08年9月以降の米国の金融政策をどうみるか?

 いくつか疑問の点もあるのだが、標題のテーマについて例の如くデータを用いながら少し整理してみることにしたい。以下で見ていきたいのは、昨日エントリしたバーナンキのスピーチ等で論じられているCredit Easingにも関連するが、08年9月以降の米国FRBの政策が量的緩和政策と比較してどのような効果を与えうるのかという点である。
 勿論、量的緩和策と08年9月以降の米国FRBの金融政策とは異なっている。しかしながら中央銀行のバランスシートの拡大を促すという意味では両者は同じ側面を有しており、政策の発動を通じてマネーサプライの拡大を図っていくという点においても同じだろう。このような視点に立って、以下、08年9月以降の米国金融政策と量的緩和策の状況についてみていくことにしたい。

1.量的緩和時のマネタリーベースとマネーサプライの動き
 一つの評価軸としては政策を発動することでマネーサプライにどのような影響が生じるのかという点だろう。量的緩和策の場合は日銀当座預金の残高を操作目標としてマネーを供給し、そのことで金融緩和を図ったわけである。図表1は量的緩和策が発動された01年3月から06年3月までのマネタリーベースを、日銀当座預金とその他(日本銀行券発行高と貨幣流通高の和)に分けてみたものである。図表ではやや分かりにくいが、量的緩和策の発動に伴い、日銀は01年3月から04年1月にかけて日銀当座預金を段階的に増加させ、04年1月以降は30〜35兆円程度で推移している。量的緩和政策時の日銀当座預金残高は6兆円から30〜35兆円と大体30兆円の増加、マネタリーベースのうち日銀当座預金以外の値は60兆円から80兆円弱まで増加しており、大体20兆円程度の増加ということになる。

図表1:量的緩和時のマネタリーベースの推移

出所:日銀資料

 次にマネーサプライの動きについてみていこう。2.で米国のデータと比較するため、M2+CDとM1の二つの指標について図表2では纏めている。M2+CDは640兆円から710兆円、M1は250兆円から400兆円弱の増加となっている。量的緩和策の期間のM2+CDの前月比の平均伸び率は0.18%、日銀当座預金残高を30〜35兆円で推移させた04年1月以前と以降で伸び率を比較すると、各々0.2%、0.15%となっており、日銀当座預金残高の規模を拡大させた04年1月以降の方がM2+CDの伸びはわずかに停滞していることがわかる。M1についてみると、量的緩和策の期間の前月比平均伸び率は0.8%、04年1月以前の平均伸び率は1.2%、04年1月以降の平均伸び率は0.4%であり、M2+CDの場合と同様に日銀当座預金残高の規模を拡大させた04年1月以降の方がM1の伸びは停滞していることがわかる。

図表2:マネーサプライの動き(M2+CD、M1)

出所:日銀統計、マネーサプライは平残、季節調整済である。

 最後に貨幣乗数についてみよう。図表3は量的緩和時におけるM2+CD、M1をそれぞれマネタリーベースで除した値を示している。貨幣乗数はM2+CD及びM1それぞれについて二種類づつ描かれているが、青色の折れ線グラフはマネタリーベースを分母に、MB1はマネタリーベースから日銀当座預金残高を除いた値(つまり日本銀行券発行高と貨幣流通高の和である)を分母にした場合の値を示している。図表からは量的緩和時におけるM2+CDの貨幣乗数(マネタリーベースを分母としたもの)は量的緩和導入当初は9倍程度だったが日銀当座預金残高の目標値が引き上げられるにつれて低下していき04年以降は6倍程度で安定していることがわかる。日銀当座預金残高を除いたベースで貨幣乗数を求めた場合には落ち込み幅は少ないものの貨幣乗数は減少し、03年以降は9倍程度で安定していることがわかる。

図表3:量的緩和時における貨幣乗数の推移(M2+CD及びM1)


 M1についてはどうだろうか。マネタリーベースを分母にした場合の貨幣乗数は03年4月以降安定して推移している。日銀当座預金残高を除いたベースでみると、貨幣乗数は01年の時点では4倍程度だったが、02年1月から半年間ほどの間に4.5倍程度まで増加し、その後は緩やかに増加しつつ5倍弱に達している。
纏めると、量的緩和時において、マネタリーベースを分母、M2+CDを分子とした貨幣乗数は01年3月から03年2月ごろまでにおいては9倍超から6倍半ば程度にまで下落した。この間の貨幣乗数の低下には日銀当座預金残高の増大が大きく影響している。一方でM1についての貨幣乗数はM2+CDの場合ほどに大きな変化はないが、M2+CDの場合とは異なりマネタリーベースを分母とした際の貨幣乗数は横ばい、マネタリーベースから日銀当座預金残高を除いた場合の貨幣乗数は緩やかに上昇していることがみてとれる。

2.08年9月以降におけるマネタリーベースとマネーサプライの動き
 我が国の場合と同様に米国FRBの統計資料を用いてマネタリーベースの動きからまず確認してみよう。米国の場合、マネタリーベースはCurrency in circulationとReserve balances with Federal Reserve Banksの和である。図表4からも明らかなとおりだが、マネタリーベースの急拡大は08年9月以降から生じており、かつそれはFRBが抱える超過準備額の急拡大を反映してのものであることがわかる。このあたりはmacroblog*1で議論されている話題にもつながっていく。

