岡田靖「景気後退と資源高、両面の課題に直面するFRB」を読む。

http://special.reuters.co.jp/contents/insight/index_article.html?storyID=2008-03-07T043007Z_01_TK0080185_RTRIDST_0_ZHAESMA06696.XMLから。

 既にご案内のとおり、我が国の為替レートは円高が進み、1ドル=100円ラインを突破する勢いである。これは裏返せばドル安が進展していることを示しているが、昨今のドル安は原油といったエネルギーへの需要を高め、資源価格高騰の原因にもなっている。サブプライムローン問題の深刻化に伴う実態経済の悪化と資源価格高騰といった二つの難問を抱えるというのが米国経済の現状であるが、岡田論説は二つの難問に対してFRBとして何をすべきかを論じている。

1.「どっちつかずな対応」が「失われた十数年への扉」となる。
 まず、論説の内容をざっとおさらいすることにしよう。FRBが操作可能な変数は政策金利であるFFレートである。現在抱えている問題は資源価格高騰と実態経済の悪化という二つであるため、一つの政策手段で二つの問題を解決することはできないわけだ。
 以上の場合にどうしたらよいのだろうか。第一の選択肢は、問題の所在を曖昧にして、二つの問題(もしくはどちらか)が自然に解決するのを待つというものである。膨大な利益を積み上げてきた米国金融機関がサブプライムローン問題を何とか切り抜けることが出来るのかもしれない。又、資源価格高騰がバブルであるのならば、「バブルが弾けるまで待つ」というのも一つの考え方である。このような認識に立てば、FRBは問題の所在を認めつつ、わずかに金利を下げるという対応に出るのだろう。
 しかし、第一の選択肢には悪しき先例があることも忘れてはならない。それはバブル崩壊が不況に転じた際の日銀の政策である。我が国の株価は90年から暴落を開始したが、当時のインフレ率は3%を超えており、かつ湾岸戦争の影響から石油価格は上昇していた。景気循環日付では91年3月が景気のピークだったのだが、日銀は90年から91年にかけてコールレートを上げ続けたわけだ。そして日銀が明確な緩和政策を行ったのは、92年4月に入ってからのことだった。
「失われた十数年」、特にバブル崩壊が始まった当初の日銀の金融政策が後で見ると不十分であった点は、例えば「世界的な対外不均衡の拡大、資源価格高騰と我が国のデフレ(その2)」*1GDPデフレータの要因分解からマネーサプライの伸びが80年代後半と比較して90年代前半には大幅に低下したこと、そして、「世界的な対外不均衡の拡大、資源価格高騰と我が国のデフレ(その4)」*2で指摘したように、マネタリーベースの伸びが大きく減少したこと、という事実からも明らかである。
 自分なりに岡田論説のポイントを整理すれば、このような引締め姿勢は後で見ると奇異なものに映るのだが、その行動の裏には、実態経済の悪化シグナルが出ているにも関わらず堅調なインフレ率や石油価格の高騰といった条件の中で「どっちつかずな行動」を日銀が採択してしまい、それが「失われた十数年」の扉を開けてしまったということなのである。

2.FRBの対応は「どっちつかずな対応」ではない。
 では、このような視点に照らした際に、FRBの現在の対応はどのように評価できるのだろうか。まず着目すべきは、高めのインフレ率と景気後退のリスクという二つの状況に対して、景気後退リスクを重視するスタンスに踏み切っているという点だ。つまり、第二の視点である。これは断続的な利下げ、欧米中銀による市場への資金供給の発動といった政策からも明らかである。我が国の経験から考えると、現状は公的資金注入を行う段階にきているのではないかとも考えられるが、それは金融政策をつかさどるFRBの役割ではない。
 周知のとおり、現下の米国経済を取り巻く環境は厳しいものであることは疑いない。消費統計にも黄信号が点りつつあり、景気後退が生じるか否かではなく、その期間と深刻度合いの判断が話題となっているところである。しかし、危機が顕在化したと認識されてからの米国の金融緩和は、バブル崩壊後数年間金融引締めを続けどっちつかずの姿勢をとってしまった我が国と比較すれば、十分に果断なものである。少なくとも「失われた十数年」という程の停滞が生じることはありえないだろう。

3.三月危機と日米経済
 昨今、三月危機が囁かれるようになったが、金融緩和の一側面である通貨安(ドル安)と資源価格の高騰が同時に生じる現状は、問題収束への大きな関門であることは間違えない。但し、金融政策の効果が今後徐々に発現していくことを考慮に入れれば、その障害は株価の復帰、実態経済の改善、そしてドル高への復帰というルートを通じて克服されていくのだろう。
 このように書くと、ドル安と資源価格高騰は米国経済にインフレ圧力をもたらしている可能性が高いのだから金融緩和は意味がないのでは、という議論もあるのかもしれない。しかしそれは誤りである。サブプライムローン問題とは、担保となる住宅価格の低下がサブプライムローンの延滞率を高め、それが証券価格を下落させ、ひいては投資家や金融機関の損失といった形で信用不安をもたらし、最終的に実態経済の悪化へと結びつくというものである。実態経済の悪化が懸念され、それが現実味を帯びている段階では金融緩和策をとることが必要かつ有効である。米国経済の強さが明確になれば、ドル安という状況は緩和されるだろう。そして原油価格は実需を反映した実勢水準に収束していくのだろう。
 我が国の状況はどうだろうか。円高は輸出企業の業況を悪化させる。企業の損益分岐点は100円程度といわれているが、100円を割り込む水準での円高の進展は、確実にこれらの企業の業況を悪化させるだろう。輸出企業の多くは製造業かつ大企業であるが、円高の影響はこれらの企業に留まらず中小企業や他産業にも波及していき、結局はマクロベースの景況悪化に繋がっていく。そして資源価格高騰は実需の低下を伴いつつデフレ圧力として作用し、円高効果と相まって我が国の景況悪化に寄与することになるだろう。
 危機を危機と認識し、その対応策を講じる準備が米国及び欧州においてなされている現状では、世界経済において三月危機が現実に生じるという根拠は薄い。寧ろ心配なのは我が国の政策対応である。サブプライムローン問題が顕在化し深刻化する過程の中で、現状維持路線を堅持するという選択は「どっちつかずな対応」である、といえるのではないだろうか。