政策目標としての潜在成長率を考える(その2)

 (その1)では、潜在成長率という概念が数値目標として表出した時に持つあいまいさについてみた訳だが、さらに考えるべき点として、「潜在成長率を高める」ということが、「実質GDP」を高めることに繋がるのかという点についてみていくことにしたい。

4.潜在GDP成長率を高めることが実質GDPを高めることに繋がるか。
 (その1)でも見たとおり潜在GDPとは供給側の視点にたったGDPということである。まず短期的な視点で考えた場合、ケインズ有効需要の考え方に即して総需要が一国全体の実質GDPを決定すると考えれば、潜在GDPを増加させるような施策を行い供給側のGDPである潜在GDPが増加したとしても、総需要が増えないことには物価は下がり、稼働率は低下し失業率は増大する。いわゆる実質GDPと潜在GDPとのギャップがマイナスとなることで、実態経済には下押し圧力が働く。

 このような議論については当然ながら反論が予想される。それは潜在GDPが増加した際にそれが投資の増加を伴うのであれば、投資の増加は需要面での実質GDPを増加させるという議論だ。つまりこの議論では、供給面の潜在GDP増加は需要面の実質GDPを増加させるということを意味している。投資とは資本ストックとして蓄積することで供給面での潜在GDPを増加させる一方で、実質GDPを構成する重要な要素であるが、では投資はなぜ増加するのだろうか。無論、投資を増加させる手段としては二つしかない。それは公共部門が投資を行うか、もしくは需要が生じるしかない訳である。今般、日本経済はいざなぎ超えを果たし好況が持続していると言われているわけだが、この好況は円安・海外市場の好況、国内では量的緩和策に伴う資金環境の改善という需要の拡大が生じたことが原因である。まさに需要の増加が投資の拡大をもたらしたのだ。以上のように考えていくと、単に潜在GDPを増大させる施策を行ったとしてもそれが実質GDPの増加に結びつくことにはならない、というのは自明だろう。 

 では長期においてはどうだろうか。経済の総需要の側面に全く配慮せず潜在GDPを増加させる政策を行うと実態経済に下押し圧力が働くが、政策担当者の意図に相違して、このことは潜在GDPを減少させてしまう。つまり潜在GDPが(その1)でみたようなある期間での平均的な生産水準を示すものであれば、短期の経済の下押し圧力は平均的な生産水準そのものを低下させ、ひいては潜在GDPを減少させてしまうことになるわけである。

 経済は需要と供給が相互に影響しあうことで成立する世界である。無論、潜在GDPを高めていく政策を行うことは、人口・特に労働力が減少に転じる我が国にあっては長期的に必要な施策であることは明白である。但し、その場合には需要を喚起する政策も併せて行わないと、潜在GDPを高めていくことを目標としたにも関わらず、潜在GDPの水準は低下するという悪循環に陥ることとなる、という点を肝に銘じるべきではないだろうか。

 現在展開されている議論は、潜在GDP上昇=実質GDP上昇と短絡的に考えているように見受けられる。無論、需要喚起策として有効なのは、古典的な財政出動ではなく金融政策としてのインフレターゲットの導入、および政府と日銀との適切なアコードである。この点に踏み込んだ形での議論が必要だろう。百歩譲ったとしても、潜在GDPを増加させれば本当に実質GDPが増加するのだろうかという点を政策論争の場できちんと議論してもらいたいところである。