岩田規久男「金融危機の経済学」を読む(その1)

 本書は著者が「はじめに」で述べているとおり、以下の三つの論点を検討した書籍である。平易に書かれていることから非常に読みやすい書籍だが、その内容は実に豊かであり、一読しただけでは中々全てを味わいつくすことは難しい。さながら一回では堪能しきれないテーマパークのような趣であり、私も久々に「岩田流テーマパーク」を十分に堪能したくちである。なかなか堪能した模様を伝えるのは難しいのだが、以下では三つの論点のうちの1つ目を中心に敷衍しながら逸脱を交えつつ感想を書いていくことにしたい。理解の誤りなどあれば、指摘頂ければ幸いである。

1.サブプライムローン問題の本質は何だったのか
2.それはなぜ世界金融危機を引き起こしたのか
3.世界金融危機が起きるまでと起きた後の各国(とくに米国)の対策のどこにどのような問題があったのか、この経験を生かして、今後、どのような金融危機防止策をとるべきか

1.サブプライムローン問題の本質とは何だったのか
(1)サブプライムローンの位置づけ 
 まず本書の内容にふれていく前に、簡単にサブプライムローンの位置づけを整理してみることにしよう。サブプライムローンとは、信用力の劣る債務者に対する住宅ローンである。信用力が劣るというのは、過去にローンを組んだ場合に延滞か破綻の履歴があるかどうか、もしくは返済実績が十分に蓄積されていないことを指し、指標としてこのような実績を数値化したFICO(ファイコ)スコアにより区分される。端的に言えばFICOスコアが620点(もしくは660点)以下の人々に対するローンがサブプライムローンというわけだ。
 このサブプライムローンは米国の住宅ローンの中でどのような位置づけを占めているのだろうか。まず米国の住宅ローンは大きく公的ローン(エージェンシーローン)と民間ローン(ノンエージェンシーローン)の二つに分かれる。公的ローンは政府支援企業(GSE)であるファニーメイフレディマックの貸出基準に適合した住宅ローンであるi)コンフォーミングローン、低所得者向けの政府プログラムであるii)FHA・VAローン*1、民間ローンとしては信用力の高い順にiii)ジャンボ、iv)オルトA、v)サブプライムという形に区分されている。
プライムローンに位置づけられるのは中所得者層向け*2のコンフォーミングローンと、ファニーメイフレディマックが貸し出せる限度額を超える高額ローンであるジャンボの二つであり、両者で約7.3兆ドル(コンフォーミング:5.2兆ドル、ジャンボ:2.1兆ドル)となる。サブプライムローンは1.5兆ドルの規模であり、FHA・VAローン(0.7兆ドル)とオルトAローン(1.0兆ドル)を合わせた米国住宅ローン市場規模全体に対する割合では14%程度となる。
 次に誰がサブプライムローンを利用していたのかを見ていくと、ヒスパニック系の人々の利用が多い。彼らが多く住んでいたのはカリフォルニアやフロリダといった地域だ。そしてこれらの地域のサブプライムローン利用者は多く、旺盛な需要と住宅価格の高騰を反映して限度額に制限がある公的ローンではなく民間ローンに流れていく。公的ローンの融資を受けるには厳しい審査が必要だが、民間ローンは審査基準が比較的甘かったこともサブプライムローン利用に拍車をかけたということだろう。五大湖周辺地域であるミシガン、イリノイオハイオといった地域もサブプライムローン利用者が多いが、これらは自動車産業といった製造業が主力のエリアである。製造業の不振と雇用環境の悪化が白人層を中心にサブプライムローンを利用せざるをえない階層を広げたということだ。
 以上で見た状況整理を念頭におくと、サブプライムローンは住宅ローン市場規模全体に対する割合では1割程度であり、仮にサブプライムローンが問題であったとしても世界中を金融危機に陥れるほどのインパクトは持ち得なかったのではないかという見方も可能である。しかし実際にはサブプライムローン問題はサブプライム危機として深刻化した。本書では、この疑問についてi)サブプライムローンはなぜ急増したのか、ii)サブプライムローン問題を深刻化させる動因となった証券化市場の変化、iii)サブプライム危機の顕在化という形で段階をおって説明している。

