Chinn教授の米国為替レートと経常収支動向に関する論説

 グローバル貯蓄過剰がどのような形で収束していくのかは非常に興味ある題材であり、それは我が国経済の動向を把握する上でも重要であるのは言を待たない。この点について、Manzie Chinn教授の論説を紹介してみたい。

1.ドルは減価傾向?
http://www.econbrowser.com/archives/2007/04/a_new_era_for_t.htmlから。

 直近のドルの動きを見ていくと、ドルが下落局面に入ったとも見て取れる。上記リンク中の図表は2006年以降についての値だが、循環的な変動を繰り返しつつ推移してきたことが見て取れる。直近の動きは80のラインを割り込んで減少しているが、この傾向が続けばドル高という状況から新しい局面に移行するのでは?ということだ。
 ドイツ銀行のレポートによれば、米国の経済成長率は近年日本及びEUのそれに収束しつつあることが論じられている。1990年代の米国経済成長率は3.5%程度であるのに対して、直近は2.75%程度とみることが出来る。一方で欧州及び日本の経済成長率は2%程度であるとすれば、米国と欧州・日本の経済成長率格差は縮小傾向にある。
 各国の高齢化の度合いを考慮すると、中長期的には米国は消費から貯蓄へ、その他各国は貯蓄から消費へという形で現状のグローバル貯蓄過剰の調整がなされていくと考えられる*1。米国経済成長が旺盛な消費を基点としており、資本蓄積が十分な水準に達していないとすれば中長期的な経済成長は期待できない。無論、生産性を押し上げる新たな技術革新や第二の中国が現れる可能性もあるが、米国とその他先進国との成長率が収束していくということになればグローバル貯蓄過剰状態の解消(及びドルの減価)は以外と早いのかもしれない。

2.米国経常収支赤字に関する疑問
http://www.econbrowser.com/archives/2007/04/two_questions_i.html から。

 米国経常収支赤字がどのようにファイナンスされているかをみると、2000年以降は対内直接投資受入れや株式投資ではなく債券投資(諸外国による債券購入)によりファイナンスされる比重が高まっており、これは米国経常収支赤字の増加とリンクしている。
 Chinn教授の疑問の一つ目は、「米国が他国と比較して力強い経済成長を達成しているのならば、なぜ米国への投資がFDIや株式投資ではなく、債券への投資が進むのだろうか?」という点である。この点は1.の視点とも関わるが、リンク先の図表(Fig1.13)を見ると、アジア通貨危機当時の97年、98年には債券投資の割合が高いが、99年、2000年になると債券投資は高まっているものの、対内直接投資の受入れや株式投資の額が大きくなっている。2001年以降は債券投資額が堅調に増加を続ける一方で対内直接投資、株式投資額は増加していない。
 更にリンク先の図表(Fig1.14)をみると、近年の債券投資の増加は、おもに社債への投資が大きく影響していることがわかる。更にChinn教授は「債券投資の受入れが進む場合、経常収支赤字の調整を軽微なものにするにはどうすればよいのか?」という疑問を提示する。この点についてはWarnock and Freund(2006)の研究が引用されているが、それによれば「多額の債券投資の受入れに起因する経常収支赤字の調整は短期金利の上昇、債券価格の下落を伴って調整がなされる」となる。IMFのレポート(Global Financial Stability Report)では債券投資に対する金利の感応度が上昇していることが指摘されているが、以上の状況を考慮すれば、米国経常収支赤字の調整は実物市場(GDP・為替レート)にはそれほど影響を与えないものの資産市場に大きな影響を与える可能性がある。

*1:この点は田中先生のエントリhttp://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20070423#p3をあわせてご参照ください。