野口悠紀雄「未曾有の経済危機を読む 100年に一度の危機に、ケインズはよみがえるのか?」

 某所から知りえた野口悠紀雄氏の論説(http://diamond.jp/series/noguchi_economy/10001/)。こういう話がはやっているのかどうか知りませんが(笑、今回の危機に際して「マクロ経済の話にマクロ経済学がはじめて意味をもった」などというのが妄言であるのは明白です。理論がどうこうという話ではなく、そもそもマクロ経済の話にミクロ経済学の知見を持ち出していたから頓珍漢な珍説だったわけで、珍説をなぜかありがたがる人が沢山いらっしゃったわけですし。
 これだけだと淋しいのでもう少し感想を書きますと、野口氏は『マクロ経済理論では、需要の変動が経済活動に影響を与えるというのだが、仮にそうしたことがあったとしても、小さな変動しかありえないだろう。経済活動の基本を決めるのは、供給側の要因であるに違いない。つまり、生産能力、労働者の状況、技術などである。高度成長期の日本経済を見ていた人なら、誰でもそう考えたことだろう。』と仰いますが、残念ながら私はまったく逆に考えています。
 つまり、高度成長期の日本経済において、経済活動の基本を決めていたのが供給側の要因であると思えたのは、基調として旺盛な需要があったからです。戦後の高インフレ、物資不足の中で効率的に資源を配分し生産能力増強を目標とした傾斜生産方式、・・これは結局のところモノ不足(需要超過)が根底にあります。だからこそ生産力を高めるという政策が必要な課題だったわけです。結局のところ、マクロ経済学の知見が意味を持たなかったのではなくて、マクロ経済学の知見を意識しなくても問題がなかったというのが実態でしょう。
 後、「マクロ経済学のモデルは変だ」として「価格」という概念が登場しないと仰いますが、私に言わせれば貨幣(マネー)の要因がマクロ変数に影響を与えること、そのメカニズムを探求するのがそもそもマクロ経済学の主題であって、ミクロ経済学(「価格理論」)というのはある財の価格を扱っているだけであり、別にマネーが実態経済をどう変化させるかを扱ってはいませんね。ご本人が重要な発見を個人的にされるのは慶賀なことですが、あまりにも当たり前なことをさも大発見のように世間一般に向けて開陳するのはいい加減よした方がよいと思います。