原油価格の剥落効果が進んだ場合の物価への影響

1.08年3月の消費者物価指数の結果から
 昨日、消費者物価指数の平成20年3月値(全国)が公表された。総合指数及びコア指数は前年同月比1.2%上昇、コアコア指数の前年同月比は0.1%の上昇となった。前月と異なるのは、コアコア指数がわずかながらプラスに転換したことである。
 但し、消費者物価指数の上昇の背景はこれまでの状況と変わらず、原材料価格が消費者物価指数の押し上げ要因となっていることは明らかである。原材料価格の高騰が続くことを前提とすれば、来月以降も消費者物価指数の上昇は続くと見るべきだろう。
 GDPデフレータの動向を判断するため、輸入物価指数(円ベース)の対前年同月比を見ると、2008年1月〜3月の平均値は8.8%の伸びであり、これは2007年10月〜12月の平均値9.5%と同程度の水準となっている。基調としては、GDPデフレータのマイナス幅は2008年第1四半期においても07年第4四半期と同程度のマイナス幅となる可能性が高いと見るべきだろう。原材料価格の動向次第だが、1%前後の消費者物価指数の伸びとGDPデフレータの伸びのマイナス幅の拡大・残存といった状況がしばらく続いていく可能性が高い。

2.原油価格の動向と消費者物価指数GDPデフレータの動き
 今後の物価動向を考えるにあたって、原油価格の動向が一定の仮定の下で推移した際にどのようなインパクトをもたらすのか、頭の整理も兼ねて簡単かつ大雑把な計算を通じて考えてみることにする。原材料価格の動向としては原油・食料等が挙げられるが、ここでは原油価格の動向がもたらすインパクトに限定してみていく。

(1)原油価格上昇率の剥落効果がもたらす影響
 まず、一つの論点は、原油価格の動向が一定程度に留まった場合に、価格上昇率の剥落がGDPデフレータ、CPIにどのような影響を今後もたらすのかといった点だろう。これを考えるにあたり最もナイーブな見通しは原油価格が現行水準のままで留まった場合に、それが剥落するタイミングがいつになるかという事だろう。この線に沿って考えてみる。

a)原油価格一定で推移する場合、原油価格上昇率の剥落はどのように進むのか?
以下の図表は、ドバイ原油価格(現物、FOBベース、:日時価格の月平均値)から06年以降の対前年同期比をみており、08年5月以降は08年4月の原油価格が一定に維持された際の対前年同期比を記載したものである。原油価格上昇率をみると、07年9月以降、原油価格は上昇に転じ、08年4月の時点では38.9%の伸びとなっている。08年4月1日から4月25日までの平均価格は10,583円/バレル*1であり、08年5月以降はこの10,583円/バレルが維持された際の価格上昇率を示している。図表によれば、為替レート一定かつ現時点の原油価格を維持するという前提の下で原油価格上昇率の効果が概ね剥落するのは08年3月(10.0%)であることがわかる。つまりナイーブな前提に基づくと1年程度はかかるということになる。


注:原油価格としてドバイ価格(現物、FOB)を使用し、名目為替レートで変換した上で計算した値。

b)原油価格上昇の剥落効果がCPIコア対前年同月比に与える影響
 さて上図の原油価格上昇率を前提とすると、CPIコア及びGDPデフレータはどのような推移を辿るのだろうか。次の図表は、原油価格上昇率の剥落がCPIの品目中の「エネルギー」の変化に反映されると仮定した上で、「エネルギー」のCPIウエイトを考慮しつつ剥落効果がCPIコアの対前年同月比に与える影響を示したものである。勿論、「エネルギー」の価格変化は他の品目の価格変化をもたらす可能性は当然考えられるが、そのような可能性は排除している。
 周知の通り、CPIコアの伸び率は07年10月以降上昇に転じ、08年3月は1.2である。以下の図表の結果をみると原油価格一定の形で価格上昇率の剥落が09年3月まで働いた場合のCPIコア対前年同月比は0.7%の伸びに留まることになる。


出所:総務省消費者物価指数」、剥落効果がCPIに与える影響は筆者試算

c)輸入物価指数・GDPデフレータへの影響
 原油価格上昇率の剥落効果は輸入物価を押し下げ、GDPデフレータの伸びを上昇させる効果をもたらす。輸入物価指数に含まれる「石油・石炭・天然ガス」の価格指数の動きが原油価格の剥落の動きをトレースするものと想定し、ウエイトを考慮して08年3月以降の輸入物価上昇率の変化を計算したのが以下の図表である。これをみると、輸入物価指数の対前年同月比は08年3月の8.3%から09年3月には1.3%に減少することとなる。


