Voice「特集 大論争!どうなる日本経済」を読む

 先日簡単に紹介したとおり、今月のVoiceの特集記事は現在話題になっている8つの論点(株価、為替、税金、物価、賃金、金利、年金、地価)について識者が論じるというものである。テーマによっては、お互いを意識しながら論じているもの(税金の中川・与謝野論説、金利の齋藤・若田部論説あたりは典型だろう)、どちらかというと論争というよりは相互に補完しあう視点として読めてしまうもの(物価の遠藤・森永論説あたりが典型だろう)もある。以下、年金と地価を除く6つの議論を紹介しながら私見を交えつつ論じてみることにしたい。

1.株価
 我が国の株価は3月の段階で1万2000円を割り込む状況も経験したが、4月に入り1万3000円台に回復する動きを見せているのは周知の通りである。株価の動向を5年といったスパンで眺めれば現在の状況は下落傾向であると見ることも出来るのだが、今後の動向をどのように判断すればよいのだろうか。
 武者陵司氏は、現在の株価動向について、「40年に一度の買い時」であると論じる。つまり現在の水準から更に株価が落ち込む可能性は少ないと見ているわけだ。まず我が国の株価を考える際に重要な点は米国経済、サブプライムローン問題がどのタイミングでどのような形で収束していくかという点である。この点について武者氏は、昨年半ばから直近までの株価下落トレンドには四つの偶然*1が影響しており、米国住宅バブルの解消度合いは6,7合目まで進展していることや、資産価格の低迷が実態経済悪化をもたらすリセッションを回避するために当局の政策が効力を得てくることを考えると、現在の局面が大きく転換する可能性が高いと論じている。つまり中長期的に見れば世界経済の繁栄の構図は何も変わっていないという見立てである。そうすると、日本株の現状は著しく割安であるという構図が浮かびあがり、内需低迷という難点を抱えつつも国際投資家にとってみれば割安の日本株サブプライムローン問題が解決した段階で買われる、つまり将来株価は上がっていくということになる。
 一方で榊原英資氏は、昨今の「円高・株安現象」は「円安バブルの崩壊」であると論じる。02年以降の景気回復局面を支えたのは円安による輸出の活性化によるところが大だが、サブプライムローン問題に伴う米国当局の金融緩和政策は日米の金利差を縮小させ、円高をもたらすというわけである。円高は02年以降の景気回復局面を支えた輸出企業の業況を悪化させ、株価の下落に寄与することになる。氏は株安の背景には円高のみならず、日本固有の問題(M&Aに消極的、このところ建築基準法改正や金融商品サービス法の施行といった規制強化がなされていること、福田内閣の統治能力不足)が影響していると指摘している。氏も言及するとおり、サブプライムローン問題が長期化し、米国経済の立ち直りが遅れるという前提の下では株価の1万円割れもあり得る話だろう。
 このように見ていくと、今後我が国の株価が上昇していくのかどうかといった点についてはサブプライムローン問題からどのタイミングで米国経済が立ち直るのかといった点がまずポイントとなるだろう。私個人は武者氏と同様に、米国が徹底的な金融緩和路線を堅持し対策を講じる限り米国経済の停滞の長期化はないと思う。そして安定的な株価上昇のトレンドが観察されることが、米国経済の回復の一歩だと認識している。但し、サブプライムローン問題を乗り越えた先にある米国経済の回復の姿はこれまでのような旺盛な消費に支えられた力強いものになるのかといった点については疑問を持っている。この意味では榊原氏ほど悲観的ではないにせよ、「Great Moderation」を謳歌した状況程、世界経済が改善することにはならないのではと思う。とすると、問題は我が国国内の状況である。国内物価は未だデフレであり、賃金が低迷して内需が伸びないという現状の下では、(米国経済が復活した段階で、価格差を通じた外国投資家の買いが入るとしても)、現在ほどではないにせよ「割安な日本株」という状況は続くのではないだろうか。

