サブプライムローン問題と米国経済の行方

 Economistや各種ブログでも話題のReinhart and Rogoff(2008)*1。我が国のバブル崩壊から失われた十数年にいたる「人災」の道筋の言及とこのReinhart and Rogoff(2008)を交えた竹森俊平教授の論説は今週号のエコノミストをご覧頂きたいが、以下、論文の概要を纏めつつ感想を書いてみることにしたい。

1. ラインハートとロゴフによるサブプライム危機と過去の金融危機との比較
 ラインハートとロゴフは、現在進行形で生じているサブプライム危機と過去の金融危機との比較を行っている。取り上げられる危機は、ア)大規模な金融危機が実態経済に波及し数年間にわたって停滞をもたらした「5つの危機」(スペイン(1977年)、ノルウェー(1987年)、フィンランド(1991年)、スウェーデン(1991年)、日本(1992年))、イ)「5つの危機」ほどは深刻ではないが銀行システム及び金融危機として挙げられるもの(豪州(1989)、カナダ(1983)、デンマーク(1987)、フランス(1994)、ドイツ(1977)、ギリシャ(1991)、アイスランド(1985)、イタリア(1990)、ニュージーランド(1987)、英国(1974、1991、1995)、米国(1984))である。
 彼らは、これらの金融危機についてのデータとして、A)住宅価格、B)株価、C)経常収支バランス(名目GDP比)、D)実質一人あたりGDP*2、E)公的債務の名目GDP比の五種類を取り上げて、サブプライム危機の値が過去の金融危機の中でどのような位置づけにあるかを検証している。
 これらの5つの指標からうかがえるサブプライム危機と過去の危機の比較は以下のとおりである。

A)米国の住宅価格の上昇は、上記ア)及びイ)の危機の平均価格と比較して大きい。
B)米国の株価は07年においても上昇を続けていることが他の金融危機と異なる。
C)経常収支バランスについてはその規模について米国の経常収支赤字は群を抜いている。
D)実質一人あたりGDPの推移は、ア)の「5つの危機」ほど深刻ではないが、イ)に特徴づけられる危機の変化をトレースしている。
E)公的債務のGDP比を見ると、他の金融危機と比較して米国の状況は軽微である。






出所:図表は全てReinhart and Rogoff(2008)より転載。

2.危機をどう特徴づけるのか
 本論文では各金融危機に共通する特徴として、住宅価格の高騰、株価の低迷、公的債務の拡大、GDPの停滞、経常収支の赤字化という5つが指摘されている。ラインハートとロゴフは、米国が今後深刻かつ長期に渡る成長率の停滞に陥らないとすれば、それは幸運もしくは「特別」な経験だったと看做すべきもの、と論じている。勿論、世界的にインフレ率は低位で推移しており、米国は固定為替レートの呪縛にも陥っていない。一方で米国の生産性や住宅価格の下落は信用収縮にとって好ましい材料ではない。
更に彼らは続ける。1970年代の経験に照らせば、米国の銀行システムは原油輸出業者の余剰とラテンアメリカ等の新興市場の借り手との間の仲介者として機能していた。このシステムは80年代にラテンアメリカ債務危機を生み、金融の収縮をもたらした。現代の状況は大規模なオイルマネーが米国に流入しているという意味で共通しているが、そのカネの所有者は新興国であり、そしてその金は米国内のサブプライムローンの借り手へと向かっている点が異なる、というわけである。
 彼らの分析で示されている五枚のチャートは興味深い。悲観論を述べれば、住宅価格の伸びは急激であり、経常収支赤字の規模は大きい。「山高ければ谷深し」の格言があてはまるのであれば、これらの拡大が生じる前の規模に戻るには4年程かかるとも読み取れる。このシナリオに即して言えば住宅投資の低迷や資産効果を経由した消費の停滞はGDPを押し下げ、輸入を減少させつつ経常収支赤字の縮小が進むということになるだろう。とすると、チャートで示している一人あたりGDPの伸びは「5つの危機」の水準にまで落ち込み、株価はこれまでの金融危機のケースに遅れる形で下落へと進むことになる。
 確かに年初以来観察されている米国の株価の動きは下落基調であり、悲観論の路線に進んでいるようにも見て取れる。07年後半の段階では米国の経済指標は堅調な数値を示しているものが多く、景気後退と断定付けるには難しい側面もあった。又、インフレ懸念から利下げへアクセルを踏むことが出来ず、「最後の貸し手」としての中央銀行の機能を生かしつつ予防的な措置を併用するという措置をとらざるを得なかった。しかし年初に入り世界同時株安や米国経済のリセッション入りの懸念が明確になったことは、竹森教授が言うように、米国が明確な景気対策を発動できるという意味で好材料である。先日の緊急利下げや減税策にとどまらず、FEDは利下げを行っていくだろう。米国には利下げの余地が十分にあることも好材料である。それは一定のタイムラグを経て株価を反転させ、実態経済に好影響をもたらすのではないだろうか。そして並行してサブプライム問題を生み出した制度的な問題点にメスを入れていくべきだろう。「ベイルアウト」の視点からの対策と「ベイルイン」の視点からの対策の双方が求められるところだ。

*1:”Is the 2007 U.S.Sub-Prime Financial Crisis So Different? An International Historical Comparison”http://www.economics.harvard.edu/faculty/rogoff/files/Is_The_US_Subprime_Crisis_So_Different.pdf

*2:PPPでデフレートしたもの