産業連関表からみた各需要項目の影響分析

 輸出の経済成長への寄与をどのように見たらよいのだろうか。以下、平成17年産業連関表を元にしながら、構造分析を行ってみよう。注意すべきは輸入の持つ意味である。

1.モデルと競争輸入型、非競争輸入型の違いについて
 産業連関表を用いるにあたってモデルを明らかにしよう。今回推計にあたって用いるのは非競争輸入型モデルである。公表ベースの産業連関表(生産者価格評価表)では、部門間の取引として国産と輸入が明確に区分されていない。これは競争輸入型と呼ばれるが、非競争輸入型は部門毎に国産と輸入とを明示的にわけるというものである。
 なお、総務省から公表されている産業連関表では付帯表として、中間需要、最終需要のそれぞれに含まれる輸入の流れを記載した輸入表が公表されており、この輸入表と公表されている生産者価格評価表を用いると、競争輸入型から非競争輸入型へと組み替えが可能である。
 以上から非競争輸入表(108部門)を作成した。分析にはこの108部門の非競争輸入表を34部門に再度組み替えた産業連関表を用いている。参考までに競争輸入型と非競争輸入型のイメージは以下のとおりである。

参考:競争輸入型と非競争輸入型

 競争輸入型と非競争輸入型の違いは、産業連関表を横から見た場合に輸入の販路構成が明確になされるということである。そして、ある産業、例えば農林業が100の生産を行うには中間投入が必要だが、競争輸入型では農林から10、工業から20投入するという情報しか分からなかったのに対して、非競争輸入型では国産の農林業から中間投入として6、輸入品をそのまま中間投入として4、国産の工業から4、輸入によって16を用いて生産を行っていたことがわかる。
 以上を(いささか大げさだが(笑))モデルとして記述しよう。生産額をX(n×1行列)、生産額Xを生み出すために必要な国産品投入の割合(中間投入係数)の行列をAD(n×n行列)、同輸入品投入の割合をAM(n×n行列)、輸入額をM(n×1行列)、国内最終需要のうち国産品に対するものをFD(n×1行列)、輸入品に対するものをFM(n×1行列)とする。すると、上の参考の図式から、需給のバランスは以下のとおりとなる。

国産分:X=AD・X+FD (1)
輸入分:M=AM・X+FM  (2)
国内最終需要(輸入除く):F=FD+FM

 よって、FDが変化した場合の誘発額Xは(1)を展開して、ΔX=inv(I−AD)・ΔFD
(ただしinv(I-AD)は単位行列IからAD行列を引いた行列(I-AD)の逆行列を示す)となる。同様に輸入額の増加は、(2)式から、ΔM=AM・ΔX+ΔFMとなる。
 まとめると以下のとおり。

ΔX=inv(I−AD)・ΔFD (3)
ΔM=AM・ΔX+ΔFM    (4)

(4)式をみると分かるとおり、輸入の増加は、その輸入財を単に中間投入として用いる場合と輸入財を使って消費や投資といった行為を行う場合に分けることができる。以上を念頭に置きながら、FD及びMが変化した場合に、GDPにどのような影響が生じるのかを考えてみよう。
まず、FDが増加した場合の生産額の変化(生産誘発)は(3)式の通りだが、これに部門毎の付加価値率(付加価値額/生産額)を乗じれば、FDが増加した場合の付加価値額の変化を求めることができる。これは、(5)式となる。

v・ΔX=v・(inv(I−AD)・ΔFD) (5)

 付加価値への影響は、(5)式から、(4)式を引くことで得られる。纏めると(6)式となる。

 付加価値額への影響=v・(inv(I−AD)・ΔFD)−AM・ΔX−ΔFM  (6)

 よって、産業連関表により消費、投資、輸出入といった項目の変化が付加価値にどのような影響を与えるかを把握するには、(6)式の各項の計算を行えばよいということになる。

2.非競争輸入型産業連関表(平成17年表)を用いたGDPへの影響
 まず、計算を行う際には産業連関表の最終需要項目とSNAのコンポーネントを対応づけつつ、各項目の2003年から2007年までの変化額を計算し、それを非競争輸入型産業連関表の構造に基づいて国産分の最終需要変化額、輸入分の最終需要変化額を求める必要がある。((6)式のΔFDとΔFM)これを求めた結果が図表1である。図表1の国産品最終需要変化がΔFDに、輸入品最終需要変化がΔFMに対応する。
図表をみると、最終需要の変化の大半が国産品の増加によるものであることがわかる。図表から最終需要の増加のうち輸入の増加としてカウントできるのは1465(10億円)である。

図表1:名目GDP増加に伴う国産品最終需要変化額と輸入品最終需要変化額(10億円)