出所:日銀「輸入物価指数」、剥落効果が輸入物価指数に与える影響は筆者試算
 
 上記の輸入物価指数の四半期平均を計算した上で、07年第4四半期の輸入デフレータの値を元に原油価格剥落効果の元での輸入デフレータを計算し、さらに07年第4四半期の輸入デフレータの寄与率を用いてGDPデフレータの対前年同期比の推移を計算してみたのが以下の図表である。これを見ると原油価格上昇率のゆるやかな低下を反映して輸入デフレータは低下していき、GDPデフレータの下落幅も小さくなる。GDPデフレータの伸び率がゼロ%を上回るのは08年第4四半期になり、1.3%で推移するという形になる。


出所:内閣府「国民経済計算」、08年第1四半期以降の数値は筆者試算。

(2)価格上昇率が維持された際の価格水準
 (1)では原油価格が現在の水準に将来留まり続けると想定した場合に、原油価格上昇率の低下(剥落効果)の進展がCPIコア、輸入物価指数、輸入デフレータ、GDPデフレータにどのような影響をもたらすのかを計算した。一方、現在の原油価格上昇率が維持された際に原油価格の水準はどの程度まで高まるのかという点も興味がある点だろう。
ドバイ原油価格(現物、FOBベース、:日時価格の月平均値)で見た08年4月の対前年同月比は35.3%の伸びとなっている。このペースで09年3月まで原油価格が上昇し続けた場合の価格水準は13,367円/バレルとなった。08年4月25日までの市況の平均値10,583円/バレルと比較すると、26.3%程度上昇することになる。



注:原油価格としてドバイ価格(現物、FOB)を使用し、名目為替レートで変換した値。

 勿論、このような形で原油価格が推移するという可能性は低いと見るべきかもしれない。例えば、08年4月に公表された米国エネルギー省の見通し*2に依れば、WTI価格は08年に100.61ドル/バレル、09年には92.5ドル/バレルとなるとされており、緩やかに下落していくとの見込みである。

3.まとめ
 以上、頭の整理を兼ねて原材料価格の中で原油価格の動向を取り上げて、原油価格が今後一定の水準で留まるというナイーブな前提の下での原油価格上昇率の剥落効果を計算し、それが、CPIコア、輸入物価指数、GDPデフレータにどのような影響をもたらすのかを簡単に検証してみた。簡便な計算なのでその点はご容赦いただきたいが、検討の結果分かる点は以下のとおりである。

原油価格が08年4月以降一定と想定すると、原油価格上昇率が07年8月の水準に近づく(剥落効果が完全に働く)には少なくとも1年間(09年3月)程度の期間がかかる。
・以上の原油価格上昇率の推移を前提とし、(他の状況を一定として)CPIコアの推移を簡便法により試算すると、09年3月にCPIコアの対前年同月比は0.7%(08年3月:1.2%)の伸びとなった。
・以上の原油価格上昇率の推移を前提とし、(他の状況を一定として)輸入物価指数の推移を簡便法により試算すると、09年3月の輸入物価指数の対前年同月比は1.3%(08年3月:8.3%)の伸びとなった。
・以上の原油価格上昇率の推移を前提とし、(他の状況を一定として)GDPデフレータの推移を簡便法により試算すると、原油価格の上昇が進む08年第1四半期のGDPデフレータの下落幅は対前年同月比で07年第4四半期の水準を下回り、その後徐々に下落幅を縮小させて、08年第4四半期にゼロ%を上回る。
・直近の原油価格変化率が継続するとした場合の原油価格の水準を試算すると09年3月にはさらに26.3%程度上昇することになる。しかし各機関の見通し等を考慮するとそのような事態が起こるとは考えづらい。

 勿論、原油価格が将来どのような形で推移するのかは米国経済の動向や為替レートの動き等に左右されるため確たることは言えないだろう。米国エネルギー省の見通しどおり、原油価格が緩やかに下落する形で推移すれば以上の試算に基づく原油価格上昇率剥落の効果が物価に与える影響はより早いタイミングで発現していく可能性もある。
 この簡単な試算から言えることは、為替レート一定、原油価格水準一定、他の原材料価格の伸びが一定、相対価格効果による他の品目価格の上昇が見られないという条件の下では、CPIコアの伸びはゼロ%まではいかないものの緩やかに低下していき、GDPデフレータは08年の終わりにプラスに転換する可能性があるということである。
 勿論のことであるが、このような形で物価が実際に推移していくとは考えづらい。為替レートが円高に振れている状況では、円ベースで見た原油価格が輸入価格に与える影響はかなりの程度緩和されている。仮に輸入物価の変化を契約通貨ベースの値を基点にして計算し、さらにその変化をデフレータに織り込むと上記で行った試算とは全く別の姿−GDPデフレータがプラス転換するのは09年後半以降−が浮かび上がってくる。原材料価格の剥落効果が十分でない段階では消費が停滞することも予想され、それは消費デフレータの下押しを誘発するかもしれない。円高効果による輸出の低迷といった可能性もある。又、食料品価格の高騰が今後も進むということであれば、GDPデフレータの推移はより下押しされるだろう。

*1:ドルベースの値を名目為替レートで変換した値

*2:http://www.eia.doe.gov/emeu/steo/pub/contents.html