2.為替
 先程もふれたが、我が国の直近の動向は円高傾向で推移している。三國陽夫氏と藤巻健史氏は国内景気を浮揚させるためには円高か円安か、どちらが望ましいのかという観点に立って論じている。
 三國氏は「1ドル90円台でも景気拡大」と題して、円高が景気拡大に寄与するとの自説を展開している。円安により海外への輸出が進んでいくと円安は是正されていき円高へと振れていくのは経済学のイロハだろう。氏は経常黒字が持続している割には円が切りあがらないことを問題視し、その理由として輸出したことで得たドルの代金を円に交換せず金融機関を経由してそのままアメリカに資本輸出していることを指摘している。輸出をするためには国内生産を進める必要があるから、輸出増と経済成長、そして円安が共存するという話になる。この観察自体は正しく、データでも確認できる。国際収支統計http://www.mof.go.jp/bpoffice/bpdata/s1bop.htm)を見ると、貿易収支は確かに黒字であるものの、黒字幅は85年当時と比較して大きく拡大していない。経常収支が大きく増加しているのは、所得収支が急増していることが大きい。所得収支の黒字とは、海外への投資から得られる資本収益が黒字であることを意味する訳だが、氏の言うとおり、外貨を円に変えずに資本輸出し、そこからのリターンが大きくなれば所得収支は黒字になる。外貨を円に変えずにそのまま運用した方が儲かるというのであれば、企業はその行動を続けるだろう。このように考えると、氏の現状認識は正しいものの、「経常収支黒字拡大にも関わらず円高にはならない状況は問題である」という議論は正しくなく、寧ろ観察される事実は、企業のプレイヤーの合理的判断に照らした合理的行動の産物であるということになる。
 では、「外貨を円に変えずに対外投資してしまう状態」とは何を意味するのだろうか。円に変えたくないという行動の裏には「現状の円の水準でモノを売ろうとしても売れない」、つまり内需が低迷しているという事実がある。逆に「現状の円の水準以上の高い円でもモノが売れる」のであれば、外貨を円に変えようとするだろう。さて、ここで三國氏の言う「円高が景気拡大に寄与する」であるが、「現状の円の水準でモノを売ろうとしても売れない」から獲得した外貨を円に変えないのが問題ならば、「現状の円の水準を下げてモノを売れる環境を整えること」、つまり円安を進めれば内需が拡大することになるのは明白だろう。
更に言えば、「現状の円の水準でモノを売ろうとしても売れない」のが問題なのに、「現状の円の水準より高く設定してモノが売れる」という状況になるのだろうか。そのような状況が生じるとはとても私には思えないのである。
勿論、円安効果は永遠に続くわけではない。内需の拡大が堅実なものになるにつれ、我が国経済の力強さが浮き彫りになり、有望な我が国に対して投資をしようとする投資家も多く現れるだろう。そうすると円安ではなく円高にふれながら内需拡大が維持されるという状態も生じるのかもしれない。
 以上の点を分かり易く説明しているのが藤巻氏の論説である。三國氏は円高が景気拡大に寄与すると主張しているが、物事の順序が逆だろう。輸出が輸入を上回る我が国にあって円高は輸出を悪化させ、ひいては国内経済を悪化させる。内需拡大を背景とした景気拡大が明確なものになれば自然と円高になるものだ。昨今までの好調な米国経済は旺盛な内需が寄与しており、そしてそのような米国経済に対する信認としてドルが買われ、アジア各国が外貨準備を増やしたわけだ。藤巻氏は他にも「日本の問題は、景気が悪ければ円安になるという自然な変動相場制のメカニズムが働かなかったことにある。」と指摘しているがその通りである。そして持続的な円高は我が国にデフレ圧力の持続という側面ももたらしていたのだ。

