民主党の虚妄と経済政策

 昨日の武藤総裁候補、伊藤・白川副総裁候補の所信聴集を受けて、民主党は正式に武藤氏、伊藤氏の不支持を表明した。既に多くの方が書かれているので繰り返すつもりも無いが、これで民主党は自らの選択を通じて、自らが政権担当能力を有していないことを明らかにしたわけだ。昨年7月の参院選の段階で民主党が勝利した時、私は以下のように書いた*1。この認識が当たってしまったことは残念至極である。

 デフレ脱却のためには、財政政策と金融政策という経済政策の両輪が適切なポリシーミックスを伴いつつ進められることが必須である。現状を考えると財政政策の手足は縛られた状況であるため、金融政策が緩和的に維持されることが必要だろうが、参院選の結果「上げ潮」派の影響力が低下することは今後利上げがスムーズになされることに繋がっていく。若干皮肉っぽく述べれば、経済に逆噴射をもたらすポリシーミックスが成立する可能性すらある。
今後財政政策に多くを期待できず、寧ろ国民への負担感が増す可能性が高いことを考慮すれば、利上げは実態経済への下押し圧力として作用するだろう。米国経済においてはサブプライム問題がどの程度尾を引くのか次第だが、いずれにせよ本年中(2007年)には(米国で)利下げがなされる可能性が高いとすると、これは円高圧力として作用する。今般の景気回復局面における対外経済の寄与が大きいことや定率減税の廃止の影響を考慮すると、さらなる利上げは我が国の経済を下押しすることになるのではないか。
 以上を考慮すれば、参院選での民主党の勝利は、我が国への経済にとっては悪影響である。このような事態にならないことを切に祈る次第である。※括弧内は引用時挿入。

 「財金分離の原則」とは言うが、これまでデフレ脱却が進まなかった大きな理由は、日銀が判断の根拠である経済見通しを常に楽観的に捉え、その結果として性急な金融引締めを行ったことにある。量的緩和政策を解除した際の日銀の政策判断が間違えていたことは、その後の統計資料を見れば明らかである。しかし、その政策判断に対して具体的なペナルティが日銀に課されたことは一度足りとてない。つまり、現状は「政策判断に対して責任(ペナルティ)が付与されない状態での独立性の付与」、よって「放縦」といった方が望ましい状況である。この意味で「財金分離の原則」に過度に信頼を寄せる民主党の判断基準は根本から間違えている。
 正しい判断基準は、現状の日銀の政策姿勢が「放縦」であることを認識しつつ、政府の政策目標と認識を一つにしてデフレ脱却を達成するための具体的な金融政策を発動することが可能かどうかということだ。政策認識は「財金一致」で、政策手段は「財金分離」で行うことで適切なポリシーミックスを担保できる。政策認識からして「財金分離」ならばそれはポリシーの離散であり、融合(ミックス)とは呼べまい。
 さらに「金利正常化」を謳う民主党議員の発言は虚妄の一言につきる。金利の正常化とはなんだろうか、その水準は何か、具体的にどのような状況が「正常化」と呼べるのか、「金利正常化」と呼ぶ人間に限ってこれらの問いに答えようとはしない。至極当然である。なぜなら経済にとっての貸し手と借り手が納得する水準は現在の低金利に他ならないからだ。つまり、今の経済状況における「正常な金利」は現在成立している金利だからだ。金利を上げ、円高になれば経済は良くなるといった虚妄も見え隠れするが、そう仰るのなら現在の状況をよくご覧になるが良い、と言いたいところだ。
 今回の民主党の表明に伴い、日銀総裁・副総裁がどのような形で誰に決まるのかは不明である。自民党も酷いが、「財金分離の原則」といった原則論に基づいて反対のみを唱え、対案を出さない民主党はもっと酷い。「ニ大政党制の実現」など元々御題目でしかないと思っていたが、どうやらこれは民主党の体の良い詐欺まがいの戯言だったというわけだ。戯言で食べていたわけだから、本格的な議論には参加できまい。だからこそ対案も出せず、いざ党首会談となれば余計な約束をさせられるかもしれないからと懸念する動きも出てくる。
 以上見てきたように「財金分離の原則」といった判断基準に沿って日銀総裁の判断基準とすることは不毛である。財務次官経験者なら駄目というのならば、子供でも判断できるだろう。そんな下らない理由で決めてよいのだろうか。政治家の政策判断が子供のお使いレベルでよいのか、断じてそうあってはならない。
 今回の一件は民主党にはいかに人が居ないのかということを如実に物語る。これは我が国の不幸としか言いようのない事態であることは正しい模様だ。


(追記:3/12 24:55)
 上記の文章を御読み頂いた方は誤解をされるかもしれないので念の為断りたいのだが、私は武藤氏が総裁候補として好ましいと思っているから民主党の対応を批判しているのではない。上記エントリの趣旨は、民主党日銀総裁候補の選定・判断基準が「財金分離」、「金利正常化」を旨としているのではという点についての批判であり、武藤氏が好ましいとは考えていない点は同じである。但し、残念ながら民主党と私の議論の間には絶望という名の深い谷が横たわっているようである。
 武藤、伊藤、白川三氏の中で総裁として好ましい人物を挙げるとすれば、我が国が世界に誇れる著名な国際経済学者であり、金融政策に造詣が深く、バーナンキ、キングといった各国中銀総裁と十分に渡り合え、我が国の政策形成の現場における経験を有している伊藤氏が最もふさわしいのは誰が見ても明らかである。是非民主党には、「副総裁候補の伊藤氏に反対したのは、氏が総裁こそふさわしい人物だから」と言って欲しいところである。なに、民主党が前言を撤回したというのは一度や二度ではない。ほんの数ヶ月前も党の顔である代表が前言撤回したではないか。数ヶ月もすれば良心的な国民*2も忘れてくれる筈だ。一時の誤りを放置しそれで数年間の禍根を残す愚、再び失われた十年を繰り返す愚は是非とも避けてもらいたいところである。 

*1:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20070730

*2:私のようなゴキブリは除く