住宅市場の成熟度と金融政策

 金融政策を考えるにあたって、住宅市場の成熟度が実態経済にどのような影響を与えるのかという点は重要な意味を持ちつつあるのかもしれない。住宅市場が成熟している欧米諸国において住宅市場の動向が他のセクター、景気循環に与える影響はより大きくなってきている。以前ふれたように*1世界的な対外不均衡の拡大の中で欧米諸国(日独を除く)の経常収支赤字拡大の原動力になったのが、住宅市場の活況だった。つまり、住宅価格の上昇による住宅投資の増加、そして資産効果を経由した消費の拡大が家計の貯蓄バランスを変化させ、さらに経常収支赤字を生み出した。そして欧米諸国の経常収支赤字はアジア・中南米各国の経常収支黒字によりファイナンスされて世界的な活況の原動力になったわけだ。
 さて、このような認識を前提とすると、住宅市場の成熟度合いが高い欧米諸国ではこれまでの金融政策の枠組みは異なるものになるのではないだろうか、そしてそれはどのようなものなのだろうかという論点もあるのかもしれない。この点を論じているのがRoberto Cardarelli, Tommaso Monacelli, Alessandro Rebucci, Luca Salaの4氏による”The changing housing cycle and its implications for monetary policy*2”である*3。以下、彼らの議論を紹介してみることにしたい。
 彼らは、住宅市場の成熟度*4を示すMortgage Market Indexを作成し、先進諸国の比較を行いつつ議論を進める。Mortgage Market Indexは以下のとおりであり、サブプライムローン問題の震源地たる米国は最上位、以下デンマーク、オランダ、オーストラリアといった諸国が続く。我が国は中位といったところだろうか。最下位はフランスである。彼らは住宅関連ローンの成熟度が高い国ほど、消費の資産効果が大であり、さらに住宅の消費意欲(限界消費性向)が高いことを指摘する。そして、住宅価格の上昇が家計の借入制約を弱め、さらに消費を促進させるというメカニズムが働いていたわけだ。さらに、このようなメカニズムを有した経済においては、金融政策が実態経済に与える効果は大きいと論じる。

Mortgage Market Indexに基づく各国比較

注:数値が高いほど住宅市場が成熟していることを示す。
出所:http://www.voxeu.org/index.php?q=node/1089

「住宅市場が成熟した経済においては金融政策の役割は住宅市場が成熟していない経済よりも大である」という議論が正しいものとすると、経済安定化を行うための望ましい金融政策のスタンスは、「住宅市場が成熟した経済においてより積極的に金融政策を行うべし」となる。一つの理由は住宅市場が成熟した経済においては、そうでない国と比較して住宅ローンの負債を多く抱えているためだ。住宅価格の下落に対してより積極果敢に行動しないと金融政策の実を挙げられない。彼らの議論によれば、住宅市場が最も成熟した米国ではEUと比較してより果断な金融政策をとることが求められることになり、現実の政策は彼らの議論どおりに進展しているわけだ。さらにインフレ率、アウトプットに加えて住宅価格に目配りをすることで金融政策の経済安定化機能は強固なものとなる。

Federal Funds Rate: Target, Effective Rate, Range, and Primary Lending Rate←7ヶ月で金利は半分以下の水準に!!

出所:Stephen G. Cecchetti,"Monetary Policy and the Financial Crisis of 2007-2008",CEPR POLICY INSIGHT NO.21*5


こう論じてきて、彼らは苦言を呈することも忘れてはいない。住宅価格が経済のファンダメンタルズ等に与える影響の不確実性を考慮すれば、住宅価格への着目は金融政策においてリスクマネジメントの位置づけに留まる。そして住宅価格にも目配りすることは、これまでの金融政策の枠組みを変えることを意味するのではなく、寧ろターゲットとして設定する金融政策目標までの期間を延ばすことで政策の自由度を高めることにも繋がるのだ。
以上が”The changing housing cycle and its implications for monetary policy”の概要だが、経済環境は違うとは言え、欧米諸国が通った道は我が国が既に通った道、ともいえるだろう。そして失われた十数年を経験した我が国の現状では、”The changing housing cycle and its implications for monetary policy”で指摘される話とは逆の話が重要なのではないか、寧ろデフレ脱却という唯一の目標にコミットすることが我が国の金融政策に求められるのではと思った次第である。

*1:http://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080131/p1

*2:http://www.voxeu.org/index.php?q=node/1089

*3:多数のグラフとともに彼らの議論の詳細はApril 2008 World Economic Outlookの第三章に纏められています。ご興味のある方はそちらをどうぞ。

*4:家計が住宅ローンを気軽に利用できるかどうか

*5:http://www.cepr.org/pubs/PolicyInsights/PolicyInsight21.pdf