3.税金
 我が国の財政状況は先進諸国と比較して悪化していることは明らかであるが、財政悪化を食い止めるにはどのような政策を行っていく必要があるのだろうか。この点につき、中川秀直氏と与謝野馨氏は「法人減税は全国民の利益だ」、「消費税10%こそ救国の策」と題して論説を寄せている。
 中川氏の論説は当ブログでも何度か取り上げている高橋氏の主張や自身のブログでの論説に即したものになっている。つまり経済政策としてまず必要なものは、日本経済をデフレから脱却させ成長軌道に乗せるというもの、そして政府資産の圧縮・歳出削減を進めること、社会保障分野を中心とした制度改革を行うもの、最後にこれらを踏まえて増税の議論を行うというものである。成長軌道に乗せるという議論については、実質成長率2%、物価上昇率2%、名目成長率4%を目指すというものである。以前にも議論したとおり*2これは「悪魔的政策」ではない。氏は議論の中で法人税減税について述べていた。先進諸国やアジア諸国が一様に法人税減税を行っているという現状や、多国籍企業の立地を進めるという側面、国内企業活動のコスト削減という観点に即していけば正当なものである。また根本的な話題として、法人に対する課税は二重課税であるという議論もある。消費税と法人税の仕分けや競争力強化という側面も考慮に入れつつ税制を見直していく議論が必要だろう。
 与謝野氏の議論は、中川氏の議論とは正反対である。氏が指摘するように、我が国にとって財政再建が重要な課題であることは明らかだろう。但し、国家の借金を国民の負担に置き換えて赤字の度合いを示すことはナンセンスである。なぜなら国家は(日本が消滅でもしない限り)永続的に存在するものであり、借金を将来のいつかのタイミングで処理することが求められている訳ではないためだ。
 氏は国債金利の高騰を懸念しているが、これはナンセンスである。「金利正常化」を云々する人々の主張に即して言えば、現在の長短金利を含む低金利状態は「異常事態」である。仮に国債金利が上がるのであれば預金金利も上昇し、期せずして「金利正常化」を懸念する人々の主張どおりになる。「金利正常化」路線を適切と評価する与謝野氏にとっては自身の懸念とは逆にこれは望むところなのではという思いも去来する。勿論国債残高の累増は問題である。但し、重要な点は国債残高がどの程度まで積みあがると国家の信用が潰えるのかは誰も分からないという点である。自民党の有力者でもある氏の口から国家の信用懸念が表明されること自体が政府の責任を放棄する行為ではないのだろうか。
さらに「インフレ政策は庶民の富を奪う」という論説の箇所にも首をかしげる点が多い。「上げ潮派」を論説中で自認する氏から見たオリジナルな「上げ潮派」の問題点は経済成長を高めに見積もりすぎている点であるとのことである。氏の認識は実質成長率で2%が日本の経済成長率ということである。「上げ潮派」は物価上昇率2%を加えて名目成長率で4%の経済成長の達成が可能であると主張する。以上から与謝野氏は物価上昇率を0%にするのが望ましいと主張していることになる。但し統計として把握される物価上昇率にはバイアスがあり、特にCPIについては実際の物価上昇率よりも大きく観測されることが従来から指摘されている。そして理論的にもマイルドな物価上昇は望ましいことは指摘されているとおりであるし、統計を見ても実質成長率2%、物価上昇を考慮した名目成長率4%はG7諸国の平均値である。
氏の議論を読むと必ず去来する疑問なのだが、私の知る限り「インフレ政策を意図的に行う」などと誰も主張していない。マイルドなインフレを伴った経済成長を達成するにあたっては、インフレターゲット政策の実施(当然ながらその裏には様々な具体的政策があることは様々な論者が指摘しているところ)や減税策、潜在成長率を高めるための構造改革・成長戦略といった様々な具体的政策メニューが提示されているところである。「上げ潮派」を自認する氏は一体誰をターゲットに批判をしているのだろうか。私にはその意味がわからない。さらに、インフレに伴う富の目減りを心配されているが、その際に問題となるのはインフレではなく、インフレを含んだ金利(実質金利)である。そして、インフレの影響を考える際にはデフレの影響と同様にメリットとデメリットの双方を考慮すべきである。先進国だから実質2%成長を行うのは大変なのだという指摘もなされているが、G7の2000年〜2005年の平均実質成長率は2%であり、「平均レベルで良いという目標」が容易に達成できないという理屈がわからない。このような議論により、「バブル期以降の経済成長率が定常状態の我が国の経済成長率である」との認識が浸透していくことの方が寧ろ問題ではないだろうか。
最後に歳出削減の可能性についてだが、氏の議論や当ブログでも議論したとおり*3、歳出は国債費、社会保障関係費、地方交付税交付金等、公共事業・防衛費・文教及び科学振興等の支出の4つに大きく分けられ、そのうちの最初の三つには基本的に手をつけられないのは道理である。そして高齢化の進展に伴って社会保障関係費が将来増加することも十分に考えられるところである。財政赤字削減という意味では、削減できるところは削減し、税収増加を図ることが必要だろう。但し、消費税増税により税収増加を図ることは我が国の経済成長を阻害する。特にデフレが残存し、海外経済のリスク要因の顕在化、減少する賃金、原材料価格の高騰といった状況が家計を圧迫している下での消費税増税は特に低所得者層に対して影響が甚大となる可能性が高い。我が国の財政問題が一朝一夕で解決するような問題ではないからこそ、中長期的に国民生活を阻害せず、活力を維持しながら段階的な財政再建を進めることが必要ではないだろうか。

