齋藤誠『成長信仰の桎梏 消費重視のマクロ経済学』を読む。(その1)

 本書のはしがきにもあるとおり、マクロ経済政策をエッセー風に論考する著作としては『経済政策とマクロ経済学』、『先を見よ 今を生きよ 市場と政策の経済学』に引き続いて三作目*1となる齋藤先生の著作である。本書の第一章ではこれまで得たマクロ経済学の知識を一旦忘れた上で本書を読み、その上で(これまで得た知識を思い出せば)頭の中で生じる化学反応を楽しむこともできるとの記載がある。そこで、本書の内容を紹介しつつ、いくつかの議論に関して私の頭の中で生じた化学反応*2を紹介してみることにしたい。

1.GDPは政策目標たりえるか
 さて、本書で展開されている大きなテーマのうちの一つは、第2章で展開されている「GDPは政策目標であろうか」という問い、その結果として論じられている消費重視、経済厚生重視の視点だろう。新古典派的な方法論的個人主義に立てば、経済厚生は消費者の効用、つまり消費が源泉となる。現在の景気状況をみても「いざなぎ超え」を果たしたにも関わらず、景気拡大の実感が伴わないのは企業から家計に十分な富の配分がなされていないからだという考え方もあり得るだろう。

 まず著者の議論を再述してみよう。著者は新古典派の最適成長モデルであるラムゼイモデルに即して議論を行っている。ラムゼイモデルは本書の記述に即して言えば当該年次に生産されたGDPが消費と設備投資に配分されるという制約条件の下で、無限期にわたる消費から得られる効用の現在価値を最大化するという形で消費、設備投資が決定されるというものである。著者は消費こそが経済厚生の尺度であるという視点から消費と設備投資の和として定義されるGDPが「消費の現在から将来にわたる価値」の合計値として記述される条件を求め、それが理想的な長期均衡状態、すなわち設備投資の生産性と消費の時間選好率が一致する状態でしか成立しないと論じる。長期均衡状態では望ましい資源配分が達成されている状態であるため、マクロ経済政策が民間経済の資源配分に介入する余地は全くない。

 以上の議論を纏めると、「GDPを政策目標と出来るのは、長期均衡状態のみであり、それは本質的にはマクロ経済政策が介入する余地が存在しない状況であるため、そもそもGDPを政策目標とすることはできない」ということとなる。
 私がこの議論で疑問に感じるのは、本書で定義されているGDPが何なのかという点である。設備投資は将来の生産に寄与するわけであるが、本書を読むと、長期均衡状態の導出にあたっては設備投資によって将来得られるであろう生産物はそのまま将来消費されるという仮定が置かれていることがわかる。これは「供給側で決定される生産がそのまま消費される」というセーの法則を具現化したものに他ならない。とすると、本書におけるGDPは生産要素を投入することで得られるGDP、つまり供給側から決定されるGDP=潜在GDPGDPが等しいものとして扱われているのではないだろうか。
 以上の議論をもとにすれば、本書の議論はGDPを潜在GDPと書き換えることで、「潜在GDPを政策目標と出来るのは、長期均衡状態のみであり、それは本質的にはマクロ経済政策が介入する余地が存在しない状況であるため、そもそも潜在GDPを政策目標とすることはできない」となる。長期均衡状態が需要と供給が一致する均衡状態であると解釈すれば、潜在GDPと記載したほうが理解しやすく、本書で展開されている論点は別段新しい視点ではないといえるのではないだろうか。余談ながら本書の二章で展開されている生産性に関する議論もGDPを潜在GDPと読み替えることですっきりと理解できるのではないだろうか。
 さて本書で投げかけられている問いに立ち戻ってみることにしよう。「GDPは政策目標足りえるのか」との問いに対しては、著者が対象としているGDPが潜在GDPであるため、当然ながらYESということになる。長期均衡状態において満たされるであろう潜在GDPGDPとの間に短期的に乖離があればGDPを潜在GDPの水準に近づけることが求められる訳であるし、その手段となっているマクロ経済政策が無効ということでは決してない。さらに言えば、経済が恒常成長経路の上にある保証がないからこそ、いかにして潜在GDPGDPの乖離を少なくしていくかが重要であり、そのための政策を考えていくためには短期的にGDPの水準に注意を払っていく必要があるのではないだろうか。*3
 尚、本書の中で強調されている消費重視、経済厚生に基づいて政策を判断するという視点は消費を内需として置き換えてみれば至極真っ当なものだと思う。2002年以降の景気回復局面を見ても消費をはじめとする内需の盛り上がりが欠けていることが「実感を伴わない景気回復」の理由だろう。内需の上昇と結びついた形での確固たる経済成長が求められるところである。

※一部追記・修正しました。ご了承下さい。

*1:単独の著作としては二作目

*2:暴発かもしれませんが・・。

*3:潜在GDPを政策目標とすることの問題点についてはエントリ「政策目標としての潜在GDPを考える」(その1)、(その2)をご覧下さい。