経済分析の考え方

 小宮隆太郎「昭和四十八、九年インフレーションの原因」(『現代日本経済』所収)より。

 たとえば、ある人が麻疹(はしか)にかかったときに、熱が出て気分が悪くなり発疹が出てくるプロセスをいかに詳細に記述しても、その原因を明らかにしたことにはならない。また原因不明の高熱を出したときに、食中毒なのか、風邪なのか、仕事が忙しくて過労気味であったのがいけなかったのかと、関係のありそうな事柄を、あれも悪かったのではないか、これも悪かったのではないかと網羅的に列挙しても、それをもって原因の分析と呼ぶことはできない。われわれに科学的な認識が進めば、特異な現象については、その原因をごく限定された事柄に”pin down"しうるはずである。
 また特定のインフレの直接的な原因よりも、その背後にある現代経済の「体質」の方が問題だというようなことがしばしばいわれるが、もしかりに「体質」なるものを論じることができるにしても、その前提として、問題となっている特異な現象の直接的な原因、それが起こるメカニズムについての正確な理解が必要である。たとえば、どういうことから(たとえば何を食べれば)アレルギー現象が起こるかを適格につきとめなければ、アレルギー「体質」を論じることはできない。1973〜74年のようなインフレーションが今後繰返し起こることは到底考えられないが、もしかりに類似の事態が起こりやすい「体質」を現代の日本経済がもっているとしても、あのような激しいインフレがどのようなメカニズムによって起こったかについての正確な分析なしには「体質」を論じることはできないはずである。

 ある経済問題を分析するにあたっては、その過程を見るだけでは不十分であり、又関連しそうな事実を列挙するだけでも駄目である。まずは標準的なマクロ経済学の理論を適用して、その原因を限定された事柄として特定することが必要である、というのが最初の論旨でしょうか。
 そして、現代経済の「体質」が仮に重要だとしても経済問題の原因を把握することなしに「体質」を議論することは出来ない筈であるという点は「体質」を「構造」と言い換えても成立すると思います。眼前に生起している経済現象のうち重要なものを抜き出した上でその原因を把握することがひいては体質・構造の理解に結びつくということを小宮先生の論文は上で引用した箇所以降で読者に身をもって示している*1、と言えるのではないでしょうか。

*1:この点についての小宮先生の分析の簡単な紹介と現代との比較は手前味噌ながらhttp://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080122/p1をご参照のこと。もう少しまともな形でゆくゆくは再度纏める予定です。