(2)なぜサブプライムローンが急増したのか
 なぜ1990年代後半、特に2000年代前半にサブプライムローンが急増したのだろうか。当然ながら住宅ブーム(住宅価格の高騰)が背景にあったわけだが、その理由が重要である。以下では本書で指摘されている4つのポイントを中心にみていくことにしよう。

a)住宅ローンに関する法改正と税制改正
 本書では、住宅ブームが生じた原因として、低所得者やマイノリティが住宅を持てるようにするという米国の政策課題、これを可能にするための法改正と税制改正についてまず言及している。住宅ローンに関する法改正は二つである。一つは1980年の住宅を担保とする貸付金利の上限規制を撤廃したことであり、これによって伝統的な住宅ローンの金利よりも高い金利のローンが可能になり、信用力が低い人々への貸し出しが可能になったわけである。もう一つの法改正は1982年の住宅ローンにおいて変動金利やBalloon Paymentが可能になったということだ。このことにより、変動金利住宅ローンや最初の支払い期間を短くし、期間終了後に一括払いするという形での住宅ローンが可能となった。そして三つ目が1986年の税制改正である。住宅ローン利子が所得税の控除対象になる一方で、クレジットカードのローンや自動車ローンといった消費者ローンの利子を所得税において控除することができなくなった。これにより住宅ローンが他のローンと比較して所得税制上有利となり、利用者が増大したというわけである。
 ではなぜこのような法改正・税制改正が行われたのだろうか。この点は本書では言及されていないが、背景として、1970年代後半から1980年代前半における米国住宅金融市場の動向とその対応を指摘することができるだろう。1981年から1983年にはS&L危機(第一次)が生じたが、S&L危機(第一次)は、預金という短期の資金調達に基づいて固定金利で長期の住宅ローンを貸し出すというS&Lのビジネスモデルが崩壊したことにより生じた。当時預金金利は自由化されておらず、低水準に保たれていたため、固定的な預金金利にプレミアムを乗せた分を住宅ローン金利として貸し出せば容易に利益を上げられることができたわけである。つまり金利変動に伴うリスクが殆どなかったということだ。しかし1970年代後半になると当時のFRB総裁であったボルカーは急激なインフレに対応するために金融引き締め策を行ったが、これが短期金利を押し上げることになる。規制により低金利に留められた預金金利と比較して短期金利が高まると、S&Lは短期での資金調達が困難となるため、預金金利の自由化が行われたが、今度は預金金利が住宅ローンの貸出金利を上回ると利益が上げられない状態(逆ザヤ)に陥る。1981年から1983年に生じたS&L危機(第一次)はまさにこのような過程で進み、利益を上げられなくなったS&Lが倒産し、住宅ローンが不良資産化したのである。先に言及した二つの法改正は、このようなS&L危機への対応によって生じたものといえるだろう。

b)サブプライムローンの持つ特徴
 サブプライムローン自体が持つ特徴とはなんだろうか。一つは固定金利ではなく変動金利型のローンが主流であったことである。サブプライムローンの多くは30年の借り入れ期間の最初の2年もしくは3年が変動金利、その後高めの固定金利を払うというものであった。借り手にとっては2000年代前半の住宅ローン金利が低水準であったことが、住宅ローンの需要を生み、更に住宅価格が高騰していたことが3年目以降の借り換えを容易にさせるとの期待もあったわけである。更に、2年間ローンを払い続けることが出来れば、サブプライムローンではなくプライムローンへの移行も可能であるという見込みもあったのかもしれない。この場合はサブプライムローンよりも低金利で長期のローンを組むことが可能になるため、利用者にとってはメリットが大きくなるわけである。
 もう一つの特徴は、サブプライムローン自体が借り手の返済能力ではなく、住宅価格の上昇を前提にして貸し手から提供されたという点である。住宅価格が高騰している限り、借り手が債務不履行に陥ったとしても元本である住宅を売ることで貸し手はデフォルトリスクを回避できる。このような思い込みが信用の低い人々への貸出を進めることになったわけである。

c)低金利政策
 サブプライムローンの拡大の理由の三つ目は米国の金融政策である。FRBは2000年末以降2005年ごろまで低金利政策をとった。これはITバブル崩壊同時多発テロによる景気悪化によるものだが、利下げが住宅ローン金利の低下を生み、住宅ローン利用者の増大を促したわけである。先に見た法改正も相まって、これまで信用力が低く住宅ローンの貸出を行わなかった人々へのローン(サブプライムローン)も進んだ。勿論、この事実から利下げが悪いという結論に至るのは早計だろう。問題は低金利政策を長期にわたって続けたことがその他の原因も相まって住宅市場の活況を生み、住宅価格高騰に伴う借り換えを前提としたサブプライムローンの拡大を促したわけである。それが証券化市場の発達と変化ということだろう。

