アラン・グリーンスパン『波乱の時代 サブプライム問題を語る 特別版』(山岡洋一訳)


 薄くて安価でグリーンスパン視点で見たサブプライム問題についての論説が書かれていて興味深い本です。色々と考え始めると結局『波乱の時代』の本編を取り出して読み直したりしているわけですが・・・・。発売当時よりもグリーンスパンの言葉が意味深に思えてしまうところがなんとも不思議です。
 訳者である山岡さんのあとがきを読むと、これをグリーンスパンが書き、印刷に回されたのが2008年6月。ベアースターンズの救済劇は生じていたものの、その後のフレディマックファニーメイを公的管理下においたことや、リーマンブラザーズの倒産、メリルリンチ救済合併、そしてポールソンプランの採択、世界同時株安・・G7声明、そして資本注入といった一連の流れを知らずして予言的な話(RTCもどき云々とか)を書いているあたりはさすがといったところでしょう*1
 リーマンブラザーズの破綻については、グリーンスパンらしくモラルハザードの話を絡めて予言していることも興味深いですが、なぜリーマンブラザーズを救済しなかったのかという点は、上記モラルハザードの懸念とか(うがった見方ですが)政治的に後々の公的資金投入を是認させやすくする狙い・・などというものもあったのだろうか。痛みの度合いが大きすぎて無理だったという説が最も信憑性が高いけれども、もしかするとバーナンキは最悪の事態を予見してFRBとして救済するのをあきらめざるをえなかったのか・・などと思ってしまいます。
 後もう一点自分が思ったのはグリーンスパンをマエストロと賞賛し、その後の展開で「住宅バブルを引き起こした張本人」という批判が生じたという事実についてです。このあたりの展開は、まさにここで取り上げたシュムペータの視点と重なりますね、自分には。
 マエストロとしての賞賛は言うまでもなく根拠なき熱狂の指摘、ITバブル崩壊と迅速な金融緩和、そしてその後の好況下での物価・金利の低位安定を生み出した点についてですが、論点はこの本でも取り上げられている金融緩和の結果生じたリスクスプレッド、あとはタームスプレッドの縮小という事態でしょう。これが本来高リスクである対象へ投資家を向かわせたわけです。FRBは金融引き締めを緩やかに行いつつ正常化を目指したわけですが、事実としては長短金利が逆転するという懸念が生じつつ、そしてサブプライム危機が生じていく。利下げが即バブルにつながるわけではないことはシラーの行動経済学的な知見からの議論や、昨日取り上げたガルブレイスの著作にも言及があるところです。自分の感想も同様ですが、逆にバブルを懸念して成長もせず長期停滞に甘んじることのリスクの方が大きいのではないかとわが国の大停滞(失われた十数年)を鑑みると感じます。
 結局のところ、今回の金融危機がITバブル崩壊時のように果断な金融緩和策では収束せず、欧米諸国で若干のタイムラグを伴いながら生じた住宅価格高騰・資本自由化を下地にして世界中に伝播した結果、公的資金策を講じざるを得ない事態となったのは第二の貸し手としての銀行が機能していないことと、その背後にある金融システムの発展(と当時評価された)枠組みが原因にあるのでしょうし、危機が世界中に伝播していたという事態は逆にグリーンスパンの賭けがバブルの主要因ではないとの見方が正しいことの証拠なのではと感じるところです。つまり、世界的低金利の一要素としては確かに米国の金融政策もあったけれども、世界的なインバランスの拡大という事実も背景にある、ということです。
 金融政策と群集心理といった話題はカンザスシティ連銀のシンポジウムのテーマにも挙がっていましたが、このあたりと「期待」という要素との関連や竹森本の感想(その1)でまとめた金融緩和とバブルとの関係、さらに竹森本第三部で指摘されている「流動性」なるものの意味については我が国の状況と合わせて考えつつもう少し頭の整理をしたいなぁと考えています。
 つらつら&グダグダと自分の感想を書くだけになってしまいましたが、そんなことを思いつつマエストロの話を読みました。わかりやすくまとまっていますし短時間で読めますのでその意味でもお勧めですね。

波乱の時代 特別版―サブプライム問題を語る

波乱の時代 特別版―サブプライム問題を語る

(追記)少し追記しました。ご容赦を。

*1:というと言いすぎか・・。確か早めに公的資金注入せよとか放言してたような記憶が蘇ってきた