世界的な対外不均衡の拡大、資源価格高騰と我が国のデフレ(その1)

 

サブプライムローン問題の深刻化に伴い、米国経済は現在、景気後退の様相を呈しているとの声が聞かれるようになった。周知のとおりIMFOECDといった機関においてもこれまでの成長率を下方修正する動きが進んでおり、世界経済の成長は少なくとも一旦は減速するとの観測が大勢を占めているところである。我が国に目を転じれば、02年以降続いている景気回復局面において経済成長は対外要因への依存度合いを強めている。米国経済の後退が明確化するに従って、これまで「Great Moderation」と呼ばれた自己実現的な世界経済の成長を約束した状態は剥落し、景気後退のマグニチュードによってはグローバルな貿易の高まりも相まって我が国を含む世界経済全体に広く影響が伝播する可能性もありえるのだろう。さらに近年懸念されている材料としては資源価格の高騰が取りざたされており、一部では景気後退と物価上昇が並存するスタグフレーションが生じるのではとの議論もなされている。以下で取り上げたいのは、このような要素と我が国のデフレはどのような関係にあるのか、という点である。
 本題に入る前にまず確認しておきたい点は、「Great Moderation」を成立させた世界的な対外不均衡の拡大、資源価格高騰、我が国のデフレといった状況は同時期に生じたのではなく、各々特有の要因に基づき個別に生じた上でそれらの状況が相互に関連しつつ、かつ固有の変化が増幅・縮小した形で現在の我々の眼前に生起しているという点である。
 例として資源価格高騰と我が国のデフレの関係をみよう。以下の図は、IMF, WEOから商品価格として原油価格(WTI,Brent,Dubaiの現物価格の平均値)、食料・飲料品価格、金属価格を95年を100として指数化したもの、総務省「消費者物価統計」から我が国のコアCPI(対前年比)をみたものである。

 原油価格は98年から00年にかけて上昇した後、01年から02年にかけて一服し、03年以降上昇している。金属価格は、95年から02年にかけて緩やかに減少しつつ推移していたが、03年以降上昇している。ちなみに食料・飲料品価格の動向*1原油及び金属価格と比較すると上昇幅は軽微である。取りざたされている資源価格の高騰という意味では、03年以降に原油・金属価格の高騰を中心に価格が上向いているということが言えるだろう。
我が国のデフレは、国内で生産され消費される財の物価を示すGDPデフレータで見ると98年以降、消費税に伴う価格上昇分を考慮しなければ97年から現在まで続いている。図は我が国の消費財(輸入品含む)コアCPIの伸びを見ているが、97年以降に伸び率は低下し、99年以降マイナスからゼロ%の水準で推移しているというわけである。もっとも我が国はバブル崩壊に伴って90年以降「失われた十数年」と呼ばれる長期停滞に陥っており、97年以降のデフレの進展は「失われた十数年」がもたらした重要な側面として捉えるべきものだろう。
 以下では、我が国を取り巻く対外環境として世界的な対外不均衡の拡大、資源価格の高騰といった現象を取り上げつつ、「失われた十数年」を経て景気回復局面に入った我が国においてなお残存するデフレといった現象にスポットを当てて論じたいと思う。議論にあたっては、これらの現象が生じた原因・状況を自分の理解の範囲内で追いながら、現在、我々の眼前に提示されている事態を整理しつつ、(出来れば)サブプライムローン問題が収束した先に見えると現時点で考えられる状況について私見を交えつつ論じてみることにしたい。

1.世界的な対外不均衡の拡大
(1)経済のグローバル化の進展

 世界的な対外不均衡(グローバル貯蓄過剰)はなぜ生じたのだろうか。この点について語る前に、「経済のグローバル化の進展」について整理する必要がある。周知の通り、「経済のグローバル化」とは各国間の生産・資本・労働の行き来が盛んになり、世界全体が統合化されていくプロセスとして理解することが出来る。OECD ECONOMIC OUTLOOK(MAKING THE MOST OF GLOBALISATION)では、経済のグローバル化の進展をうかがわせる様々な特徴が説得的に語られている。具体例を挙げると、世界の貿易額の拡大(80年全世界貿易額3.8兆ドル→06年25.6兆ドル:6.8倍の増加)、生産を行うために海外製品を購入する割合の上昇(73年10%→03年28%へと拡大)といったプロセスと並行して関税率や輸送費に代表される貿易コストの低下が生じた。貿易のみならず資本移動の自由化は各国間の金融取引や直接投資を活発化させており、そして国際間の人の移動も特に欧米先進国において活発化したというものだ。このようなグローバル化の進展は総じて世界各国の人々に所得の向上をもたらしたが、一方で世界的な対外不均衡の拡大を加速させる土壌としても機能したのである。