d)証券化市場の発達
 サブプライムローンの急増には以上の三つの理由に加えて米国の住宅ローン担保証券に対する旺盛な需要が存在したこと、そして次の(3)でみるように旺盛な需要を背景として証券化市場が投資家にとって魅力的な証券を生み出し、更なる活況を生み出したという点を指摘することができる。
 証券化とはなんだろうか。詳細は本書を読まれたいが、簡単に整理してみよう。金融市場の役割の一つは、様々な経済活動によって生じるリスクを軽減させることで実体経済の発展を促すものだと私は理解しているが、証券化もこのリスクを軽減するための方法の一つである。住宅ローンの貸し手である銀行にとってのリスクは短期で調達した資金(預金)を長期の住宅ローンとして運用するため、長期金利短期金利の変動がリスクとなる。そして住宅ローンとして貸し出したカネの利子や元本が返済されない場合のリスクもある。証券化とは、このようなローンの貸出に伴う金利変動リスクと信用(返済不能)リスクを他の経済主体に移転することを意味する。具体的には、銀行が発行した様々な住宅ローンを証券化機関(ジニーメイファニーメイフレディマック、民間特別目的会社)が購入し、その住宅ローンを組み合わせたものを担保とした証券を作り投資家に転売するというものである。 なお、1.で見たようにファニーメイフレディマックは中所得者向けの住宅ローンの貸出も行っており、サブプライムローンの貸出は基本的に行っていない。このことから、当初サブプライムローン証券化には消極的であった。しかし、住宅都市開発省がサブプライムローン証券化を推進する決定を下したことで2000年以降サブプライムローン証券化も手がけるようになった。このことが後に両機関の躓きのもととなる。
さて証券化によりどのようにリスクが移転するのかを確認してみよう。まず住宅ローンの貸し手(銀行、住宅ローン会社)にとってみれば、証券化機関が住宅ローンを引き受けるために住宅ローンが持つ金利変動リスクと信用リスクを他の主体に移転することができる。銀行にとってのメリットとしてはこれらのメリットに加えてリスクのある住宅ローンを資産から除外することで自己資本を高めなくても自己資本比率自己資本の価値/資産価値)を高めることが出来る点も挙げられる。
証券化機関は住宅ローンの貸し手からの金利変動リスクや信用リスクを引き受けて、それを投資家に転売するわけだが、この過程によって貸し手自らが住宅ローン担保証券を発行した際に生じる貸し手の経営リスクを軽減することができ、そのことが投資家にとっての魅力となるわけである。
 そして、投資家は転売された金利変動リスクと信用リスクに証券が市場で販売されることで生じる市場リスク(メリット)を受けるわけだが、住宅ローン担保証券は複数の住宅ローンを混ぜ合わせたものを担保としているために、個々の住宅ローンと比較してリスクを軽減する効果がある。投資家として挙げられるのは銀行や住宅ローン会社、証券会社(投資銀行)・保険会社・年金基金ヘッジファンドだが、銀行や住宅ローン会社の場合は様々な住宅ローン担保証券を購入することで運用の幅が広がるというメリットもある。さらに住宅ローンと比較して住宅ローン担保証券は現金化が容易(流動性が高い)という点も魅力だろう。証券会社にとっては、金融自由化により競争が激しくなったことで株式売買の委託手数料が低下した中で利回りの良い住宅ローン担保証券(特にサブプライムローンを担保としたもの)の取引は魅力であった。保険会社や年金基金にとっても後述するような高い格付けに裏打ちされ、比較的利回りの良い住宅ローン担保証券は魅力である。機関投資家や富裕層から資金を集め、それを運用し信託報酬を得るヘッジファンドにとっても魅力である。証券化によってリスクが軽減された住宅ローン担保証券はこのように様々な投資家にとって魅力ある商品であり、そして世界中の投資家によって購入されれば、住宅ローン担保証券の需要の高まりに応じて住宅ローン金利は下がり、更にサブプライムローンへの需要が高まり、そして住宅ローン担保証券が購入される・・・ということになる。このような循環がサブプライムローンの急増をもたらしたのである。