4.物価
 物価に関しては原材料といった個別財の値上げ、特に輸入財の高騰が消費者物価指数を押し上げ1%程度の物価上昇率が見られるという事態が生じている。一方で国内財の物価動向を示すGDPデフレータは輸入財価格の高騰をうけて低下しており、輸入財価格の上昇基調が続くことはGDPデフレータの低迷が続くことを意味している。これらの点は当ブログでも過去何度か論じたところである*4*5。遠藤功氏、森永卓郎氏の論説は、現下の物価動向にどう対処すべきか、どのような状況が生じうるのかといった点について論じている。
 まず森永氏の論説だが、現状の原材料価格の高騰と一般物価との関係についての議論・現状の観察は当ブログで論じたことと期せずして全く同じである。平均賃金の下落や必需財の高騰が進展すれば、その影響をもろに受けるのは一般庶民であり、これは格差の拡大につながっていく。森永氏は、このような格差拡大を是正するために高所得者層から低所得者層への所得再分配策を主張している。それも一つの政策だろう。
 原材料価格の高騰が問題となるもう一つの側面として、最終財を作る企業にとって原材料価格高騰はコスト増大要因であり、それが容易に製品価格として転嫁できないといった側面がある。遠藤氏の論説は、製品価格への転嫁を消費者に是認させるための要件としてコストダウンによる「値ごろ感」で勝負するというスタイルとは違うスタイル−プレミアム−を商品に付加することで「付加価値」を上げるという業態転換が日本企業にとって必要だと論じている。遠藤氏も論じているが、プレミアムを持った商品は必ずしも高所得者層のための商品に限定されるものといった話ではないだろう。内需拡大を進めていくにあたって1企業のミクロ的な努力の方向としてはありなのではと思う。そして、この視点は森永氏のオタク市場の議論とも親和的なものなのだろう。

5.賃金
 そもそも論で恐縮だが、現在の賃金が適正かどうかそうでないかは現在就いている仕事のアウトプットとの見合いで定まるものである。私のような一般人と大リーグで活躍するイチローの給料が同じだったらイチローは怒るだろう。
フェルドマン氏の論説は、最低賃金の引き上げ議論について、生産性(アウトプット)との見合いで賃金が決まるという経済学的な視点が欠けていることをまず指摘している。最低賃金を引き上げることについての反論のもう一つの側面は、企業が最低賃金の引き上げを吸収できる程、生産性を高めることが果たして可能なのかという点である。フェルドマン氏はこの点について若干の疑問が残るとし、門倉氏が指摘する最低賃金を上昇させることによる労働者のインセンティブの拡大効果に対して疑義を呈している。
 両氏の議論を読むと、「労働に見合った適正な賃金体系を設定することが必要」という点については共通の認識にあることがわかる。フェルドマン氏のいうようにそれは業界再編につながる可能性もあるだろう。又、最低賃金の引き上げ議論に関しては、それが何の目的でなされるのかを考える必要があるだろう。つまり、門倉氏が言うようにワーキングプアを生み出さないためのセーフティネットとしての意味合いを持たせるのであれば必要な水準まで引き上げていくことが必要だ。しかし、過度な引き上げは、企業側のコストになるとともに、「労働に見合った適正な賃金体系を設定する」という趣旨からは外れてしまう。
 最低賃金の問題は様々な側面が複雑に絡み合っていると感じる。両氏の議論を読むと、求められる政策は、個別企業の視点では、最終的に企業の生産性を高めることに繋がる施策は何かという視点を持っているか否かではないだろうか。そしてそれは言うまでもなく内需の拡大を伴うものになるはずだ。