(2)世界的な対外不均衡の拡大
a)世界的な対外不均衡の拡大

 世界的な対外不均衡の拡大とは、各国の経常収支の赤字もしくは黒字幅が拡大している様相、裏返せば国内の貯蓄と投資とがバランスしていない状態が拡大したことを意味している。そして、00年以降にその傾向が顕著となった。各国の経常収支の動向を見るとそれは明らかである。国・地域別に特徴的な変化をみていくと、我が国及びアジア諸国では経常収支黒字であり、特に中国の黒字幅の拡大が著しいこと、欧米諸国はドイツを例外として経常収支赤字に陥っており、特に米国の経常収支赤字の拡大が著しいこと、ロシア、ラテンアメリカ、中東といった諸国では2000年以降経常収支黒字が著しく拡大していることが見て取れる。
纏めると、我が国及びドイツを例外として、総じて欧米先進国では経常収支赤字が進展する一方で成長著しいアジア各国(特に中国)や資源国であるロシア、ラテンアメリカ、中東では経常収支黒字が00年以降大きく増加しているという状況である。


出所:IMF,WEO Database

 ではなぜ世界的な対外不均衡の拡大が2000年以降に加速したのだろうか。要因としては大きく三つの点を指摘できるだろう。まず一つの要因として日本・ドイツを除く先進国、特に英米仏西において住宅価格の上昇が住宅投資の増加を誘発させるとともに資産効果を通じて消費を高めたことが挙げられる。これが家計の貯蓄バランスを悪化させることで経常収支の赤字を拡大させたわけである。さらに言えば、住宅価格の上昇は、00年代初頭に生じたITバブル崩壊による世界的な低金利政策や、住宅ローン市場の取引コストの低下、持家比率の上昇、人口要因、土地規制に伴う供給制約といった要素により生じた。米国では住宅ローンが多様な金融商品として提供されており、住宅を担保に容易に家計が借り入れを行うことが可能なことが、家計の資産を高め消費に向かわせたということになる。尚、欧米諸国に大きな影響を与えた出来事としてITバブルの崩壊が挙げられるが、直接投資主体の資金調達構造を持つ英米は果断な金融緩和も相まって調整を早期に終えており、旺盛な需要を伴いつつ早期に実態経済を回復させることとなった。
 二つ目の要因として、97年〜98年に生じたアジア通貨危機以降、中国、NIEs・アセアンといった東アジア諸国の成長が減速し、回復に向かう中で国内投資が国内貯蓄を下回り、余剰資金が海外投資(特に米国)に向かったことが挙げられる。これは、経常収支の黒字幅を拡大させることに繋がる。アジア通貨危機の状況を略述すると、東アジア諸国の多くは通貨価値を米ドルに対してペッグ(固定化)するドルペッグ制を採用していたが、各国通貨が売られドルが買われることになると固定為替レート制度の下ではドル準備が枯渇する事態となる。結局為替レートを維持することが不可能となり通貨高が生じ、それが国内の引き締め効果をもたらすことで実態経済を悪化させたわけだ。現在東アジアの多くの国々がフロート制に移行したが、成長を続ける中国ではドルペッグ制が継続されており、アジア通貨危機の反省から貿易額の拡大に伴って外貨準備高を拡大させている。尚、付言すれば外貨準備高の蓄積はドルに対する信認(ドル高)の高まりも左右しているのだろう。
 三つ目の要因としては、資源価格の高騰が挙げられる。中東・ラテンアメリカ、ロシアといった諸国では資源価格の高まりにより総所得が上昇した。但し、これらの諸国では増加した所得を満たす需要を担保することが不可能である。所得格差が著しく富が富裕層に優先的に行き渡っているという状況も相まって、資源価格によって得たカネは英国、米国への投資として向かったわけである。
 最後に先進国の中で経常収支黒字、つまり貯蓄超過となっている日本、ドイツの状況を整理しよう。我が国の場合は90年以降のバブル崩壊に伴う株価・土地価格の下落が企業の資金環境を悪化させ、実態経済の悪化をもたらしたことが大きく影響している。先送りされた不良債権問題は97年、98年において主要金融機関の倒産(金融危機)へと深化し、同じタイミングにより生じたアジア通貨危機や消費税増税といった要因も相まって日本経済を先進国としては唯一のデフレという未曾有の事態に突入させた。企業部門は以上の状況に伴い投資が低迷し、債務問題が深刻化する中で借入金の返済を優先せざるを得なくなったことで98年以降、投資超過から貯蓄超過となったわけだ。一方で家計部門は長期停滞に伴う所得の低下や高齢化の進展が貯蓄を低下させ、貯蓄超過幅が縮小した。企業部門の貯蓄超過への転換、家計部門の貯蓄超過の縮小、政府部門の赤字拡大といった条件が他国と比較して変化の緩やかな経常収支黒字が持続する状況を作り出したわけである。ドイツの場合は、ITバブル崩壊からの脱却が遅れたことで投資が低迷し企業部門が貯蓄超過に陥ったこと、家計貯蓄の拡大に伴う家計部門の貯蓄超過の増加、といった要因が経常収支の黒字を生み出している。

