岡田靖「目立つ輸出産業の急速な調整、懸念される危機感のギャップ」(インサイトコラム)を読む。

 今回の景気後退局面のような状況に直面するとやはり本物のエコノミストの意見を聞きたくなる。岡田さんは自分にとってそのようなエコノミストの一人だが、今回の分析も傾聴するに値するものだ。以下、簡単に紹介しつつ、いくつか自分目線で補足しながら論じてみることにしよう。
 今回の岡田さんのコラムは現在進行中の景気後退が過去の景気後退局面と比較してどのような特徴を有しているのかをいくつかの経済指標から整理している。比較対象としての過去の景気後退局面は「バブル崩壊時」(91年2月〜92年2月)、「97年危機」(97年3月〜98年3月)である。今回の景気後退局面は岡田さんは2007年11月としているが、これは「イワタ流景気動向指数」(岩田規久雄『景気ってなんだろう』ちくまプリマー新書)からみても尤もである。図表1は景気の勢いを示すCIから先行指数を選択しその6ヶ月前比をとったものと景気が後退か拡大かの判断指標を意味するDIから一致指数を選択して内閣府景気循環局面と対応付けたものである。CIの動きは左目盛り、DIの動きは右目盛りである。図表からはDI一致指数が安定的に50%を下回り、かつCI先行指数6ヶ月前比がマイナスをつけ続ける状況になれば景気後退期に入ったと考えられるが、我が国の場合は07年第4四半期、大体11月あたりから景気後退局面に突入していることが示唆される。そして先の「バブル崩壊時」、「97年危機」も上の景気後退期の定義に当然当てはまっている。

図表1 CI及びDIからみた景気動向

出所:内閣府景気動向指数』

 以上の点を念頭に置きながら、コラムに記載されている過去の景気後退局面と比較した今回の景気後退局面の特徴のポイントを5つ挙げると以下のとおりとなる。

○製造工業の生産指数は、ピーク時と比較して今回は13.3%の低下、97年危機は7.3%、バブル崩壊時は4%低下している。生産縮小ペースは今回が最悪である。(1)
○在庫水準をみると、ピーク時と比較して今回は4.3%の増加、97年危機は9.6%増加、バブル崩壊時は2.2%減少。在庫積みあがり度合いは97年危機ほどではない。(2)
○生産予測指数をみると12月は86.9(11月は94)。一段の生産の縮小が今後生じていくことを示唆している。今回の急激な生産調整を可能としているのが急速な雇用調整である。(3)
○非製造業で生じている被害は、今回景気後退局面は97年危機、バブル崩壊時と比較して軽微である。(4)
○今回の危機では製造業が急激な生産調整を進めているが、それが非製造業のウエートが高い大都市部で実感されるにはまだ時間がかかるだろう。(5)

 今般の景気後退局面の特徴が製造業を中心とした急激な生産調整に端を発しており、今後もこの傾向が持続されると見込まれるところがまず重要な点である。景気後退が広範に伝播していくかどうかを見るポイントは、製造業の深刻化がより進むか、そして非製造業への波及がどの程度進むかという点である。後者の点については、個人的には波及は進むと考えられる。理由の一つは雇用の動向である。
 もう少し詳しくみていこう。図表2は手がかりとして景気動向指数に含まれる雇用関連指標の動きを纏めたものである。新規求人数は先行指数、所定外労働時間指数(製造業)は一致指数、常用雇用指数及び完全失業率は遅行指数となっている。新規求人数の動きは景気に先行し、所定外労働時間指数は景気と同時期、残りの二つの指標は景気に遅れて推移する。「イワタ流景気動向指数」の着想に従い、先行指数である新規求人数は対6ヶ月前比をとってみている。


図表2 景気動向指数に含まれる雇用関連指標の動き


出所:内閣府景気動向指数』

 これらの指標から「バブル崩壊時」、「97年危機」と比較した今回の景気後退局面の動向をみていくと、今回の景気後退局面では先行指数である新規求人数のマイナスが景気後退局面に入る以前から進んでいたことがわかり、そして落ち込みの度合いは「バブル崩壊時」、「97年危機」と比較して既に大きくなっていることが示唆される。そして一致指数である所定外労働時間指数の動きは「バブル崩壊時」、「97年危機」と比較して軽微であるもののマイナスに突入しており今後更に深刻化する可能性が高いこと、そして遅行指数である完全失業率、常用雇用指数の悪化は今後生じる可能性が高いことがみてとれるのである。
 新規求人数がマイナスをつけている点が気になるが、これはどの産業において生じているのだろうか。厚生労働省「職業安定業務統計」から産業別新規求人数の変化(対前年同月比)を折れ線グラフ、産業別寄与度を棒グラフとして示したのが図表3である。「97年危機」の新規求人数の減少に大きく寄与していたのは製造業、建設業がメインであったのに対して、今回の景気後退局面で特徴的なのは圧倒的にサービス業のウエイトが高いという点である。規模別に比較するとこの新規求人数の減少は29人以下を中心とした小規模事業所において生じており、この点は「97年危機」と同様だが、今後一定のラグを伴いつつ、製造業の生産停滞がサービス業に波及することでサービス業において雇用削減の動きが本格化し、景気後退が広く実感されるようになる可能性が高いことを統計指標は示唆しているのである。以上のような認識に立ってみれば、生活不安除去のための対策といったものではなく、大規模な需要創出策を早めに発動させることが必要であることが理解できるだろう。

図表3 「97年危機」と今回の景気後退局面における新規求人数(含むパートタイム)の推移

出所:厚生労働省『職業安定業務統計』