「日本経済の進路と戦略(仮称)」を読む。

 先週木曜日(18日)に「日本経済の進路と戦略(仮称)」が発表された。これまでの「改革と展望」の役割を担うという位置づけである。以下、簡単に内容をみていくとともに、参考試算についてコメントしてみたい。

1.「進路と戦略」の内容に関して 
 「進路と戦略」では、日本経済が直面する中長期的な課題として、?人口減少等による成長制約、?地域間の不均衡と格差固定化の懸念、?極めて厳しい財政状況、の3つを掲げている。?は人口減少に伴い潜在成長率に対する労働の寄与が減少することが懸念されるため、生産性の向上が必要であること、?は景気回復局面での「負の遺産」たる格差の存在、それを固定化させないためには何をすべきかということ、?は主要先進国の中でも厳しい財政状況、を指している訳だ。一方で、経済成長に対して新たな可能性があることも指摘されている。それが、イノベーションをもたらす成長の可能性、アジアの成長力、新たな消費市場の可能性というものである。
 ではどのような社会を目指すのかという点については、成長力の強化、再チャレンジ可能な社会、健全で安心できる社会、21世紀にふさわしい行財政システムの4つが掲げられている。成長力の強化は円滑な経済政策運営の核となる経済成長をまず担保すべきという趣旨と読んだ。2006年度は達成が危ぶまれるが、実質ベースで2%程度の成長は必要不可欠だろうし、中長期的な視点としては、生産性を高めるための環境づくりを政府は行うべきであり、その意味では真っ当な考え方だろう。再チャレンジ可能な社会については、2010年までにフリーターをピーク時の8割まで削減することが謳われている。労働市場については短期の景気動向・経済政策とセットで扱われる側面もあり経済政策の適切な切り分けが重要である。健全で安心できる社会については、まず政府が行うべきことは社会保障制度をいかにするかという視点だろう。「進路と戦略」でもいくつか方策が挙げられているが、適切な政策判断にはまずもって詳細な情報の公開が必要だと感じた。教育に関しては、一つの統一的な価値観の共有と個人の個性を育むことをいかにバランスよく行うかが重要だろう。環境については、経済成長と環境政策とは本来相容れない側面を持つ。環境維持と両立した経済成長とはどのようなものがあるのか、については今後議論すべき点である。最後に行財政システムについては、行政機構のあり方、予算制度、税制、地方分権について記載がある。行政機構(政府の規模)については社会保険料金利負担の増大に伴って増加傾向にあることが見込まれるが、金額面のみならず政府が生み出しているサービスの多寡を見極めた上での政府の適切な規模を議論する必要があるだろう。
 具体的な方策については、以上の中長期的な課題と目指すべき方向から自然に導かれる側面もあるが、潜在成長力を高めるための方策として、適切なマクロ経済運営についての記載があることは評価できるだろう。特に金融政策については、「日本銀行が、政府とマクロ経済運営に関する基本的視点を共有し、「進路と戦略」で示す経済の展望と整合的なものとなるよう、適時適切な金融政策を行うことを期待する」という記述がある。「進路と戦略」では物価について消費者物価指数の上昇率を5年間のうちに2%程度に近づいていくと見込んでおり、日銀が言う先々の経済動向を見越した(フォワードルッキングな)金融政策が以上の消費者物価指数の伸びと整合的になることを期待したい。当然ながら現下の経済状況では安易な利上げなどもってのほかと言うべきだろう。
 以上の点以外にも多くの具体的な方策について記述があるが、一つ気になった点は、優先的に行う政策が何であるかという視点である。環境と経済というように、一つの政策を推し進めることが一方の政策目標の障害になる場合もあり得る。今後具体的な工程について議論がされるところだと思われるが、効果の発現を考慮に入れた上での順序だてた政策の計画、ということが必要になるのではないだろうか。

2.参考試算値について
 マクロ経済の試算にあたっては、「進路と戦略」に沿った形で政策が実行された場合の経済の姿(移行シナリオ)と政策効果が十分に発現されない場合(制約シナリオ)の2つに沿って試算が行われている。また歳出・歳入一体改革については14.3兆円の歳出削減を行った場合、11.4兆円の歳出削減を行った場合の2つについて試算されている。移行シナリオ、制約シナリオはどちらかが実際に達成されるとみるのではなく、まずは両者の中間程度に入るのではと考えるほうが自然かもしれない。移行シナリオにおける実質および名目ベースの経済成長率の推移をみると、景気拡大局面となった2002年以降から直近の2006年時点までの推移よりも高い成長率が予想されており、プライマリバランスの黒字化を達成するためには実質ベースで2%半ば、名目ベースで3%台の経済成長を達成するというのは現状の経済状況や政府と日銀との関係を考慮するとかなり大きな目標だと思う。この結果からは財政再建の難しさが浮き彫りになった形とみることが出来るだろう。シミュレーションでは消費税増税の効果は考慮されていないが、議論としてはどの程度の実態経済への影響がありうるのかという点も合わせて興味深いところである。

(追記)進路と戦略の試算においては、各種政策に伴う生産性への影響が鍵となるが、試算ではTFPは外生的与件として与えられ、グローバル改革、規制改革、労働市場改革、企業のIT化・利活用の促進により2005年度の0.9%程度から2011年度に1.5%程度まで徐々に上昇すると仮定されている(移行シナリオ)。潜在成長率の推計結果をみると2006年度は1.6%、2011年度は2.4%であり、TFPの伸びが大きく影響していることは明白である。以上の意味でも試算においてTFPの伸びは大きな影響を及ぼしており、試算で想定されている生産性上昇効果が実際に発現するかどうかが鍵となるだろう。