以下である。

モデルで与えられる主な外生変数

(マクロ経済)
・生産性(TFP)上昇率
・労働力
・世界実質成長率、世界物価上昇率原油価格、為替レート(以上海外経済要因)

(財政・社会保障
社会保障
・公務員人件費
公共投資
・その他歳出
・税制
特別会計改革、財政投融資特別会計の積立金の活用、地方税の偏在是正措置

 第二次再改定版のマクロ経済モデルの詳細は報告されていないが、第二次改訂版マクロ経済モデルのマクロ経済ブロックの概要を見ると、以下のとおりとなる。先の外生変数との関係で言えば、TFP上昇率、労働力は経済の総供給に作用しつつ、GDPギャップ(及び失業率、物価)に影響する一方、GDPに影響する。世界実質成長率、世界物価上昇率、為替レートといった要因は、主に輸出入に作用することでGDPに影響する。
 財政・社会保障に関しては、マクロ経済ブロックで定まる名目GDP成長率、長期金利、雇用者数等を用いて歳入・歳出が項目毎に算出され、それが経済の分配面を通じてマクロ経済ブロックに再度影響するという経路が描かれている。以上の相互連関で最終的に各変数が定まることになる。

ア)総需要(経済の短期変動を示す)と総供給(長期的な均衡)の相互連関を表現
イ)総供給はコブダグラス型生産関数に基づき、資本ストック及び労働供給を内生変数とし、生産性を外生変数とする形で、潜在成長率を求めるというものである。
ウ)総需要は、若年・高齢有業・高齢無業の三世帯別の消費、設備投資*1、住宅投資*2、輸出入*3の積み上げにより決定
エ)総需要と総供給のギャップは需給ギャップGDPギャップ)として表現され、これは消費デフレータ、投資デフレータ、フィリップスカーブの説明変数となる。GDPデフレータGDPコンポーネントのデフレータを用いて連鎖指数の定義に沿った形で導かれる。

2.試算の考え方
 本試算では、マクロ経済については?成長シナリオ、?リスクシナリオの二つ、歳出・歳入一体改革については、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」に記載されている14.3兆円の歳出削減の考え方に対応するケース(歳出削減ケースA)、11.4兆円の歳出削減の考え方に対応するケース(歳出削減ケースB)を想定している。
 尚、2007年度、2008年度の経済成長率及び物価上昇率については、既に「平成20年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度」が公表されているため、その数字を達成するように*4調整がなされていると考えられる。よって実際にシミュレートされているのは09年度以降ということになる。

(1)マクロ経済のシナリオ
 上記の外生変数の設定を変えることで表現している。
各シナリオで共通の設定は、人口動態、世界物価上昇率、為替レートである。人口動態は「日本の将来推計人口」の中位推計を基礎としている。世界物価上昇率は1.9%から2.2%程度で推移、為替レートは実質ベースで固定*5となっている。つまり、世界経済の変化としては、物価変化はシナリオで共通で、実質成長率のみ差があるという形になる。
 成長シナリオについてみると、生産性上昇率は各種の改革の実現により、2000年度から直近年度までの実績平均である0.9%程度の伸びから2011年度には1.5%程度まで段階的に上昇するとしている。労働供給は高齢者と女性の労働参加率が上昇するものとしている。世界経済については実質GDP成長率が年率3.0%から3.8%で推移、原油価格は2009年度以降年率2.2%で下落となっている。これらは経済の総需要・総供給の押し上げに寄与することでGDPを引き上げる。
 リスクシナリオでは、生産性上昇率は0.9%程度の伸びに落ち着くこと、高齢者及び女性の労働参加率は横ばい、世界経済の実質GDP成長率は2011年度にかけて年率1.5%まで徐々に低下、原油価格は横ばいというものである。これらは成長シナリオとは逆に経済の総需要・総供給を押し下げる方向に働く。

(2)歳出削減シナリオ
 歳出削減シナリオについては2種類のシナリオが設定されている。この概要を把握するには「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」の最終頁にある以下の図表を見るのが分かり安いだろう。14.3兆円、11.4兆円といった数値は、社会保障、人件費、公共投資、その他分野の合計として導かれているわけだ。削減はマクロ経済モデルで設定されているこれらの項目で処理されることとなる。


