国内研究機関による中長期経済見通し

 延び延びになってしまいましたが「名目GDP長期金利」の関係や財政の姿を考えるにあたって各研究機関が公表している中長期見通しはどうなっているのかを知ることは重要だと思います。ということで以下、官庁、民間シンクタンク*1が公表している中長期見通し、特にマクロ経済モデルに基づくものを紹介してみたいと思います。


1.公表時期
 まず公表時期ですが、民間シンクタンクは大体12月に公表している所が多いようです。ターゲットとなる年次はばらつきがありますが、民間シンクタンクの場合は大体10年程先までのマクロ経済、財政状態のシミュレーションを行っています。官庁が公表するシミュレーションは内閣府のように「改革と展望」の改訂に合わせて公表する形、もしくは経済産業省なら産業構造審議会に合わせての公表、もしくは経済財政諮問会議の議論に合わせて公表する形、といったところです。


2.前提となるマクロモデルについて
(1)マクロ経済構造
 マクロモデルの詳細は各社とも明らかになっていません。ただおそらくは、マクロ経済の需要側はSNAの総需要項目に合わせて、実質ベースの投資・消費、政府支出、輸出入を定式化し、これらの積み上げで実質GDPを決定するという形、供給側は資本、労働の元での生産量(潜在GDP)を導出するという形が一般的だと思います。あとは需給双方から定まるGDPからGDPギャップを作り物価指数を決めた上で先に得られた実質値から名目値を作っていくという形です。あとは用途に合わせて適宜色々な要素を付け加えていくという所でしょうか。


(2)財政・社会保障
 財政・社会保障をモデルに折り込むには、GDPの分配面をモデル化する必要があります。可処分所得、営業余剰、税といった所が中心でしょうか。また社会保障は政府から家計への移転という形で民間最終消費にも影響するのでそのあたりをモデル化するといった所がメジャーでしょう。政府支出はGDPの支出の項目としてありますので、あとは税収、社会保障費をGDP成長率等から決めれば、マクロ経済構造と連動する形で財政・社会保障も決まります。


(3)パラメータの推計、シミュレーション
 各構造方程式のパラメータの計測は最小自乗法に基づく所がほとんどでしょう。モデルで含まれる構造方程式の数が100とか200とかといった形になると2段階最小自乗法でパラメータを得るのが困難であったりします。また、ほぼ全てのモデルがバックワードな構造となっていると予想されます。


3.各機関の中長期展望
 外生変数である生産性(TFP)、財政・社会保障の改革、世界経済の見通しが異なる事、シミュレーション期間が異なるため横並びの比較は難しいという前提を踏まえつつ、各社の予測結果を比較したものが下図となります。
各機関の見通しは実質GDP成長率で1%半ばから3%程度、名目GDP成長率は2%半ばから4%程度、雇用は現状の水準よりも回復して失業率は2%台から4%程度、物価上昇率はマイルドなインフレ(0.2%−2.5%)を達成するという形です。野村総研の見通しはデフレが続くという前提ですが、レポートの公表時期が古い為このような結果になっているのかもしれません。
 各コンポーネントの動きをみると各機関とも民間企業設備投資の伸びが成長を押し上げるというストーリーを考えているということがわかります。また輸出と比較して輸入の伸びが大きく、財・サービス貿易収支は赤字傾向になるという結果です。


 次に財政への影響をみていくと、2010年代には基礎的財政収支は赤字とする野村総研大和総研、2011年に黒字に転換するという内閣府、2015年には黒字となる日経センター、三菱総研という形で各機関の結果には差があります。基礎的財政収支の名目GDP比が2011年度に0%となるとしている内閣府の結果は最も財政の見通しに対して楽観的であるともとれます。内閣府の場合にはその裏返しとして増税三位一体改革、公務員給与カットといった改革メニューがセットとして考慮されている為、財政の黒字化のペースも早いという事が言える訳です。シミュレーション時点が一年しか異ならない野村総研大和総研の結果が−4.0%、−5.9%となっていることからも財政・社会保障改革をかなり急速に進めているという前提を置いているのではという事が想像できる結果になっています。



4.感想
 各機関における名目GDP成長率と長期金利(10年物国債利回り)の関係をみると、名目GDP成長率が長期金利を下回るタイミングは、内閣府(2006)は2009年度以降、日本経済研究センター(2005)は2008年以降、三菱総研(2005)は2015年度以降、野村総研(2005)は2009年度以降となっており、これらの各機関では財政の維持可能性については悲観的な見通しをとっています。一方、大和総研(2005)ではターゲットとなる2014年度まで名目GDP成長率が長期金利の水準を上回る形となり、その間財政は緩やかに良化していくとの見通しです。
これらの見通しはある前提の元で計測されたシミュレーションとしての性格を有している訳ですが、内閣府(2006)、三菱総研(2005)の見通し通りに基礎的財政収支の黒字化を進めていくためには、増税・政府支出の削減等の対策をおこなった上で名目GDP成長率3%程度、実質GDP成長率2%弱、物価水準1%強という水準を維持することが求められるということが言えると思います。以上の点について私個人は懐疑的ですが、ともあれ今後5年間の動向を見る上で上記の数値は一つのベンチマークになるのかなと思います。


5.参考文献

  • 内閣府(2006)、「構造改革と経済財政の中期展望−2005年度改訂(案)」
  • 内閣府(2005)、「経済財政ワーキング・グループ報告書 −活力ある安定社会の実現に向けて−」
  • 経済産業省(2006)、「新経済成長戦略(中間とりまとめ)」
  • 経済産業省(2004)、「新産業創造戦略」
  • 日本経済研究センター(2002)、「新世紀の日本経済−新たな成長ビジョンの構築−」
  • 日本経済研究センター(2005)、「第32回日本経済中期予測 2005−2015年度 就業継続と国際分業で拓く明日 −グローバル化の中での高齢化−」
  • 三菱総合研究所(2005)、「内外経済の中長期展望 2005−2015年度 −バブル処理を終え、公的部門の建て直しへ−」
  • 野村総合研究所(2005)、「中期経済予測2006−2010「地域格差」と「所得格差」から描くデフレ後の日本および地域経済」
  • 大和総研(2005)、「人口減少の中で始動する日本経済−日本経済の今後10年」

*1:以下で挙げた以外にも多々公表されています。尚、以下取り上げた見通しは日経センターのものを除いて全てネットでダウンロード可能です。ググって頂ければ幸いです。