b)世界的な対外不均衡がもたらしたもの:「Great Moderation」
 上記で見たとおり、世界的な対外不均衡は経済のグローバル化を根底に据えながら、アジア通貨危機、ITバブル崩壊英米を中心とした住宅価格の高騰、資源価格の高騰といった現象をアクセルとして拡大の方向に進んだわけである。繰り返しになるが、アジア通貨危機は旺盛な成長を続けていた東アジア各国の富を国内投資に振り向けるのではなく貯蓄という形で蓄積させることを促した。そして一定のラグを通じて生じた資源価格高騰は、中東・ラテンアメリカ、ロシアの貯蓄額上昇をもたらし、これらの貯蓄が欧米諸国、特に米国の経常収支赤字(投資超過)の拡大をファイナンスしたのである。
 記憶に新しいところだが、世界的な対外不均衡の拡大は、世界的な金利・物価の低位安定、それに伴う持続的な経済成長の進展をもたらした。安定的な経済成長に裏打ちされた投資先としての欧米諸国の魅力の高まりは、これらの国の通貨に対する需要を高め為替レートをドル高・ユーロ高へと向かわせた一方で、輸出主導による経済成長を遂げてきたアジア諸国の通貨は下落し、更に輸出が進展するという自己実現的な好循環をもたらしたのである。ドル高・ユーロ高といった現象は財務省が行った大規模な円売り・ドル買い介入も相まって円高というデフレ圧力にあえぐ我が国の為替レートを円安というインフレ圧力に変えることになった。円安・世界経済の好況といった対外環境の好転と量的緩和政策・ゼロ金利政策といった金融緩和策は金利を低下させることで投資を増加させることに繋がり、我が国も不十分ながら02年以降、景気回復の道を歩むことになった。

2.資源価格の高騰はなぜ生じたのか
 資源価格の高騰は、需要拡大要因、供給制約要因が相互に絡み合って生じるものと理解できる。需要拡大要因としては、大きな流れとして旺盛な成長を続ける東アジア諸国の存在が挙げられるだろう。これらの国々が生産を拡大し、富を蓄積していくためには一層の資源が必要となることは容易に想像できる。
03年以降の資源価格高騰の流れにおいては、「Great Moderation」が成立する中で欧米諸国の安定的な経済成長が担保された点が重要だろう。東アジア諸国は輸出の拡大を基点として成長を遂げているため、貿易相手国である欧米諸国の景況は東アジア諸国の経済成長の行く末、つまりは資源需要の動向に直結するわけである。
供給制約要因は主な資源供給地域である中東・ラテンアメリカ・ロシアといった国々の政治状況や資源開発の動向、絶えず付きまとう枯渇リスクの存在に起因するものである。力強い需要は資源価格を押し上げ資源供給国の所得上昇につながるが、資源供給地域がその需要を満たすだけの開発を十分に為しえないとすればさらなる資源価格の高騰をもたらすという悪循環が生じることになる。
 サブプライムローン問題の深刻化は昨年後半から年初にかけて資源価格の高騰をよりクローズアップさせているが、この原因は震源地である米国経済や欧州経済の実態経済への影響が不鮮明であったという状況やデカップリング論の成立の可能性への期待、ドル安を材料とした投機的な需要の拡大といった要素が作用しているのだろう。

以下、その2に続く----*2

※一応、以上で書いた話はネタの前の壮大な前振りという位置づけですので、その点はご容赦ください(笑)。

*1:様々な商品の平均価格であるため伸び率が小さいという側面もあるが、財別にみても原油・金属価格の伸びには遠く及ばない

*2:時期未定(涙