正念場を迎えた金融政策と三つの「不幸」
世界的な金融危機の影響により、我が国は円高・株安が急速に進んでいるのは周知の事実である。各国の動向に目を転じれば、米欧は言うに及ばず、アジア各国においてさえも中央銀行が積極的な金融政策を行っているところであるが、金融危機が生じているにも関わらず我が国の中央銀行は表立った動きが生じていない模様だ。上智大学教授の藤井良弘氏は、「週刊エコノミスト」(2008.11.4)で『白川日銀総裁の半年 正念場はこれからだ』と題した論説を発表しているが、この中で懸念されている「白川総裁の正念場」が現実のものとなってきている。
藤井氏の議論を借りればこういうことだ。5月12日に日本記者クラブで行った白川総裁の講演「最近の金融情勢と金融政策運営」において、藤井氏は次のように白川総裁に質問をした。「今後、景気情勢が悪化しそうだが、現在は利下げ余地が極めて限られている。日銀は過去にゼロ金利、量的緩和策などを実践しており、必要ならば再び、そうした政策を採用するつもりはあるのか」。白川総裁の答えは以下のようなものだった。「量的緩和策の評価については直接言及せず、「金利政策発動の前にターム物金利の調節など、多様な金融緩和策を活用することができる」」。
世界的な金融危機という事態、そして実態経済の悪化が明確に確認されている中にあって、協調利下げという形で足並みを揃えず、金融市場の安定確保のための流動性改善策、企業金融の円滑化のための措置、年末越え資金の積極供給、ドル供給オペ拡充といった政策に留まっているのは藤井氏の論説で言及されている白川総裁の発言どおりである。その意味では、主義主張に合理性があり、市場はその意図を汲み取る形で自律的に行動することができる。
但し問題なのは、この所の株安で金融機関の自己資本は毀損し、例えば三菱UFJフィナンシャルグループが27日に1兆円の増資を決定した後で株価はストップ安となったように、サブプライム危機の影響が軽微といわれていた我が国金融機関に対しても世界的な金融危機は着実に悪影響を及ぼしている点、そして政府・日銀も認めているように実態経済の悪化が明確かつ深刻となっているという事態の中で白川総裁の「私論」が正当性を有するのかという点である。
金融危機が円高・株安という形で具体的に我が国に波及し、しかも外需の低下に伴って我が国の実体経済の悪化が明確になっている現状を鑑みれば、理論派の白川総裁が、今こそ自ら温存していた虎の子の政策金利を「利下げ」という形で適用する可能性は容易に考えられるのだが、そうならないところに我が国の不幸がある。
この「不幸」は三重の意味を持つ。一つは、白川総裁自身が虎の子の政策金利をゼロに戻してしまったら、その後の緩和策としては量的緩和策に逆戻りするしかなく、しかも量的緩和策に対しては過去白川総裁自身は否定的であったという事実である。この事実からは、実態経済の悪化を目の前にして白川総裁は容易に政策金利を引き下げることはせず、仮に引き下げるのであれば段階的かつ出来るだけ効果を高めるような方策を念頭に置きながら行うであろうことが予想される。つまり、白川総裁の発言を念頭においた日銀の行動は、金融危機の深化、実態経済の悪化に対して出来るだけプルーデント政策に頼りながら、どうしても必要な場合についてのみ虎の子の0.5%の政策金利を段階的、かつ諸外国との政策協調の一貫という形で出来るだけ効果的な形で引き下げるであろうことが容易に考えられるわけである。
しかしながらこの白川総裁の期待は、政府筋、特に経済財政に関する司令塔である与謝野経済財政担当大臣の発言によって見事に覆される。従来(総裁選)からも同様の発言が繰り返されているところだが、例えば最近のロイターの報道(http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-34564720081028)によれば、与謝野大臣は日銀の金融政策に関して「日銀の金融政策に関して、政策金利を0.25%に下げても経済効果は全くない」と語っている。尤も、経済財政に関する司令塔である与謝野経済財政担当大臣が日銀の金融政策が全く効果なしと発言することは日銀の独立性の観点から見ても重大な問題であり、政策手段に対する介入と取られても仕方ないだろう。そして日銀(白川総裁)にとっては、認識を一にして政策を行うべき政府から、量的緩和策を否定する中でのわずかな利下げによる政策効果が更に減じられるという不幸な横槍を入れられてしまった格好になってしまったわけである。これがもう一つの「不幸」である。
そして最後の「不幸」はこのような政策当局の意向に縛られている我々国民に対してである。政策担当者自らが権限のない政策手段について効果がないと公式に発言し、迅速な政策の発動がさえぎられた上で、仮に行うとしてもしぶしぶの対応のように演出させられるような国が我が国以外の世界各国であるのだろうか。
与謝野氏のこのような発言を許してしまったという事実は、従来から懸念されている白川総裁の政治力の無さという問題をクローズアップさせることにも繋がる。プルーデント政策ではなく思い切った景気対策への切り替えとともに、こういった政治力の行使も日銀には求められるのではなかろうか。勿論、白川総裁(日銀)の政治力により与謝野発言を演出しているのであれば最悪の事態であるが、大恐慌は政策担当者の無策・誤った政策により生じているという事実を(当然ご存知かと思うが)再考して頂きたいと思う次第である。
(追記 10/29 23:38)
韓リフ先生もブログでエントリしておられますが、利下げ情報がリークされていたんですね。常日頃某経済新聞をはじめとするわが国の各社の新聞の経済面は見ろといわれる以外は見ません(自分で考えた方が早いしfinalventさんのブログ見れば事足りる)ので知りませんでしたが、某媒体はこういう横槍がお好きですね。
過去も幾多となく事例がありますが、政策決定会合の前に「利下げの見込み」などという情報をリークして何が楽しいのでしょうか。日銀の政策決定の独立性には抵触しないんでしょうか?政策決定会合って何の為にあるのですか?日頃金科玉条の如く独立性独立性という割に、この国の経済政策の効果を減殺して自社の利益に埋没するのがそんなに快感でしょうか?
そういうのを「合成の誤謬」というんです。偉そうに毒にも薬にもならない三文記事を並べて高見の見物で楽しいですか?リセッションの影響を蒙るのは貴方達が飯の種にしている市井の人々です。貧困がどうとか格差がどうとか政策がどうとか高説を垂れて儲けた結果がこれですか?この国が抱える四つ目の重大な「不幸」を忘れていましたね。