輸入価格と輸入物価、国内物価への波及経路

 先日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080122/p1)で原材料の輸入価格上昇が国内物価に対してデフレ要因として作用することをデータを参照しつつ見たが、個別の輸入財価格と輸入物価、国内物価の波及経路はどのように整理できるだろうか。以下、先日のエントリの補足および頭の整理も兼ねつつ纏めてみることにしたい。

1.輸入財の区分
 我が国に限らず各国は様々な財を輸入している。この輸入財は大きく分けると、国内で生産された財と代替(競合)可能な財と代替(競合)不可能な財の二種類に分けることができるだろう。
代替(競合)可能な財とは例えば自動車のような財である。自動車は国内でも生産している一方で、海外でも生産されそれが輸入車として我が国にもたらされている。一方で代替(競合)不可能な財とは我が国で生産することが不可能な原油や近年話題のレアアースレアメタルといった財だろう。産業連関表の用語に従えば、代替可能な財は競争輸入財、代替不可能な財は非競争輸入財となる。輸入財の価格が上昇した場合、それが代替可能財であれば輸入財の代わりに国産品を消費することが出来るが、代替不可能財であれば輸入財を用いざるを得ないということになる。

2.輸入財価格と国内財価格との関係
 では輸入財の価格が上昇した場合、国内財はどのような影響を受けるのだろうか。輸入財を二種類に区分しつつ、出来るだけ特徴的な変化のみを考慮しつつ整理すると以下のようになる。

(1)代替可能な輸入財の価格が高騰した場合
 代替可能な輸入財(例えば自動車)の価格が上昇した場合には、輸入財の価格上昇の程度に応じて国内財への需要が増加する。現実的には輸入財と国内財は同じ財ではないため、輸入財が国内財の対応する品目の価格よりも割高になったとしても完全に輸入財から国内財に需要がシフトすることはないだろう。いずれにせよ国内財への需要が増加することで国内財価格には上昇圧力が作用する。

(2)代替不可能な輸入財の価格が高騰した場合
 代替不可能な輸入財(例えば原油)の価格が上昇した場合には、国産品で対応する財を生産することが(少なくとも短期においては)不可能である。よって、割高な輸入財価格の元で購入するか、購入量を減らす形になる。我が国で代替不可能な輸入財として挙げられるのは(程度によるが)資源・穀物といった財だろう。これらの財の輸入価格が急騰する場合、その財を用いて国内で生産される石油製品、食料製造品といった財の価格にはコスト上昇を通じた価格上昇圧力が作用する。

3.輸入物価と国内物価との関係
(1)輸入財価格高騰と輸入財物価との関係

 輸入財価格の高騰は、輸入財価格全体の動向を示す輸入物価とどのような関係にあるのだろうか。代替可能な輸入財の場合、高騰が生じた当初の時点では他の輸入財の価格は変化しないと考えられるため、輸入財価格の高騰は輸入物価の上昇を誘発するだろう。
 代替不可能な輸入財の価格が高騰した場合についても他の輸入財価格が変化しない限り輸入物価の上昇をもたらすだろう。勿論、輸入財の需給を通じて輸入需要の品目構成が変化すれば各財の価格上昇の程度に応じて輸入物価は上下するが、そうでない限りは輸入財価格の高騰はそれが代替可能か否かに関わらず輸入物価を押し上げる形となる。

(2)輸入財価格(輸入物価)高騰が国内財価格上昇に結びつく場合、そうでない場合
 輸入財を代替可能財、代替不可能財の二つに区分して国内財への影響を見たが、いずれも上昇圧力が作用し、そして当該輸入財の価格上昇は、輸入財間の相対価格を通じて輸入需要の品目構成が変化しない限り輸入物価を上昇させることとなる。しかし、上昇圧力が作用するからといってそれが国内財価格もしくは国内物価の上昇に結びつくかは分からない。
 まず、輸入財価格(輸入物価)高騰が国内財価格上昇に結びつく場合についてみてみよう。2.(1)国内財と代替可能な輸入財の価格が高騰し、そのことで輸入物価が上昇した場合には、同種の割安な国内財が存在するため需要は国内財へとシフトする。すると国内財市場は需要超過となるため、該当する財の国内財価格、惹いては国内物価の上昇を誘発するだろう。輸入財価格(輸入物価)の高騰は国内財価格(国内物価)の上昇に結びつくわけである。
 一方で2.(2)国内財と代替不可能な輸入財の価格が高騰した場合はどうだろうか。輸入財と代替可能な国内財は無いため、該当する財と代替する財を新たに見出すことが出来ない限り、我々は輸入財の価格高騰に甘んじざるを得ない。我々が財を購入する際には、ある一定の所得の元で購入を決めているはずである。輸入財の価格高騰ほど所得が上昇しない状況であれば、輸入財の購入量を減らしつつ、他財の購入を減らす、もしくはあきらめるという選択肢しか我々には残されていないわけである。とすると、国内財市場への需要が減少することになり、それは国内財価格の低下を促すことになる。

(3)為替レートの変化と輸入物価、国内物価の関係
 我が国の国内取引は円で行われているため、海外通貨と国内通貨との相対価格である為替レートの変化は自国通貨で表示した輸入価格を変化させ、惹いては輸入物価、国内物価に影響することになる。
 円安の場合について考えてみると、これは自国通貨が外国通貨と比較して相対的に安価になったことを意味している。つまり円安になれば、外国通貨表示の輸入価格が変わらないとしても自国通貨表示の輸入価格は、代替可能財・代替不可能財に関わらず一律に上昇することになる。この場合には国内財と輸入財の代替の程度にもよるが、輸入財の価格が一律で上昇するために国内財への需要が進み、国内物価は上昇することになる。つまり、「円安はインフレをもたらす」ということだ。

4.輸入物価上昇が国内物価上昇に結びつくための条件、そうでない条件
 以上のように見ていくと、国内財と代替可能である輸入財の価格高騰が生じた際には輸入物価は上昇するとともに国内物価も上昇することがわかる。
では、国内財と代替不可能である輸入財の価格高騰が生じた際に国内物価上昇が生じるための条件とは何だろうか。その答えは、3.(2)の議論の前提となっている「価格高騰ほど所得が上昇しない」という条件そのものにある。
代替不可能である輸入財の高騰に伴い、それを用いて生産される国内財が100%価格転嫁を反映した価格で販売されたとしても家計がその財を購入することが出来るだけ、所得が上昇したらどうだろうか。例えば、原油輸入価格が70%上昇し、その輸入価格上昇分を100%コスト上昇としてガソリン価格に転嫁できるほど、家計の需要が旺盛であるという場合である。このような場合には、3.(2)で議論した、「他財の購入を減らす、もしくはあきらめるという選択肢しか我々には残されていないわけである」という事態は生じない。
 つまり、70年代の狂乱物価は、代替不可能な輸入財である原油価格が上昇し、それが輸入価格を押し上げたが、日銀によるゆきすぎた緩和的な金融政策、賃金の高騰が同時に生じ、それが家計の「所得制約」を緩和させることになったために急激なインフレになったのだ。CPIベースで20%を超える規模の急激な物価変化は、賃金上昇に伴い企業の経営環境を悪化させ、投資を減らし惹いては国内経済の停滞を招いた。これが「狂乱物価」におけるスタグフレーションが生じた理由である。
 数十年後の経済史家は現在生じている事態について、「ゆきすぎた非緩和的な金融政策がデフレと景況悪化を共存させた」と記すのだろうか。そんな事態にならないよう切に祈る次第である。