失業率は今後どのように推移するのか?

 将来の失業率の動向を考える際にスタンダードな方法はいくつかある。例えばGDPギャップを想定しつつオークン法則を経由して将来どのようなタイミングで失業率が推移していくかを把握する方法があるだろう*1。ただし、GDPギャップをいかに想定するかは悩ましいところである。また、労働需要および労働供給の動向から地道に失業率を考える方法もありえる。このような方法に基づく分析は本職の方々にお任せするとして(笑)、以下では別の方法から失業率の動向についてアプローチしてみよう。鍵となるのは失職ハザード率(平均失職率)と復職ハザード率(平均復職率)から失業率を考える、というものである。

1.平均失職率及び平均復職率から見た完全失業率の動向
 通常雇用統計で報告されている完全失業率や就業者数といった統計は、ある特定個人の就業や失業といった変化を集計した形で報告されている。例えば1ヶ月間に失業者数が10万人増えたという結果が報告された際、それは各個人の行動変化を集計した結果だろう。つまり失業者数の変化は、a)1ヶ月前に失業しており、現在も失業している人、b)1ヶ月前には就業していたが、なんらかの理由で職を失い失業した人の2種類に分けることが可能である。同様に就業者数の変化も、c)引き続き就業している人、d)一ヶ月前に失業していたが、職を得た人の2種類に分けることが出来る。このうち、a)とb)の要素が失職ハザード率に、c)とd)の要素が復職ハザード率に影響する。
 そこで、限定的ではあるが、Fujita and Ramey(2006)*2の方法を参考にしながら失職ハザード率と復職ハザード率を労働力調査から推計してみることにしよう。詳細については同論文をご覧いただきたいが、我が国について同様の方法で正確な推計を行うためには労働力調査の個票データが必要となるが、公表資料しか利用できない。そこで以下の方法で簡便に推計してみた。
 まずFujita and Ramey(2006)では月次データが用いられているが、過去失業しており現在復職した人数を公表統計から把握するには労働力調査の詳細結果を参照する必要があるため、四半期データを用いた。失職ハザード率は(非自発的離職者数+自発的離職者数)÷(一期前就業者数)として計算した。Fujita and Ramey(2006)では、失職ハザード率と復職ハザード率から平均失職率(average job loss rate)、平均復職率(average job fnding rate)を導出している。復職ハザード率を得るには就業者数のうち過去離職していた人数を得る必要があるが、これは労働力調査の詳細結果の就業者数(前職あり)の数値を用いた。詳細結果の公表は2002年第1四半期以降であり、以前の特別調査とは断絶が生じているため、平均失職率及び平均復職率は2002年第1四半期以降について計算している。
 以下の図表は、平均失職率と平均復職率、および完全失業率(季節調整済)の結果を示したものである。

図表1:平均失職率、平均復職率、完全失業率

出所:総務省労働力調査」及び経済産業省「鉱工業生産」から作成

 図表をみていこう。まず把握できるのが、03年第3四半期以降に失業率が回復していくと平均復職率は上昇し、平均失職率は下落していくという関係が明確に観察できる点である。そして07年第3四半期以前と以降を境目として平均復職率と平均失職率はそれぞれ下落、上昇に転じているが、このタイミングは最近公表された景気循環日付と一致し、さらに半年ほどのラグを伴いながら失業率が上昇に転じてきていることがわかる。つまり平均失職率と平均復職率の動向は景気循環と明確な関係を持っているということだ。
08年第4四半期の平均失職率、平均復職率は現時点で計算することは不可能だが、失職率、復職率はともに02年第1四半期の水準に着実に近づいていることが推測される。

2.鉱工業生産の落ち込みは失業率にどう影響するか?
 経済産業省が公表している鉱工業生産統計では、一ヶ月前の生産規模に対して現状の動向、一ヶ月後の動向を予測指数として公表している。直近値は09年1月時点の調査であり、08年12月の生産規模に対しての09年1月の見込み、2月の予想が掲載されている。図表2は09年1月及び2月については製造工業生産の予測結果から伸び率を用いて鉱工業生産指数を単純に外挿し、さらに3月は2月の水準と同様としてみた場合の動きである。現段階で公表されている12月の値を考慮した場合には08年第4四半期の値は93.5だが、予測結果を外挿した指数の値は74.5となる。

