成長促進的な租税政策とは?

 今年の2月に米国経済白書(Economic Report of the President)が公表された*1。米国経済白書の分析で個人的に印象的な分析は、第三章の成長促進的な租税政策(Pro-Growth Tax Policy)である。以下、該当箇所を纏めつつ、感想を書いてみることにしたい。

1.成長促進的な租税政策
 「成長促進的な租税政策」とは資本所得への減税を意味している。それは投資の効率的水準を促進する鍵となる政策である。そして経済成長を阻害する税制の歪みを是正することを目標としてなされる。
 経済成長を阻害する税制の歪みとは、適切な課税基盤の選択と税率の選択を伴う。課税基盤の選択とは、a)所得額に課税するか、b)消費額に課税するか、という選択である。白書では、a)所得額への課税は、人々の消費・貯蓄(=投資)の選択行動に影響を及ぼすが、b)消費に対する課税は、貯蓄と投資の決定の妨げにならない「中立かつ効率的」な課税であると述べている。税率の選択とは、法定税率(表面税率)か実効税率かという視点であり、経済への影響という意味では実効税率を問題にすべきことは言うまでもない。

2.投資への課税がもたらす歪み(税のくさび)と01年以降の税制改正
 投資に対する税の適用は、投資の税引前収益と税引後収益との間に格差を生じさせる。この格差が「税のくさび」と呼ばれるものだが、この「税のくさび」が大きくなると、税引後収益が投資の機会コストを下回る可能性が高まるため、企業は投資計画を減少させる、すなわち投資の停滞をもたらすことになる。「税のくさび」によりもたらされる非効率の主な原因は投資の償却年次の違い、そして法人利潤への二重課税の二点である。

(1)投資の償却年次の違い(Depreciation Schedule)*2
 償却年次の違いは、各企業が保有する資産構成の違い、各資産の耐用年数の違い、資金の調達源の違いを通じて、投資の取り扱いに歪みを生じさせる。具体的には、まず、多年度にわたり資本取得コストを控除することは、購入年度にコストを全額控除する場合と比較して税控除の現在価値(メリット)を引き下げてしまうという点がある。これは、納税コストと投資の実質コストを上昇させるため、投資規模は停滞する。もう一つ指摘可能な点として、償却年次の違いは、経済の様々な産業における投資の配分を歪める効果をもたらすという点である。つまり、償却年次の違いにより産業毎に限界実効税率に差が生じる。各産業における経済的償却と税制に基づく償却とが一致しない場合、税制は投資の決定を歪めてしまう。さらに、経済的償却と税制に基づく償却とが一致していても、産業間では限界実効税率に差があるため、税のくさびが存在していることになる。

(2)法人利潤への二重課税
 法人利潤への二重課税も投資決定に際して重大な影響をもたらす。法人利潤への課税は、純法人収入に対する課税と、株式の所有により受け取る利益*3に対する課税の合計値である。法人所得は株主に配当として配分されるため、法人利潤への二重課税により法人所得はほぼ没収の水準に近いといえるだろう。

(3)01年以降の税制改正インパク
 01年以来、数多くの成長促進税制イニシアティブが提案され、法案が成立した。成立したイニシアティブには、a)配当とキャピタルゲインの税率を低下させ、法人利潤への二重課税を緩和させることを目的とした規定*4、b)一時的な加速度償却、c)高額教育費の控除拡大、d)投資促進を目的とした幾つかの規定*5が含まれる。これらにより、投資決定に対する課税の影響が削減された。

3.より成長促進的な税制に近づくための方策
 多くのエコノミストの一致する見解では、消費への課税規模を拡大していくことが、経済にとって利益となる。
 改革が行われず、消費に対する課税にシフトしていくことがない場合、二つの代替措置があり得る。一つは投資家が投資を行った年度に投資コスト全額を控除できるようにするか、かなりの額を控除できるようにするというものである。もう一つの方法は、法人利潤、キャピタルゲインと配当、及びそれら合計の税率を引き下げるか撤廃することで投資所得の法定税率を引き下げることである。これらは投資収益から支払われる税金を減らすことで「税のくさび」を削減し、投資を促進する効果をもたらす。

(1)投資の費用化
投資家が課税所得から投資コストを全額控除することが可能になることを、「投資の全額費用化」と呼ぶ。他に課税されなければ、全額費用化は投資決定に課税が影響を与えることを完全に排除する。これは、a)全資産が同じ実効税率(=0)となるため、課税は投資に影響を及ぼさず、b)全額費用化により、投資収益の税引前の比率と税引後の比率には格差がないためである。
投資の費用化は、4つの利点がある。一つ目は税のくさびが削減されるため、経済全体として資本がより効率的に配分される。二つ目に、全額費用化は、キャピタルゲインと配当に関する課税の廃止とともに実施されれば、新株発行による資金調達の場合の租税要因の影響を完全に取り除く。三つ目に、全額費用化は負債で資金調達される投資のインセンティブを減らすので新規投資の資金調達に影響する歪みを減らす、四つ目として、全額費用化は税制を大幅に簡素化するため、完全消費税への移行の重要な一歩となる。
投資の全額費用化を採用する際に解決すべき二つの重要な問題がある。一つ目は「移行に伴うコスト」である。これは移行に伴って既存の資本をどのように取り扱うかということである。二つ目の問題は、全額費用化もしくは一部費用化の下での利払いの取り扱いである。

