原田泰・増島稔「金融の量的緩和はどの経路で経済を改善したのか」

 先日の矢野さんの論文に引き続いて、最近ESRIで公表されたDP(http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis210/e_dis204b.pdf)。金融政策の効果に関する実証分析の結果を調べていくと、近年のデータを追加したものでは、90年代後半以降は量の拡大という政策オプションが有効であるという結果が得られていることに気づくのですが、一方で日銀の鵜飼さんの量的緩和策のサーベイにあるとおり、量的緩和策の効果としては時間軸効果が最も効果としては顕著であったものの、その効果は大きくは無かったという話になっています。
 この二つの結果から我が国で行われた量的緩和策をどう評価するかを考えると、量的緩和策の効果を高めるには、ア)量的緩和の規模をより拡大すれば良かった、イ)量的緩和策に踏み切るタイミングを早めれば良かった、という二つの解釈が成り立つと思います*1
 原田さん、増島さんの論文は、量的緩和に効果があったことを示す実証分析の中でその経路を含めて実証分析を行っているHonda et al(2007)*2の結果の頑健性を検討しつつ、分析が進められています。鵜飼さんのサーベイ論文でも記載されていることですが、どのような効果が作用するか、いくつかある効果がオーバーラップする形で影響を及ぼしていることが想像される中で、時間軸効果とかポートフォリオリバランス効果といった形で効果を特定化した上で分析していくやり方は頭の整理にはなるものの、そこから効果の有無を検討するのは好ましくないと思います。この点の指摘はこの論文にも記載されています。
 さて、Honda et al(2007)の結果は、原田・増島論文の要約によれば、ウ)日銀当座預金残高が生産に影響を与えたこと、エ)波及経路としていくつかの変数を追加すると、株価を通じての効果が大きいこと、つまり資産価格を通じる効果、ポートフォリオリバランス効果が主要チャンネルであるという結果が得られているとのことです。
 原田・増島論文においても同様の手法を適用しつつHonda et al(2007)とは異なる変数を用いながら分析が進められています。分析の結果、以下の4つの点が得られたとしています。

・マネタリーベースと経済活動の間には明白な統計的関係があること
・経路として、資産価格をつうじる効果、銀行のバランスシートを通じる経路、銀行の情報生産機能を通じる経路、為替レートを通じる経路、時間軸効果を通じる経路を分析し、資産価格を通じる経路がもっとも有力で、他に銀行のバランスシートを通じる経路があるという結果が得られた。
・金融緩和は長期的には所得・物価水準効果とフィッシャー効果により金利を引き上げる効果があり、時間軸効果、特にシグナル効果が存在するかは疑わしい。
量的緩和策の効果分析を、金利政策が適用されていた時期のデータについて検討すると、1990年代においても量的緩和策は有効であった。

 面白いのはこれまで強調されていた時間軸効果の影響が否定されていることでしょうか。昨今のFRBの政策行動を量的緩和策と捉えるべきか否かという話がありますが、日銀が実際に行った「量的緩和策」というのは言葉の本来の意味である「量的緩和」を全て含むものではないという点も考慮すべきでしょうね。マネタリーベースを拡大するという政策一般、マネーを市場に供給する方策を指すという形で量的緩和を広く考えれば、色々な政策オプションがありえることは既にFRBの政策対応を眺めればよくわかります。過去の経験としての日銀による「量的緩和政策」が大きな効果を得なかったことは事実でしょうが、だからといって量的緩和という政策自体には効果がないという事実は導かれないのだと思いますね。何が足りなかったのかという点を含めて今後とも研究が進められていくところだと思いますが、このあたりは現実経済との対応を考慮しつつ追々自分の考えを整理したいところです。

*1:ぶっちゃけ期待に作用しなくては駄目なんですけど、それを考慮外ニスレバ

*2: http://www2.econ.osaka-u.ac.jp/library/global/dp/0708.pdf