貿易歪曲効果に関する先行研究

※数年前に某所で資料として作成したもの。ほぼ1日で作成したので苦し紛れですが・・。ご参考まで。

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 貿易歪曲効果とは、各国が行っている差別的な措置に伴い各国間の貿易が歪められてしまう効果を指している。以下では、特恵の浸食(preference erosion)に重点を置きつつ、既存の先行研究をサーベイすることにしたい。
 特恵の浸食(preference erosion)とは、特恵関税率と通常適用される関税率の差として把握されるマージン分が、多国間の貿易自由化に伴い減少してしまうことを指している。特恵の浸食(preference erosion)に関する分析手法は、a)貿易データに基づき浸食の程度を把握するもの、b)CGEモデルに基づき分析を行うもの、の2つに大別される。以下、それぞれの代表的な分析について取り纏めることとする。

1.貿易データに基づく分析

・貿易データに基づく分析では、ある国の貿易データをGSPに基づく輸入額等に分けて輸入相手国別に収集した上で、カバレッジ、utilization index、utility indexの3つを計測することで特恵貿易に伴う侵食といった現象が生じているのか、特恵国間との貿易が貿易協定の前後でどのように変わったかを分析している。
・近年の分析結果をみると、特恵に伴い輸出国はメリットを得ているとの分析結果が報告されている。また、様々な貿易協定が締結されていることから個々の特恵のインパクトは期待されるよりも大きくないことや、特恵に伴う輸出へのインパクトは一時産品が大きいことが指摘されている。

(1)Inama(2004)
 Inama(2004)では、カナダ、米国、日本、EUの各国について、preference erosionの程度がどの程度であるのかを、a)財のカバレッジ(関税が適用される財/GSP対象財)、b)utilization index(GSPの恩恵を被る財/GSP対象財)、c)utility index(GSPの恩恵を被る財/関税が適用される財)の3つの指標を作成することで特恵貿易の総輸入に占める程度を分析している。
 さらに、米国につき、The African Growth and Opportunity Act(AGOA)に伴う特恵関税が米国の財にどのようなインパクトを与えたのかをHS2桁ベースで整理し、分析を行っている。

(2)Candau et al(2004)
Candau et al(2004)は、EUの特恵貿易のケースについて、貿易データに基づいて上記(1)のカバレッジ、utilization index、utility indexを計算している。彼らはEUで輸入相手国別になされている特恵制度は個別にみると予期される効果をもたらしていないとしている。その理由として、輸出国は数多くの特恵制度にアクセスしていることが指摘されている。
 一方で、個別の特恵制度の効果は小さいが、それらが同時に適用されることで効果が増幅されることも指摘されている。Bureau and Gallezot(2004)は農産品および食料品に着目し、米国およびEUにおける特恵制度がどの程度活用されているかを分析している。彼らは個々の特恵制度の活用度(utility index)は高くないものの、様々なスキームが一緒に用いられた場合、活用度(utility index)はEUで89%、米国で88%となるとしている。また、特定の貿易相手国では、活用度が非常に高い一方で、貿易額は少ないという状況になっていると指摘している。

(3)Mattoo et al(2002)
Mattoo et al(2002)は、The African Growth and Opportunity Act(AGOA)により認められたアフリカからの米国への輸出に関する特恵関税制度について分析を行っている。彼らは衣服産業について、厳格な原産地規則が適用された場合の正の効果を考察している。分析の結果、米国のGSP全体に占めるサハラアフリカ地域の輸出の割合は2000年において17%を占めているが、AGOAの施行に伴ってアフリカの対米輸出額は8%〜11%拡大し、その恩恵を受けた産業は靴、時計、農産物であるとしている。

(4)Stevens and Kennan(2000)
Stevens and Kennan(2000)では、ACP諸国(African, Caribbean and Pacific countries)に関する特恵制度であるCotonou Partnership Agreementについて分析を行っている。分析の結果、ACP諸国と非ACP諸国の直接的な競争は限定的であること、30カ国の国々がACP諸国と競合関係にあるものの、そのうちの13カ国がACP諸国に対する特恵よりも不利なGSPを適用しており、Cotonou Partnership Agreement により得られる効果は大きくないとしている。

(5)Brenton and Ikezuki(2004)
 Brenton and Ikezuki(2004)では、AGOAに伴うメリットを衣料品とその他に分けて分析しているが、衣料品を対象外とした場合の効果は大きくないとしている。また米国とEUの場合に分けて比較分析を行っている。彼らは特恵に相当する財について米国への輸出シェアとEUへの輸出シェアとを比較しているが、両国のマーケットアクセスの条件が異なるため、両者への輸出シェアには明確な相関は観察できないと結論している。

(6)Ozden and Sharma(2004)
 CBI(Caribbean Basin Initiative)およびCBTPA(Caribbean Basin Trade Partnership Act)が米国経済に与える影響について分析している。1989年から2002年のデータに基づくと、特恵に伴うマージンは13%であると計算されており、8.5%程度相対価格が上昇した。彼らは輸出額が大で高価値の製品であるほど、特恵制度に伴う恩恵を享受することが出来るとしている。さらに、カリブ地域の生産者がCBIおよびCBTPAにより得る便益は2005年における繊維・衣料の数量制限が撤廃されたことで大きく減少したと述べている。

2.CGEモデル(部分均衡モデル)に基づく分析

・CGEモデルおよび部分均衡モデルに基づく分析は、現状設定されている関税率を特定の貿易相手国について撤廃した際の影響(貿易転換効果)を分析するという形でなされている。CGEモデルの分析の利点は現状の貿易状況の下で仮想的なパターンについてシミュレーションが出来るという点である。
・結果をみると、途上国にとっての特恵のメリットはあるものの、それは貿易相手国により異なることがわかる。また財別に見た場合、メリットが大きいものは食品、農産品といった一次産品であること、国別に見た場合、価格調整が働きにくい国では特恵の侵食の影響を受けやすいことがわかる。