(3)証券化市場の変化とは
 さて、以上の話を読まれて少し疑問に感じた方が居るのかもしれない。それはサブプライムローン担保証券の購入が進んだからといって、そもそも信用リスクがプライムローンと比べれば高いため、住宅ローン担保証券の拡大の中でなぜサブプライムローン担保証券が急増したのかを説明できないという点である。その秘密は、証券化市場の高度化と複雑化にあるわけだ。具体的にはCDOの発達とCDSによる信用リスクのヘッジの枠組みが発達したことだ。

a)信用リスクをいかにして「効率的」に移転するか
 少し本書で記載されている点を外れつつ、証券化の高度化の意味をみていこう。先にS&L危機の対応が住宅ローンの規制緩和を生み、それが住宅ブームをもたらしたという側面を見たが、S&L危機の話には続きがある。S&L危機(第一次)は、預金金利と住宅ローン金利の逆ザヤがS&Lを倒産に追い込んだわけだが、預金金利が高くなれば、住宅ローン金利を高くすることで利益を上げるようにすれば良いということになる。事実S&Lは業務拡大を行いつつ、可能となった商業用不動産やハイ・イールド(ジャンク)債といったリスクの高い資産へのローンを進めたが、これが不良債権化することで今度は1986年から93年にかけて第二次S&L危機が生じ、多くのS&Lが破綻に追い込まれていった。不良資産化した住宅ローンを処理するために1991年と92年にRTC(整理信託公社)は大規模な証券化により不良資産の処理を行ったわけだが、この際は投資家に対して十分な情報開示を行いつつ非公的(相対取引)での住宅担保証券を発行し、パススルー型の手法を適用して処理を進めた。このパススルー型とは本書の第1章で説明されている証券化の方法である。具体的には信用リスクが生じたことによって投資家が証券化機関から受け取る元利金は目減りするわけだが、この目減り分を投資家個々人に等分に配分するというものだ。しかしパススルー型で証券化を行う場合には、様々な趣向を持った投資家にとっては必ずしも魅力ある商品にはなりえない。また、担保となる住宅ローンがデフォルトするリスクを等分に投資家が追うことも魅力を半減させる理由である。
 そこで考え出されたのが、集められた住宅ローンを、異なる収益と信用リスクを持つ証券に分割して、様々なアペタイトを持つ投資家が購入しやすいように変えるという仕組みである。具体的には集めた証券を信用リスク・収益がともに最も低いシニア、信用リスク・収益が中程度のメザニン、信用リスクが高いが収益も高いエクイティの三つの部分(トランシェ)に分けて証券化し、それぞれを投資化に販売するというものだ。ここで信用リスクは格付けによって保証され、投資家は格付けから信用リスクを判断し、設定されている収益(金利)を判断しながら住宅ローン担保証券を買うことになる。このように信用リスクと収益が一律ではなく好みの異なる投資家向けにバリエーションを設ければ、パススルー型のように一律の信用リスクと収益を負担する住宅ローン担保証券よりも投資家の需要は高まるだろう。投資家は低リスク・低リターンの証券のみを買うわけではなく、様々な証券を購入することで運用益を上げるため、高リスク・高リターンの商品が提供されたことが商品への需要を高めることにつながったのである。