出所:「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」

 ちなみに、「日本経済の進路と戦略」参考試算では、平成20年度予算政府案において盛り込まれた治水、道路整備、港湾整備、空港整備の各特別会計社会資本整備事業特別会計への統合等や、財政投融資特別会計から国債整理基金特別会計への繰り入れ(9.8兆円)が反映されている。ちなみに財政投融資特会の9.8兆円は「埋蔵金」として財務省が認めた話に相当するものである。


3.シミュレーション結果
 以上の設定から、2011年度までの姿が描かれている。沢山の図表が記載されているので煩雑化を避けるため、以下では、成長シナリオ&14.3兆円削減ケース(成長シナリオ(歳出削減ケースA)、リスクシナリオ&14.3兆円削減ケース(リスクシナリオ(歳出削減ケースA)の中でマクロ経済の姿と国と地方の財政の姿を挙げている。結果をみると、成長シナリオ&14.3兆円削減ケースでは、実質成長率が2011年度において2%半ば程度、名目GDP成長率が3%前半まで高まり、デフレ脱却は2008年度に生じるとなりGDPデフレータは0%台後半、完全失業率は3%台半ば、名目長期金利は成長率の高まりをうけて2.9%程度となる姿になる。財政は緩やかに改善に向かっていく。これは名目成長率>名目長期金利を満たしている08年度以降ということになるが、利払いを加味しない基礎的財政収支(プライマリバランス)、国債等の利払いを考慮した公債等残高の名目GDP比も縮小に向かうという形になる。

成長シナリオ(歳出削減ケースA)

 次にリスクシナリオ(歳出削減ケースA)をみることにしよう。まず計測結果から判断できるのは、実質成長率は08年度を境として低下しており、07年度の見通し値である1.3%を下回るという点だ。そしてGDPデフレータも08年度からプラスに転じることで名目値が実質値を上回る状況になるものの、伸び率は0%台前半という状況になっている。物価上昇率の多寡が大きく影響するというよりは実質成長率の大小が大きく影響するという試算結果になっている。これは1.の設定を反映したものといえるだろう。財政への影響はプライマリバランスの名目GDP比は07年度とほぼ同様の形で推移し、公債等残高の対名目GDP比は08年度の名目GDP成長率の高まりにより一旦回復するものの、その後の名目GDP成長率の鈍化に伴って悪化するという形になる。

リスクシナリオ(歳出削減ケースA)


4.まとめ
 以上、「日本経済の進路と戦略」参考試算について概要を纏めてみた。名目成長率が3%台、物価上昇率GDPデフレータ)が0%台後半、長期金利が3%未満という水準が財政健全化への必要な一歩となる点は留意すべき点だろう。シナリオの対比で言えば、リスクシナリオは経済の実質面に大きな影響を及ぼしていることも分かる。以前経済財政諮問会議でも議論されたところだが、実質値がほぼ変わらず物価及び金利変化が大きく影響する場合の試算も合わせてあるとより興味深いと思う。
 個人的に少し気になった点は、これは致し方ないことかもしれないが、2008年度までの経済見通しにおける各項目の動きと2009年度以降の各項目の動きが若干異なっているという点である。特に、物価、金利、失業率といった点が気になる。リスクシナリオで達成される名目長期金利の姿はもう少し水準が低いと見た方が良いのかもしれない。テクニカルには、マクロ経済モデルの構築にあたって、特に90年代以降のデータを用いて試算すると長期金利を決定する金融ブロックの推計は困難を極めることも知られるところであるため、これは本試算に限ったことではないかもしれない。当然ながらシミュレーション結果の判断にあたっては、結果につき幅があるという側面を考慮の上で具体的な数値のわずかな違いを議論するのではなく、数値の方向性・傾向を吟味するべきだろう。

内閣府「日本経済の進路と戦略」参考試算
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/0117/item3.pdf)の22頁以降。
※「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizai/kakugi/060707honebuto.pdf)の15頁以降。
内閣府計量モデルについては(当該試算に用いられているモデルそのものではないが)以下を参照のこと。(http://www5.cao.go.jp/keizai3/econome.html

*1:最適資本ストックへの調整メカニズムとして定まる

*2:実質金利等により定まる

*3:内外相対価格及び所得効果により定まる

*4:定数項調整等により

*5:国内と海外の物価上昇率の格差を相殺するように名目為替レートが変動する