(2)法人税率の引下げ
投資の費用化に代わるものとして、投資所得の法人税率の引下げがある。しかし、法人税率の引下げは、税率がゼロまで削減されない限り、投資決定に影響する歪みを完全に取り除くことにはならない。法人税率の引下げ、個人税率の引下げ、キャピタルゲイン及び配当税率の引下げ、これらの組み合わせ・・といった代替措置すべてが税の歪みを是正する効果を持つが、その経済効果は、税率がどの程度引き下がるのかに依存する。
成長促進租税政策に関する最大の誤解の一つは、法定法人税率の引下げは、法人だけの利益になるというものである。この見解の問題点は、法人は単なる法的実態に過ぎないという点であり、法人資本の所有者及び利用者の役割を担う点で、法人税率の引下げから利益を得るのは家計に他ならない。法人税率の引下げは、資本ストックを通じて労働をより生産的にすること(=賃金上昇)である。つまり、法人税率の引下げは賃金上昇を通じて労働の利益となり、税引後収益増加を通じて資本所有者の利益となる。

(3)成長促進政策の違いによる効果の比較
成長促進租税政策の主要な目的は、新規投資の刺激にある。新規投資は、資本ストックの増加、生産性増加、賃金上昇、経済成長を導く。投資の全額費用化は、以上の目的を達成する上で、税率の引下げよりも効果的である。
投資の全額費用化は税率の引下げよりも効果が大きいが、その理由は、a)税率引下げが新規投資決定に対する課税の影響を減らしはするが、なくすことはできないこと、b)税率の引下げによるメリットは既存の資本の減税から得られること、にある。投資の全額費用化に際しては、既存の資本が負担する移行コストが問題となる。この移行コストは長期で実質GDPの1%から6%の規模と見積もられる。そのため、既存の資本の所有者に対する移行減税措置は、さらなる成長促進税制の採用による効率性の増加全体を損なう可能性もあり得る。

4.感想
 以上、米国経済白書における議論を纏めてみたが、経済学的知見に即して言えば、米国経済白書における主張は明確であり、正当な主張である。特に、法人税への二重課税の指摘、成長を促進するための税制とは資本所得に対する減税を行うことであり、投資にかかるコストを全額控除することを求める主張、さらに「法人税の引下げは法人のみの利益になる」という誤解についての批判、といった点は我が国の税制を考える上においても興味深い。
法人税の引下げは法人のみの利益に繋がる」という主張は法人税の転嫁と帰着に関する論点に結びつく。転嫁と帰着の考え方に即して言えば、法人税減税を行った場合の効果がどの程度個人に還元されるのかという視点にも繋がる。これは現在の企業の利益処分の形態や投資行動が過去観察された状況と明確に異なるのか否かといった論点や、企業側から見た場合の法人税がどの程度利益圧迫要因となっているのか、そしてどの程度健全な事業活動を歪めているのかいった論点にも結びつくだろう。
法人税は二重課税」という意識が我が国において根付いていないのは、配当を受ける個人の比重が低く、さらに企業側として配当率を高めるという形で個人に利益を還元するのではなく賃金を上げるという形で利益還元がなされていたという側面もあると思う。税制の改正にあたっては改正によって誰が得するのか損をするのかといった視点ではなく、何を目的にして税制を構築していくのかという視点が必要であり、その過程で基本的な思想については分かり易い説明を通じて国民に理解を求めていくことも必要だろう*6

*1:http://www.whitehouse.gov/cea/pubs.html 和訳はエコノミスト臨時増刊号に掲載されている。他の章を含め詳細は白書をご参照ください。

*2:エコノミスト臨時増刊号では、償却規則と訳されているが、こちらの方がイメージに合うのではないでしょうか。

*3:キャピタルゲイン及び配当

*4:2003年雇用・成長税緩和調整法(JGTRRA)。キャピタルゲインと配当の減税が恒久的ではなく、08年末に失効する予定であったが、「2005年増税阻止・調整法(TIPRA)」により10年末まで延長された。

*5:研究開発投資促進を目的とした税額控除、中小企業の有形資産取得コストの全額控除拡大、等々

*6:07年度税制改正及び我が国の税制についてのコンパクトなまとめ&データブックとしては、鈴木英夫『元気で豊かな日本をつくる税制改革』(経済産業調査会)がお勧めです。