図表2 鉱工業生産指数の動き(四半期:季節調整済)

出所:経済産業省「鉱工業生産統計」

 ここまで見ていくと、今度は将来の失業率の状況が気になるところだ。そこで以下のような回帰式を考え鉱工業生産の変化が平均失職率及び平均復職率に影響し、平均失職率と平均復職率の動きが失業率に影響するという構図の簡単なシミュレーションを行ってみた。推計期間は労働力調査の詳細推計の結果が得られる02年第1四半期から直近データの08年第3四半期である。なお、09年第1四半期の失業率を推計する際には、08年第4四半期の鉱工業生産指数を用いて推計した失業率と公表されている失業率との誤差を用いて、回帰式から計算される09年第1四半期の値を調整している。

1.平均失職率及び平均復職率(いずれも02年第1四半期を1とした値)を被説明変数、鉱工業生産指数*3を説明変数とした以下の回帰式を推計し、推計期間は02年第1四半期から08年第3四半期。パラメターはいずれも1%有意。パラメターの符号条件は満たされている。

ln(平均復職率)=−6.32+1.4×ln(鉱工業生産指数) 決定係数0.81
ln(平均失職率)= 13.7−3.0×ln(鉱工業生産指数) 決定係数0.92

2.1.で求めた平均失職率及び平均復職率を以下の回帰式に代入して失業率を求めた。推計期間は02年第1四半期から08年第3四半期、パラメターは1%有意。

失業率(02年第1四半期=1としたもの)=1.0+0.4×(平均失職率−平均復職率) 決定係数:0.95

 ドマクロな目の子計算である点には留意する必要があるが、単純な回帰式を経由して予想される失業率は驚愕の6.7%となる。
 推計を行ってみて感じたのは、失業率と平均失職率及び平均復職率との関係の定式化が難しいという点である。上の推計式では平均失職率と平均復職率の1単位の変化が失業率に与える影響は符号の違いはあるものの同じ(寄与は同じ)となっている。勿論、パラメターを同じ値とするのではなく、失業率=β×平均失職率+γ×平均復職率のような形で別個のインパクトを与えるように推計を行うことは可能だが、その場合、平均復職率のパラメターγは期待される符号条件(マイナス)を満たさなくなってしまう。当然ながら鉱工業生産のみで平均失職率及び平均復職率を説明しようとするのは単純化に過ぎるという指摘もあるだろう。生産から雇用調整へという流れには一定のラグが伴うとも考えられるが、単純な推計結果からはラグを考慮しない方が結果は良好だった。 
 以上のような問題点を考慮すれば、数値そのものにはあまり意味がなく、需給両面や雇用調整の度合い、物価と失業率の関係といった多面的な観点から精査することが勿論必要だろうが、ここでのインプリケーションは生産の落ち込みが現時点で予想されるペースで進んでいくとするならば、平均失職率の急激な上昇を伴いながら失業率の悪化が急速に進んでいく可能性が十分にありえるという点である。過去の景気後退局面における失業率の悪化以上のペースで失業率が過去最悪の水準に到達し、さらに過去最悪を更新するタイミングが早期に訪れる可能性も十分にありえる、ともいえるのである。

(追記)
 労調の数字を見ますと、労働力人口が6700万人程度、完全失業者数が297万人、完全失業率が4.4%というのが直近(08年12月)の状況です。これが6.7%まで拡大するという状況は、失業率が2.3%上昇、労働力人口がほぼ変わらないとして154万人完全失業者数が増加することを意味します。報道等では製造業派遣の雇い止めで40万人3月末までに失業するという話*4、リストラや倒産による100人以上の大規模離職の状況を調査したものですが、3月末までに約6000人の正社員が職を失う見込み*5といった話も出ていますが、今のところ報道されている情報を考えると、上の結果が3月末までに生じうるというのはちょっと現実的ではないといえますか。賃金カットや労働時間短縮等による調整もありますので、実態はもっとマイルドなものになるとも言えるんでしょうが・・・。