図表4:米国マネタリーベースの推移

出所:FRB資料

 次にマネーサプライの動きをみよう。図表5はM2及びM1についてその推移と伸び率を記載している。特徴的であるのは、マネタリーベースを拡大させた08年9月以降のM2及びM1の変化である。我が国の量的緩和時のマネーサプライの変化率は先述したとおりM2+CDにおいては平均して0.18%であり、各月の伸びをみても前月比1%を上回る期間はない。しかしながら米国のM2は08年9月以降増加を続けており08年9月〜12月の対前月比を平均すると1.3%である。M2の伸びに与える影響という意味では我が国の量的緩和策の状況と比較してインパクトは大きい。M1についてみると、08年9月〜12月の米国M1の伸びは平均して前月比3.2%であり我が国の量的緩和政策時のM1の伸びと比較して大きいことがわかる。

図表5 米国マネーサプライの動き(M2及びM1)

出所:FRB統計、週ベースのデータの単純平均を取り月次とした値。

 最後に貨幣乗数についてみよう。各所で取り上げられている別名「ゼロハチダイバー」*2なるM1についての貨幣乗数の動きだが、我が国の場合と同様にマネタリーベースから超過準備分を除いた貨幣乗数を合わせて作成してみたのが図表6である。図表中でMBALLと記載されている貨幣乗数がマネタリーベースを分母とした場合、Ccと記載されている貨幣乗数がマネタリーベースから超過準備分を除いた値(つまりCurrency in circulation)を分母とした貨幣乗数である。マネタリーベースを分母とした場合には特にM1において貨幣乗数は1を割り込むという状況だが、図表のとおり超過準備分を除いた貨幣乗数をみるとM2についてはほぼ横ばいで推移しており、M1については僅かながら上昇していることがみてとれる。
 我が国の場合、量的緩和策の実行により日銀当座預金残高が増加していくのと平行してマネタリーベースを分母とした貨幣乗数(M2+CD)は減少し、同時にマネタリーベースから日銀当座預金残高を除いた場合の貨幣乗数(M2+CD)も減少した。米国の場合はマネタリーベースを分母とした貨幣乗数’(M2)は日本以上のペースで落ち込んでいるものの、マネタリーベースから超過準備を除いた値を分母とした貨幣乗数(M2)は横ばいとなっている。そしてM1についての貨幣乗数は我が国と米国の場合はマネタリーベースを分母とした場合には減少し、マネタリーベースから超過準備(日銀当座預金残高)を除いた場合には増加に転じている。

図表6 米国貨幣乗数の推移(M2及びM1)

出所:FRB統計

3.まとめ
 以上、2008年9月以降の米国金融政策について、同時期のマネーサプライの動きや貨幣乗数、我が国の量的緩和時の状況を整理してみた。マネタリーベースの急拡大の背景には超過準備の急拡大があり、超過準備の急拡大は付利が影響していることは明らかである。08年9月以降の米国金融政策のパフォーマンスを評価する一つの軸はマネーサプライの変化であり、M1やM2の伸びは量的緩和策時の我が国を大きく上回っている。この点については、08年9月以降の米国金融政策のパフォーマンスは量的緩和策と比較して良好といえる。
 図表7はこれまで見た貨幣乗数の状況を比較するため、米国の場合は08年9月、日本の場合は01年3月の貨幣乗数を1とした場合の指数としてその動きをみたものである。貨幣乗数で見る限り、08年9月から12月までの米国金融政策にともなう貨幣乗数の変化の特徴は、マネタリーベースを分母とした場合の貨幣乗数の急低下という点を指摘できる。特にM1で見た場合には日本の貨幣乗数はほぼ変化がないのに対して9月から12月までの4ヶ月間で既に米国の貨幣乗数(M1/MBALL)は4割低下、M2についてみても日本の貨幣乗数よりも急激に低下している。08年9月から12月までの間にマネタリーベースから超過準備を除いたベースでの貨幣乗数はM1については5%拡大しているが、12月以降のCredit Easingへの移行や更なる緩和策の発動に伴ってどのように変化していくかは注視していく必要があるだろう。量的緩和の際にはM1で見た貨幣乗数は増加したものの、M2+CDで見た貨幣乗数日銀当座預金残高を除いた場合においても低下した。この事実は02年以降景気回復局面に入ったもののデフレ脱却とは至らず、本格的な好況と呼ぶべき状態が生じなかったことの背景としてある。付利が導入されている現段階ではマネタリーベースで見た貨幣乗数には意味がないと考えられるが、超過準備を除くM1及びM2で見た貨幣乗数が拡大していき、バーナンキの言う自動調整作用も伴いつつ超過準備額が減少していくことでマネタリーベースで見た貨幣乗数が増加に転じていく状況が生じることを期待したいところだ。

図表7 貨幣乗数の比較

出所:FRB統計及び日銀統計から作成