b)CDOの発達
 更に、このように信用リスクと収益を区分した住宅ローン担保証券を担保にして、債務担保証券CDO)が作られるようになる。これは、住宅ローンではなく、住宅ローン担保証券を担保として発行された証券であり、具体的には様々な住宅ローン担保証券を購入・保有した主体がそれを担保としてシニア部分を切り出しいくつかのトランシェに区分した別の証券を作る、更に住宅ローン担保証券からメザニンの部分を切り出しいくつかのトランシェに区分した別の証券を作る、というものである。
住宅ローン担保証券のシニアではなくメザニン部分を切り出してCDOを作り出し、それをAAA、AA、A、BBという高い格付けを付して売ることが可能になったのは、サブプライムローン債務不履行が生じた際にCDOを発行した主体がモノラインという保険会社から元利金の立替払いを受けるという保証契約を結んでいたことが理由である。モノラインは元々地方債といった信用度の高い単一の(モノ)債券の信用保証を行っており、格付けが高かったため、格付けが高いモノラインからの保証に裏打ちされたCDOの格付けも高くなる。
 CDO市場の拡大を促進した要素としては三つある。一つは発行主体である米国の大銀行と投資銀行、そしてこれらのCDOへの投資を行ったヘッジファンドの動きである。先に住宅ローン担保証券を購入(投資)した主体として銀行を挙げたが、住宅ローン担保証券を購入すれば、これは銀行の資産となる。先程の理屈から言えば、銀行は自己資本比率を高めるためにはこの証券を売却(オフバランス化)すればよいわけだが、その際に銀行はSIVという銀行本体の連結決算からは除外される企業を作り、そこに融資もしくは住宅ローン担保証券を引き受けさせてCDOを組成し販売したわけである。SIV自体はこのような銀行からの融資に加えてコマーシャルペーパーを発行して短期資金を調達し、CDOを組成して利益を得た。SIVと同種の会社としてはABCPの導管会社もある。これはコマーシャルペーパーを発行して資金調達を行い、CDOなどの資産担保証券に直接投資するというものである。コマーシャルペーパーの担保となるのが資産担保証券であるため、このコマーシャルペーパーのことをABCP(資産担保コマーシャルペーパー)というわけだ。更に投資銀行も収益を上げるためにこのビジネスモデルに積極的に参入した。コマーシャルペーパーを発行して資金を得、住宅ローン担保証券を購入して運用益を上げるとともに、複数のリスクとリターンを有する住宅ローン担保証券を元にCDOを組成して更に売り出すということをした。ヘッジファンドは高い収益を持つCDOへの投資に積極的に乗り出していくということである。
 このようなCDO拡大の背景には二つ目のポイントとしてレバレッジの果たした役割を見逃すことはできない。レバレッジとは自己資本(元手)ではなく借り入れを増やすことで投資額を増やし、純投資収益率を高めることを指す。収益率10%のCDOに自己資金100億円を投資した場合の純投資収益率は(借り入れがゼロのため)10%(10億円/100億円)だが、金利5%でコマーシャルペーパーを発行して90億円を借り、自己資金10億円、借り入れ90億円の合計100億円を収益率10%のCDOに投資すればCDOから得られる純収益は5.5億円(10億円−90億円×5%)であるため純収益率は55%(純収益/自己資金=5.5億円/10億円)にまで拡大する。このように少ない元手で利益率を高めることがレバレッジの効果だが、レバレッジが効果を上げるのはCDOに投資した際の収益率が借り入れの際の金利を上回る限りにおいてであるという事実である。収益率が借り入れの金利を下回ってしまった際には、レバレッジは利益ではなく赤字を増幅させることになる。サブプライム危機が深刻化した背景にはこのようなレバレッジの悪影響が被害を増幅させた効果がある。レバレッジの効果を利用して、CDOに関わる主体は積極的にCDOを発行するとともに、投資を行った。
 更に三つ目のポイントとして、CDOの投資主体(買い手)が米国のみならず欧州にまで拡大し、そして銀行やヘッジファンドのみならず保険会社までがCDOに投資をしたのである。保険会社は顧客から保険料を調達し、保険金を支払うとともに、集めた保険料を運用することで利益を得る主体である。証券化商品が出回ることで保険会社も証券化商品の保有を勧めたが、当時社債よりも収益率が高く比較的安全と思われたCDOへの投資を行ったわけだ。

c)CDSによる信用リスクの移転
 銀行、投資銀行ヘッジファンドSIVABCPの導管会社といった金融機関はレバレッジを効かせて借り入れを増やして住宅ローン担保証券をはじめとする資産担保証券CDOへの投資を行い利益を得ようとする。そうすると金融機関へ資金を貸した側(投資家)から見るとこのような貸し出しに対して信用リスクが生じるわけである。CDO住宅ローン担保証券から見込まれる収益率が資金提供の際に決めた金利を下回れば資金の回収や金利を受け取れない可能性が高くなるため、この信用リスクを移転することで、投資家と金融機関双方がメリットをうける。
 資金提供主体である投資家が借り入れを行った金融機関から資金を回収できない場合、変わって保険会社が投資家に対して資金の支払いを行うという枠組みがCDSである。CDSの買い手は投資家、売り手は保険会社だが、買い手である投資家は保健会社に対して保証料を払う代わりに金融機関から資金を回収できない際には元本保証をうける。保険会社は、金融機関が債務不履行を起こした場合には投資家に代わって新たな債権者となる一方で、社債コマーシャルペーパーを投資家から引き受け、元本支払いを行うというものである。借り入れに伴う信用リスクを移転するCDSレバレッジも相まって、住宅ローン担保証券CDOへの投資を拡大させる大きな要素となったのは明らかである。

