日銀レビュー(4月公表分)を読む

 このところ長期金利が上昇しているとのお話もありますが、先日公表された日銀レビューは「金利の期間構造と金融政策」(by 白塚重典氏)です。こちらについて概要と感想を書いていきたいと思います。金利の期間構造と金融政策がお題ですので、やはりタームストラクチュアとフィッシャー方程式が話題になってくる訳ですね。


1.データから見た金利と物価の関係
 まずレビューでは本題に入る前に、短期・長期金利との関係、長期金利と物価との関係性をデータから観察しています。短期金利はオーバーナイト物翌日金利長期金利は新発国債10年物金利、物価は消費者物価指数(除く生鮮食品)で、期間は1986年1月〜1995年9月までです。関係性を見ると以下の事実が分かるとしています。


2.長期金利の決定メカニズム
 金利のタームストラクチュアに関する仮説では、長期金利は対応する期間の予測短期金利の平均値に不確実性を加味したプレミアムを加えた値に等しくなると考えています。このことから長短金利差が拡大することは、将来の短期金利が上昇する(=予測短期金利の平均値が上昇する)という結論が導かれます。タームストラクチュアに関する実証分析の結果は良好ではないとの事ですが、これは?タームプレミアムが時間を通じて一定でない可能性があること、?政策金利の将来経路の予測可能性が時間的な視野により異なること、の2つの観点から分析が進められているとレビューでは述べています。
 特に?の点は、3ヶ月から1〜2年程度の満期では、政策スタンスの持続性や転換の見極めが困難であるため、期待仮説の説明力が弱くなり、より長期の満期では景気循環の影響が出尽くすために市場参加者の予想が安定的であれば金利のタームストラクチュア仮説から得られる長期金利が実際の長期金利の水準に近づいていくということになります。上記の点は金融政策の効果という点においても重要です。金利の期間構造に織り込まれている将来の政策経路の予想通りに政策金利の変更を行えば、追加的な政策効果を生じさせることは無くなるということになります。


3.長期金利とインフレ予想
 フィッシャー方程式は、名目金利=実質金利+インフレ予想という関係を示しています。また、短期的な変動が出尽くした長期フォワードレートの変化は、均衡実質金利と均衡インフレ率、タームプレミアムの和として示すことが可能です。これは金融市場が将来の経済動向をどうみているのかを判断する指標として有用である訳ですが、上記の3つの要素のどの要因が長期フォワードレートの変化に影響しているのかを把握することが重要であることは言うまでもありません。


4.金融政策に対する金利の期間構造の反応
(1)反応のパターン
 スポットレートカーブとフォワードレートカーブが政策変更前と後でどう変化するか、典型的な変化のパターンとして?基本形、?並行シフト、?ねじれ化が挙げられます。
 ?基本形とは、一時的なショック(例として一過性の生産性上昇)が生じることで自然利子率の上昇が時間を通じて減衰していくような経路をとると予想される場合です。この際には政策金利は自然利子率の動きを相殺するように引き上げ、インフレ圧力を抑止していきます。結果として初期時点の金利変化は大きく、満期に近づくほど金利変化は小さくなるわけです。
 ?並行シフトとは、フォワードレートカーブが政策変更に伴い並行シフトする場合です。フォワードレートカーブの変化は均衡実質金利と均衡インフレ率、タームプレミアムの和で示されるわけですが、政策金利を上昇させることでフォワードレートが(自然利子率の減少を相殺する形で)同じだけシフトするということは均衡インフレ率やタームプレミアムが上昇しているという可能性もありえます*1。この際には金融政策により不確実性が増すと金融市場が判断することになり、信認低下のシグナルにもなりえます。
 ?ねじれ化は、政策変更前と変更後のフォワードレートが交わっており、変更後フォワードレート>変更前フォワードレートという関係が短期で成立し、長期では変更後フォワードレート<変更前フォワードレートという関係が成立している状態です。満期に近づく長期では政策変更後のフォワードレートは低水準になるため、(均衡実質金利が変化しないとした場合には、政策変更により物価の安定、不確実性の減少が生じたと解釈できます。この場合には金融政策により市場の信認が高まったとなります。


(2)時間軸効果と金利の期間構造
 (1)の議論を受けてレビューでは量的緩和策導入前後のフォワードレートカーブの変化を分析しています。それによると、量的緩和策によりフォワードレートカーブは決済時点が短期の金利を低下させ、決済時点が長期の金利を安定化させた効果があったと指摘しています。金利押し下げ効果は10年物金利を0.36%押し下げたとしています。時間軸効果と長期フォワードレートの関係を見ていくと、時間軸が長くなる程、長期フォワードレートは減少するとの関係が得られていますが、これは金融市場の景況感の悪化や物価見通しの低下に伴いフォワードレートの低下が観察されると政策コミットメントの継続期間が長くなると予想することを反映したものです。

5.感想
 金利のタームストラクチュアに関する情報は有用だと思いますが、レビューにも記載されている通り、幾つかの点*2について留意しつつ判断していくことが必要でしょう。
 レビューの議論を読んで気になったのは、量的緩和解除によりフォワードレートカーブがどのような変化をもたらしたのかという点です。仮に均衡実質金利が上方シフトしているということであれば将来的に政策金利をコントロールすることで日銀は糊代を確保していくことが可能なのでしょうが、物価参照値の提示が市場の合意形成を不安定化させているのだとすればプレミアムの増加を通じて長期フォワードレートカーブを上方シフトさせているとも解釈できますよね。市場の期待形成を容易に行わせるにはインフレターゲット策を明示的に示していくのが望ましいと思うのですがね。

*1:均衡実質金利の上昇の場合にはその上昇幅に合わせて政策金利をコントロールすれば需給ギャップ物価上昇率を不変に保つことが出来ます

*2:定常状態に向けて予想が収斂するという想定、円環性問題