原材料価格高騰によるグローバル・インフレーションの進展にどのように対処すべきか?


 既に報道されているところだが、日銀金融研究所主催の国際コンファランスでテイラー教授が昨今の原材料価格の高騰に対する政策として「グローバル・インフレーション・ターゲティング」を提唱した*1。詳細な議論は不明だが、報道を読む限りではテイラー教授の議論はこうである。原材料価格高騰によるグローバルなインフレ圧力に対して、各国の政策金利の平均値は十分に高いものではない。この原因として、昨年後半からのサブプライムローン問題に悩む米国FRBが急激な利下げを行ったために、他国は自国通貨高をもたらす利上げを選択することが出来ず、超過需要圧力が原材料価格高騰に結びつき、インフレ圧力が世界的に広まっているという。そして世界的なインフレ圧力に対しては、各国中央銀行が政策協調を行い「緩やかなターゲットの元でのインフレーション・ターゲティング」を行うべきだという議論が展開されている。先日紹介したスティグリッツ教授の論説でも言及されていたが、「米国の行きすぎた金融緩和が原材料価格高騰に結びつきグローバルなインフレをもたらした」という認識は両教授共に共通と言えるだろうし、米国の急速な金融緩和に対する懸念も共通なのだろう。
 このような議論で思い出すのは、一つの政策課題に対して割り当てる経済政策は一つである必要がある(ティンバーゲンの定理)という経済政策の割当の問題である。バーナンキ議長が進める金融緩和政策が行きすぎたものかどうかは議論のあるところだが、サブプライムローン問題という深刻な金融危機と原材料価格高騰によるグローバルインフレの進展という二つの政策課題に対して、金融政策のみで対処するのはいささか無理がある。
 ではなぜテイラー教授は「二兎を追う」ようにも思える政策提言を行ったのだろうか。想像だが、テイラー教授の認識は、米国の金融危機は確かに深刻だが実態経済への影響はそれほど大きくなく、寧ろ重視すべきはグローバルインフレの進展だ、というものかもしれない。そして、米国の金融危機には流動性供給を目的としたベイル・アウトとしての金融政策ではなく、寧ろモラルハザードの除去といったベイル・インとしての政策を重視するというものなのではないだろうか。つまり、グローバルインフレの高まりに対してはグローバル・インフレーション・ターゲティングで対応すべきで、米国の金融危機に対してはベイル・インとしての政策を割り当てるというものである。
 以上のように考えていくと、大きく二つの論点があることがわかる。一つは、原材料価格の高騰によるグローバルなインフレの高まりに対して、スティグリッツ教授が指摘する財政支援とテイラー教授が指摘するグローバル・インフレーション・ターゲティングのどちらが有効なのか、実現可能性があるのかという点だ。もう一つの論点は、バーナンキ総裁の進める金融緩和策が行きすぎたものかどうかという点だ。
 まず一つ目の論点だが、Economist’s view*2で指摘されているように、グローバル・インフレーション・ターゲティングはその実現可能性について疑問が残る。容易に挙げられる疑問点としては「緩やかなターゲット」をどのように決めるのかという話があるだろう。インフレ率は概ね先進国が低く、途上国は高いという現状の中では、高インフレに悩む途上国にとってはターゲットとなるインフレ率は現状の水準よりも低くなる。とすると、ターゲットを目指した金融政策は途上国にとっては実態経済の悪化を伴うことになる。一方で途上国に配慮して高めのインフレ率*3にコミットすると、途上国の痛みは少ないものの原材料価格高騰の原因として指摘されている途上国の経済成長を背景とした需要増大といった問題に十分に対処できない。このように考えると、結局のところ「グローバル・インフレーション・ターゲティング」で原材料価格高騰を抑えるためには、低めのインフレ率をターゲットとし、それに厳格な形でコミットするしかなく、このような話は途上国及び原材料輸出国にとっては到底飲める話ではない、のではないだろうか。そうすると、原材料価格高騰によるグローバルインフレの高まりに対しては、先進国から途上国への財政支援策の方が現実味があるように思える。財政支援策はさまざまなものがあるだろうが思いつくものを挙げてみると、エネルギーについては輸出国に対する採掘技術向上の支援策・先進国による技術支援、輸入国に対する補償金というところだろうか。流通のためのインフラ整備といった政策もあると思う。そして先進国から途上国への投資の進展は、世界的な不均衡の是正にも寄与していくのではないだろうか。
 二つ目の論点だが、サブプライムローン問題といった深刻な金融危機に対してFRBは十分な流動性を確保すべく金融緩和策を行っている。この金融緩和策は大規模かつ果断なものであるが、ベイル・インとしての具体的政策が十分に進展していない(進展させていない)という現状や、世界経済の動向が国際貿易を通じて米国経済の動向に依存している(デカップリングの不成立)という点を鑑みると、FRBは最善を尽くしているということがいえるのではないだろうか。問題は昨年後半から現在まで続く金融緩和策の効果が実態経済にどのタイミングで発現し、住宅価格の下落が止まるのかという点だろう。
 原材料価格の高騰は永遠に続くものではないことは明らかである。価格を際限なく上昇させれば代替的な財への需要が進む可能性、省エネが進む可能性が高まり、そして原材料価格の高騰というコストプッシュを際限なく受け止めることも不可能だろう。急激な価格上昇は資源輸出国にとっても結局のところメリットではないだろう。中長期的な原材料への需要増大に対してはそれに対応した具体的な政策を割り当てるべきだ。そして、原材料価格の高騰により各国において物価上昇が懸念されるのであれば、「物価」の中身に着目しつつ適切な金融政策を各国が独立して行っていくことが寧ろ必要なのではないだろうか。