(4)サブプライム危機の顕在化
 2005年頃からサブプライムローン債務不履行が増え、そして2007年8月にBNPパリバが傘下のヘッジファンドを凍結すると発表すると、サブプライムローン関連市場に参加していた投資家や金融機関はパニックに陥った。
 本書ではこのパニックが起きた原因と経緯について三点のポイントを纏めている。まさにこれまで見た発展とは逆のサイクルが、発展を促した要素により増幅される形で進行し、住宅ローン市場の1割程度のサブプライムローン債務不履行が2割に高まったことが金融機関の流動性危機にまで発展し、かつサブプライムローン関連市場に参加していた投資家や金融機関は世界中に広まっていたため、サブプライムローン震源地である米国のみならず影響が世界中に浸透していったのである。

A.サブプライムローンは住宅価格が下落すると債務不履行が急増するという特徴を持ったローンだった。

B.サブプライムローン関連証券は構造が複雑すぎて、投資家がその中身を把握する手がかり、情報が不足していた。

C.投資家の多くのレバレッジ比率が著しく高く、かつ短期資金で満期が長期のサブプライムローン関連証券に投資したため、サブプライムローン関連証券の価格が下落すると、投資家達は資金難から流動性危機に陥った。

 
 Aの点についてみよう。(1)サブプライムローンの位置づけで確認したように、サブプライムローンの担い手としては五大湖周辺の製造業エリアの比重が高い点をみたが、自動車産業が不振に陥ると、これらの人々はサブプライムローンの元利金が支払えなくなった。これらの地域においてサブプライムローンの滞納率が上昇したときには自動車産業の不振に基づく局地的な問題だと理解されたわけだ。しかし、2005年頃から住宅ローン金利が上昇し住宅価格の下落が明確化すると、サブプライムローンの滞納率は急速に高まり、全米規模に問題は拡大した。サブプライムローンが固定金利ではなく変動金利が主体で、かつ住宅価格の動向に依存していたことが影響したわけだ。
 サブプライムローンの滞納率が高まることで、まず住宅ローン会社が影響を受けた。サブプライムローンを貸し出してもその滞納率が高まれば、サブプライムローンを引き受ける主体が少なくなってしまう。結局サブプライムローンを住宅ローン会社自らが保有したり、サブプライムローン担保証券を住宅ローン会社が買い戻すという事態が生じたわけだが、住宅ローン会社が提供するローンの滞納率が高めれば、資金調達も困難となる。このような形で住宅ローン会社の破綻が進んだ。
 影響は次のステージに入る。住宅ローン担保証券CDOを作り出す際の肝であるトランシェ(サブプライムローンを集め、階層別に区分したもの)は格付け情報に基づいていた。しかしながらその格付けは住宅ローン会社の破綻が顕在化していくと、大幅に引き下げられるようになる。これが住宅ローン担保証券CDOの信頼性を著しく落としていった。つまり、これらの証券価格が暴落するという事態に結びついたわけである。そしてサブプライムローン債務不履行が増えると、サブプライムローンの元利金の支払いを保証していたモノラインの立替払いも急増する。このことがモノラインの経営危機をもたらし、モノライン自体の格付けを下げ、更にモノラインの信用保証を受けたサブプライムローン関連証券(住宅ローン担保証券のメザニン部分から組成したCDO等)の格付けも更に引き下げられ、証券価格の暴落を更に助長したわけだ。影響が及ぶのはこれらの機関だけではない。CDOの投資家であるヘッジファンドCDOの投資家でもあり組成主体でもある銀行、投資銀行SIVABCPの導管会社といった主体もサブプライムローン関連証券市場の崩壊で等しく影響を受けた。
住宅ローン担保証券を元に組成したCDO、更にCDOを元にしたCDOスクエアード、住宅ローン以外の不動産をも担保にし複雑化した商品の価値がどこにあるのかを判断する材料は格付け情報だったが、一旦格付けが下がると商品が複雑すぎるため商品自体の価値がいくらであるのかが把握できなくなる。これがサブプライムローン関連証券の売りを「投売り」へと助長させた。これがB.の点である。
 そして最後のCの点である。投資家、特に投資銀行SIVABCPの導管会社、ヘッジファンドコマーシャルペーパー社債といった手段で短期資金を調達し、それを元手にレバレッジを効かせながら長期の投資を行っていた。サブプライムローン関連証券の価格が下落し、借入金の返済が出来なくなればこれらの金融機関は破綻に追い込まれる。そして資金返済を行うために投資した証券を売却すれば更に証券の価値は下落する。短期資金の信用リスクを回避するためにCDSを利用していれば、短期資金の借り手であるこれらの金融機関の債務不履行が進めば、元本の肩代わりをする保険会社の支払いがかさみ、保険会社にも影響が及んでいく。
先に銀行はオフバランス化により自己資本比率を高めるためにSIVを作り、SIV住宅ローン担保証券を元にCDOを組成していたと述べたが、SIVの経営危機が顕在化するとそれを信用維持のために、SIV保有していたサブプライムローンサブプライムローン関連証券を銀行のバランスシートに戻すという措置をとった。銀行のバランスシートに戻されたサブプライムローン関連証券の下落は時価会計により即座に反映され、銀行が保有していたサブプライムローンサブプライムローン担保証券、CDOといった資産の価値の下落とともに銀行の経営を圧迫し、多くの銀行が信用を失って、銀行間市場での資金融通が困難となった。このような形で流動性の危機へと進行したのである。