(1)Ianchovichina et al (2001) 
 Ianchovichina et al (2001)は、南サハラ地域からの輸入財に対する日本の関税が撤廃された(他国と比較して特恵的な扱いを得た)場合の効果をCGEモデルに基づいて分析している。計測の結果、南サハラ地域の実質所得は1%程度上昇する。またこの所得上昇の多くは日本もしくはEU市場からのアクセスが増大したことによるものである。
 Ianchovichina et al (2001)は2番目のシナリオとして日本、米国、カナダ、EUが南サハラ地域に対して課している関税および数量制限が撤廃された場合の効果を分析している。この場合、南サハラ地域の経済厚生は日本のみのケースと比較して30%減少する。この理由として、Ianchovichina et al (2001)は南サハラ地域の輸出が日本市場と比較して価格が安価な市場に向けられるためとしている。

(2)Hoekman et al(2001)
Hoekman et al(2001)は、日本が全ての途上国に対する関税を撤廃した場合、途上国の日本向け輸出は20%増加すると計測している。最も(途上国にとって)メリットが大きい産業は靴および食品、農産品(特に砂糖、小麦、肉、小麦)としている。ただし小麦の場合、途上国の輸出額はこれらの諸国が独立した小麦の輸出国ではないため制約があることを示している。

(3)Alexandraki and Lankes(2004)
Alexandraki and Lankes(2004)は、特恵の侵食によって生じる輸出減少に影響される発展途上国を想定した上で、財別に途上国と相手国(日本、米国、カナダ、EU)の特恵に伴うマージンを把握する部分均衡モデルに基づくシミュレーションを行っている。
 シミュレーションの結果、彼らは途上国のグループの中で特恵の侵食に影響される国は、砂糖およびバナナの輸出(特にこれらの財をEUもしくは米国に販売している場合)を多く行っている国であること、そして多くの場合、特恵の侵食に影響されやすい国は価格変化に伴う調整を行うことが困難であること、が特徴であるとしている。

3.原産地規則

・原産地規則は生産物に含まれる原産国、原産割合を特定することで原産国の生産性を向上させる効果をもたらす。一方で原産地規則を厳格に適用することが差別的貿易により見込まれる効果を阻害するという効果ももたらすことが指摘されている。

(1)Mattoo et al(2002)
Mattoo et al(2002)は原産地規則は差別的貿易により達成される輸出増加を抑制する働きをもたらす一方で、原産地規則が遵守されない場合、アフリカは輸出中継拠点となってしまうため、差別的貿易に一定の効果をもたらすと指摘している。彼らはAGOAの適用により衣服の輸出は27%増加したが、財によっては原産地規則の適用により多くの付加価値が必要となるため、全体としてはAGOAは期待された効果を下回っていると論じている。

(2)Stevens and Kennan(2004)
Stevens and Kennan(2004)は、原産地規則の観点からAGOAとACPの比較を行っている。5カ国についてのケーススタディに基づくと、2002年における南アフリカから米国への衣服輸出の50%以上は自国へのメリットとなっておらず、南アフリカの各国は衣服生産にあたって必要な原材料を第三国から得ているとしている。AGOAの原産地規則は比較的自由であるために南アフリカの産業の深化や垂直統合をもたらさなかった一方で、他財では緩やかな原産地規則が輸出を促進したとの指摘がなされている。

(3)Candau et al(2004)
Candau et al(2004)はEUにおける差別的貿易の度合いは特恵のマージンが小であるときには少なくなることを見出した。特恵のマージンはそれを遵守するコストが大である場合には小さくなるため、厳格な原産地規則の適用は差別的貿易を阻害する効果をもたらす。

(4)Carrere and de Melo(2004)
Carrere and de Melo(2004)はNAFTA下における原産地規則のコストを分析している。分析によると、特恵に伴う10%のマージンが原産地規則遵守のコストに相当すると推定しており、原産地規則はメキシコにとっての特恵的な市場アクセスの便益を減少させる効果をもたらすとしている。

参考文献(記載順)

  • Inama, S (2004), “Trade Preference for LDCs: A quantitative analysis of their utilization and suggestion to improve it”, Journal of World Trade.
  • Candau et al(2004), Assessment of utilization and motives for under-utilization pf preference in selected least developed countries, OECD,Paris.
  • Mattoo et al(2002),”The Africa Growth and Opportunity Act and Its Rules of Origin: Generosity Undermined?”, IMF Working Paper WP/02/158.
  • Stevens and Kennan(2000), ”Post-Lome Compatible Trading Agreements”, Institute of Developing Studies.
  • Brenton and Ikezuki(2004), “The Initial and Potential Impact of Preferential Access to the U.S Market under the African Growth and Opportunity Act”, World Bank Policy Research Working Paper 3262.
  • Ozden and Sharma(2004), “Price Effects of Preferential Market Access: The Caribbean Basin Initiative and the Apparel Sector”, World Bank Working Paper no.3244.
  • Ianchovichina et al (2001), “Unrestricted Market Access for Sub-Saharan Africa”, Policy Research Working Paper 2595.
  • Hoekman et al(2001), “Eliminating Excessive Tariffs on Exports of Least Developed Countries”, World Bank Policy Research Working Paper 2604.
  • Alexandraki and Lankes(2004), “Estimating the impact of preference erosion on Middle-Income countries”, IMF Working Paper, July.
  • Carrere and de Melo(2004), “Are different rules of origin equally costly? Estimates from NAFTA”, Discussion paper series, Centre for Economic Policy Research, 4437.