6.金利
 我が国の金利は低水準にあることは明らかである。現在の政策金利水準は0.5%であり、過去の水準と比較すれば高い水準とはいえない。齋藤精一郎氏と若田部昌澄氏は「利上げが救う「家計の犠牲」」、「新総裁はゼロ金利に復帰を」と題して論説を寄せている。
 齋藤氏は、95年以降十二年以上、日銀は異例な超低金利政策(ゼロ%台金利)を全開させてきたが、日本経済がなおデフレ脱却できず正常化さらに成長軌道も見出せないのはこれまで行ってきた金融政策の有効性に限界がある、と論じる。これは金融政策が、「日銀による」金融政策であるという我が国の現状を考えると正しい認識だろう。
以下、齋藤氏の言を借りつつ私の感想を述べれば、一部の日本人を含む大多数の国際人はこう答えよう。「量的緩和策を行った直後でその効果に懐疑的な発言を投げかける総裁の存在や、明確なデフレ脱却が観察されず、下押しリスクの懸念も十分に認められる中で利上げを強行した事実、利上げの過程の中で珍妙な理屈を弄した挙句、金融政策の基礎となる楽観的な経済見通しは常に下方修正を余儀なくされたといった事実をみれば、『日銀による』金融政策には限界があり、ほかの有効な金融政策を構想、企画、実行しなくてはならない」となる。言うまでも無いことだが、齋藤氏の指摘は「日銀」の金融政策と金融政策一般を混同した議論である。
 論説中で参照されている、リチャード・クー氏の作成した図表*6に基づく「日銀の」金融政策が景気回復につながらなかったとの指摘は至極もっともである。念の為付言すれば、事態はクー氏のいう「教科書にない世界」、つまりフリードマンをはじめとする数多の経済学者が全く想定していなかった世界ではなく、ケインズの「一般理論」に記載されている流動性の罠そのものである。流動性の罠に陥った状況でクー氏の言う「教科書が想定する世界=流動性の罠を脱却した世界」に戻るにはどうしたらよいのか。金融政策の標準的理解では、それは様々な手段により「期待」に働きかけるということに他ならない。そして、金融政策をどのように行えば効果があるのかという点については、まずゼロ金利といった水準ではなく、政策金利の変化の方向・幅を問題にすべきであり、さらに対外的には各国金利差といった側面から検討すべきだろう。
 齋藤氏は更に「日銀」による超低金利政策は中長期的な展望の下で転換を図るべきと論じる。私も同感である。但し、超低金利政策の転換は、氏が唱えるような円安依存が日本経済を弱体化させる懸念ありといった理由や、超低金利政策が家計の「得べかりし所得」、つまり利子所得の減退といった理由に基づくのではない。2.でもふれた三國氏や齋藤氏は金利政策金利ではない)や為替といった指標が現下の経済状況と独立に定まるものだと認識しているようである。内需の拡大が確認され、マイルドな物価上昇を伴いつつ実感を伴った景気拡大が観察されれば、自然と金利は経済状況に即して上がり、更に為替も円安バブルと懸念する水準から離れて経済状況に即した水準にまで上がるのだろう。実態経済の動きと連動して決まる指標自体を自由に上げ下げすることが出来ると考えた上で、さらにその下での望ましい世界を主張するのは夢物語である。そして夢物語である以上、そのような物語が現実に生じ得ないことは言うまでもない。
 以上で見た論点−我が国が90年代後半に経験した金融政策は、「日銀の」金融政策だったのか、もしくは金融政策そのものだったのかという点−は、若田部氏の論説の中で語られるところである。氏は「日本銀行がはたして中央銀行か?」という問いを立てる。中央銀行の役割は物価と金融システムの安定である。そして「物価の安定」とは、具体的には与謝野氏や前総裁の福井氏が想定するようなゼロ%の物価上昇率ではなく、政策委員の合意の上限に近い2%前後の水準であるというのが先進各国の合意である。この基準でみれば、「日銀が行ってきた」金融政策は金融政策として合格点を与えることは出来ないのは明らかだろう。日銀総裁・副総裁に関する人事は、副総裁として一旦任命された白川氏が総裁に昇格し、副総裁として西村氏が任命されたが、残り一名の副総裁は未定の状況である。民主党が総裁・副総裁人事で強調したのは「財金分離」、つまり日銀の独立性を担保することの必要性だったが、現在の日銀は「日銀が行ってきた」金融政策に対して結果責任を負っておらず改正日銀法の制定過程においても今回のようなねじれ状況における決定方法の検討と合わせて明確にはされなかった。
 日銀は「物価の安定」という本来の中央銀行の目標に即して愚直にその政策を行い、「日銀の」金融政策ではなく普通の金融政策を行えばよいのだ。そして、そのためには若田部氏が論じるように「物価の安定」をきちんと定義し、明示化するという政策目標の設定を確立するべきだ。政策目標の設定の過程では、政府との日銀との政策協議が必要であり、現行制度の下でもそれを阻害するものはない。若田部氏の論説は、齋藤氏が指摘する「日銀」の金融政策ではなく、中央銀行としてなすべき「金融政策」を淡々と実行することこそが必要だとの視点を提供してくれる。