(5)金融政策と規制の果たした影響
 既に十分長くなってしまったが、以上で纏めた本書の内容から若干外れて(また戻ることになるが)、これまで見たサブプライム危機の状況と経済政策(マクロ経済政策、規制緩和)との関係・影響について簡単な感想を書いてみたい。上で見たように、サブプライムローンの発展を促した要素の一つとしてFRBの金融緩和策、特にITバブル崩壊に伴う対応のために利下げを行い、それを長期間継続したことの影響は大きい。この事実を持って、グリーンスパンの金融政策が誤りであったと見る向きもあるが、私はそのような意見には簡単には同意できないのである。それは金融政策が物価の安定化と実体経済(雇用)の安定を目標にしてなされているためである。上でみたようにサブプライムローン債務不履行が進んだのも、FRBが進めた利上げによるところが大であり、その認識は正しい。しかしながらサブプライムローン債務不履行が世界中で流動性の危機をもたらすまでの大問題にまで発展したのは、同時に進行した様々な金融商品の登場やリスクを移転・軽減する仕組みの拡大によるところが大きく、それは金融市場の規制緩和・自由化が大きく影響しているのである。
 本質的に金融緩和はバブルへの道につながるのは竹森俊平『資本主義は嫌いですか』の感想でも既に論じたところだが、金融政策は物価安定・実体経済の安定を目標になされるものである。それがバブルの温床を準備するとしても、バブルの規模・深刻さを決める重要な要素として規制の役割もまた大きい。識者の中には金融政策が金融危機を導くという道筋を極めて短絡的に捉え、そのことからバブルを抑制するために緩和的な金融政策に反対するという論調も見られる。今回の危機で我々が問題にすべきなのは、実体経済に影響を及ぼすマクロ経済政策と、規制緩和といった市場に影響をもたらす政策との関係をどう捉えなおすのかという点であり、そしてこれらの政策が今回の危機の影響を食い止め、危機が深刻化することが今後ないようにするためにどのような役割を有するのかという点だろう。
 今回の米国の経験は、拡張的なマクロ経済政策と規制緩和が巨大なバブルを産んだものとして捉えることができる。そして我が国の経験はマクロ経済政策が十全に効果をもたらなかった中で規制緩和を進めると何が生じるのかという事実をもたらしたのである。繰り返しになるが、規制緩和にはメリットもデメリットもあり、そしてマクロ経済政策にもメリットもデメリットもある。これらの政策手段を適切に用い、市場メカニズムをうまく働かせていくには何をすれば良いのかが問われているのである。これらの点は本書の感想の続きの中でもう少し具体的に論じてみたいところだ。

金融危機の経済学

金融危機の経済学

*1:当初限度額20万160ドルだが、2008年以降はコンフォーミングと同額まで限度額が引き上げられた。

*2:限度額が41万ドル程度まで。但し、2008年限りの時限措置で72万9750ドルまでに引き上げられ、2009年からは62万5500ドルになった。