嶋中雄二『ゴールデン・サイクル−「いざなぎ超え」の先にあるもの』を読む

 著名なエコノミストと呼ばれる人には何らかの特徴(技)があると思う。本書の著書の嶋中雄二氏の「技」が何かと問われれば、それは「景気循環に基づく日本経済の分析」ということになるだろう。言うまでもないが嶋中氏は「嶋中雄二の月例経済報告」をはじめとする各種メディアにて独自の観点にたった経済見通しを論じ続けている。景気の転換点に関する判断の正確さ等、著者の景気に関する分析には刮目すべき点が多い。
本書は、そんな嶋中氏の最新刊であり、代表的な4つの景気循環(キッチン波、ジュグラー波、クズネッツ波、コンドラチェフ波)の動きを総合的に勘案するという複合循環の考え方を用いて日本経済の短期、中期、長期の動向を分析するという書である。
 本書の結論は、複合循環の考え方によれば日本経済は2006年に「失われた10年(15年)」を脱却して「もはやバブル後でない」、いざなぎ景気を超える経済の拡張局面に入っていくというものである。この結論の根拠になっているのは、上記4つの景気循環が全て上昇波に入るという「ゴールデン・サイクル」に今後日本経済が突入するという点だ。以上の結論が第一章に折り込まれ、以下、複合循環の考え方、個々の景気循環からみた日本経済の分析が展開されていく。
 中長期における人口減の影響を生産性向上の効果が上回るとの指摘、日本経済再生の鍵を握る4K(詳細は本書をお読み下さい)の指摘といった点を興味深く読んだが、特に興味深いのが直近の2006年度、2007年の経済展望だろう。氏は在庫循環が(景気の後退をもたらさずに)2005年度中に終了していると考えられること、投資採算の向上により2006年度以降設備投資の拡大が予想されること、引き続き輸出が好調(米国、アジア、欧州は好況維持)と見込まれるため企業利益は拡大し、雇用増・可処分所得増の形で家計にも波及すること、消費者物価指数の上昇幅が拡大する可能性が高いこと、といった理由から2006年度の実質GDP成長率は3%台になるとみている。また2007年度は海外市場の好況が2006年度中に一服すると予想されること、定率減税の廃止、日銀の利上げの可能性から2007年度上期は軽微ながら後退局面で推移するものの、2007年度下期には地価の底入れ、北京オリンピックの建設需要の本格化から景気は再び拡大基調となるとしている。
 私は以上の見通しは少し明るすぎるのではと考える。本書によれば、2006年度中の好況は日銀が「中長期的に見て物価が安定している」と政策委員がみなす水準を0%〜2%の中間値1%であるとみなした場合、2006年度中の利上げが困難だろうとの判断にたった上でのものだが、上記物価水準の扱いが不明な状況の中、7月の展望レポートの結果を見た後で日銀は早期利上げを行う可能性も十分あり得る。2006年度中に利上げがなされたとすると、2006年度中の実質GDP成長率3%台を達成することが困難となり、定率減税の廃止、将来に起こりうる可能性が高い消費税増税がさらに追い打ちをかけることになりはしないかとの懸念もある。本書が書かれた時期からすると致し方ない側面があるが昨今の円高の進行も見逃せない点だろう。
 本書では、好循環を背景に本年の「改革と展望」における2006年度〜2011年度の実質GDP成長率1.8%、名目GDP成長率2.8%(いずれも年度平均)は十分達成可能と論じているが、上記の懸念材料が生じるタイミングによっては人為的に景気の腰折れがもたらされる可能性も考えられる。ともあれ、本書は統計資料を駆使しながら分かりやすく景気を論じており、今後の日本経済がどのように推移するのかをざっと把握することが出来る良書だろう。その上で直近のリスク要因がどのように今後の景気に作用していくのかを各々考える楽しみ方もあると思った次第である。