7.まとめ
 以上、6つの論点につき各論者の視点を私自身の理解・感想を交えつつ論じてみた。今回のVoiceのような特集で意見の異なる論者が真っ向から同じテーマで論じるという試みは、自身の考えやテーマに関連する論点が整理できることから意義深いものだ。
 これらの6つの論点の中で鍵となる点としては、一つは米国経済の動向が挙げられるだろう。米国経済がどの段階で、どの程度回復・成長することになるのかという点が世界経済の動向を占う上でのキーポイントという点は論者に共通した認識だろう。そしてその外部環境の上に立って、我が国個別の要因を見ていくと議論の見通しが拓けるのではと感じた。
 二つ目のポイントは日銀の今後の金融政策の行方だろう。白川氏が「日銀の」金融政策を着実に実行するのか、それとも「金融政策」を行っていくのかが見ものだが、各種情報から知りえる限りでは、「日銀の」金融政策を念頭に置きつつ行動していく可能性が濃厚だろう。そして、三つ目のポイントは我が国の効率的な経済活動を阻害する要因を改善していく努力がどのような形で進むのかという点だろう。
 私自身の感想は、a)米国経済はある程度早期に回復軌道に乗る可能性が高いが、回復の力はこれまでと比較して弱く、そのことが世界経済にも影響するのではないか、b)以上の前提の下でデフレ脱却に至っていない日本経済を眺めると、「日銀の」金融政策ではなく普通の金融政策を淡々と実行することがまず必要であり、c)税制に関して言えば、財政問題は早晩解決する類の問題ではないため中長期的な視点が必要であること、そして安定的な税収を確保するためには経済成長を重視することが求められ、歳出削減を進めつつ必要な支出に重点的に配分するような効率的な財政の姿を模索すべきであること、一時の願望に負けて安易に経済成長を阻害するような政策(増税)を取るべきではないこと、d)賃金については、マクロ的な景気回復を担保しつつ、セーフティネットと機会の平等を考慮した制度構築が必要であり、その過程では生産性を高めることや人々のインセンティブを担保する「労働に見合った賃金」の確立が必要ではないか、といったものである。
 取り上げなかった年金及び地価といったテーマと合わせて、議論が深まることを切に願う次第である。

(※)追記及び一部修正しました。ご容赦ください。(4/15 22:59)

*1:延滞や抵当差し押さえが顕在化する前にサブプライム資産価格が急落したこと、時価会計の厳格化によるサブプライム価格低下の他資産価格への波及、バーゼル2の導入による金融期間のリスクテイク能力の低下がリスク資産の売却・損切りを加速化させたこと、ABSやCDOによりサブプライム損失が他の資産価格の下落を誘発させたこと。詳細は本文を参照のこと。

*2:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20070905/p1

*3:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20070906

*4:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080122/p1

*5:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080107/p2

*6:http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/koo.cfm?i=20080206d8000d8