 参考までに、34部門ベースでどのようになっているかを示したのが図表2である。これを集計した値が図表1になるわけだ。

図表2:名目GDP増加に伴う国産品最終需要増加と輸入品最終需要増加(部門別)
<国産品最終需要増加:10億円>

<輸入品最終需要増加:10億円>


 次に(6)式に基づきながら計算した結果が図表3である。
まず1付加価値増加額(国産品)は(6)式のv・(inv(I−AD)・ΔFD)の部分を示しているが、ΔFDとして消費、投資、政府消費、公的固定資本形成、在庫、輸出の増分をそれぞれ与えて計算した結果である。更に2輸入品最終需要変化は、図表2のΔFMにマイナスを乗じた値、3生産誘発により必要となる輸入額は1の過程の生産増(ΔX)に伴って生じる輸入額の増加である。4は1から3の項目を(6)式にしたがって計算した値である。

図表3:最終需要増加に伴う付加価値誘発額


図表4は、図表3のシェアをグラフにしたものである。明らかな通り、輸入額の増加を考慮しても、名目GDP増加額に占める輸出の割合は高い。

図表4:名目GDP増加額に占める各項目の割合


さて、ここまでご覧になった方はhimaginaryさんがエントリの最後で計算された結果とはかなり異なっていることに気づかれるだろう(但しhimaginaryさんの指摘どおり、輸入の差額を考慮しない形ではほぼ同じ格好となっている。それは追記の意味合いで。)。輸入を考慮しても輸出の位置づけは高いのだから。
確かに図表3をみると、輸入の変化は2と3を足し合わせた額であるため8356(10億円)となっている。しかし、2003年から2007年までの輸入の増加額は31291(10億円)なのでかなり足りない。ではどうするか。
いくつか方法があるが、一番簡便な方法は足りない輸入の増加額(31921−8356)を図表3の2及び3の情報から各最終需要別に割り振るというものである。こうすれば、輸入以外の項目の変化額を修正する必要はない。そして全てが整合的になるように産業連関表を作成しなおす必要もない。もっと厳密に計算するのなら自国と外国を考慮して、非競争輸入型を明示的に折り込んだCGEモデルを回せば可能だが、そんな時間はない(笑。ということでやってみたのが、図表5である。
 シェアを求めてグラフにすると図表6のようになるが、それでも輸出のシェアは高い。
なぜかといえば、輸入の増加は、消費、投資、在庫増加、輸出といった最終需要の増加が生産の増加を生み出し、それによって中間需要として購入される割合が高いためである。消費のための輸入、投資のための輸入という要因もあるが、産業連関表に即してみる限りは、(直感とも整合的だが)その割合は小さい。交易条件の悪化分だからといって輸出増に伴う付加価値の増分から輸入増を差し引くのは以上から無理があるのではないだろうか。輸入として一括りにするのは単に分析上の都合・定義としてそうなっているだけであり、生産・消費・投資・輸出といった一連の経済活動の中で行われている点に注意すべきだ。

図表5:最終需要増加に伴う付加価値誘発額(輸入を調整した場合)


図表6:名目GDP増加額に占める各項目の割合(輸入を調整した場合)

(追記)
 himaginaryさんがブログで追加してエントリを立てていらっしゃり、私もそれについてコメントさせていただいたが、頭の整理も兼ねて自分視点で交通整理をしてみよう。
 まず、輸入の扱いだが、himaginaryさんが使われている誘発係数は、競争輸入型の産業連関表をベースに輸入係数を計測した上で総務省が計算・公表している値である。この場合、輸入の販路構成が明らかではないので、個別財の需要に関して一律に財毎に平均的な輸入割合が適用される。一方で非競争輸入型の場合は、輸入の販路構成を反映した形で付加価値誘発(生産誘発)に伴う輸入増加分を考慮することができるのが特徴である。ちなみに非競争輸入型で得られる誘発係数は、消費・投資・輸出といった最終需要項目が生産にどのように影響していたのかという事後的な構造を分析するのに適しており、輸入の販路構成は通常安定的でない。よって、将来見通しや良く行われる経済効果分析には用いられることは少ない。この理由が競争輸入型で通常産業連関表が作成され、それに沿った誘発係数が用いられている理由である。今回の場合は、2003年〜2007年という過去生じた変化が付加価値誘発という側面でどの程度付加価値に寄与したのかをみているため、その意味では非競争輸入型のほうが望ましいのではと思う。但し、輸入価格が急激に高騰したりすると輸入の販路構成はそれを反映して大きく変化する。そのような変化は折り込むことはできない。その点はhimaginaryさんのやられた分析も同様である。そして、現状2007年簡易延長表が確か公表されていると思うが、こちらを当時の輸入の販路構成に基づいて分析することはできない。なぜなら輸入マトリクスが公表されていないためである。
 この点に関連して、自分が考えていることが、内生的な形で、つまり国内生産をするために輸入をするという意味合いで偏っているとの指摘があったが、そもそも、消費・投資・輸出・輸入・生産は同時に決定するものである。(これは産業連関表のモデル自体が需給均衡していることから明らかである。)なので、輸入価格が高騰することで輸入額が増加した場合、その輸入財を用いてこれまでと同じ費用構成で生産ができないのであれば、価格転嫁ができないため名目ベースの生産額の伸びは価格転嫁が可能な場合の生産額の伸びと比較して低下し、そして消費や投資や輸出も輸入価格が上昇するほど価格を上げることが出来ないならば価格転嫁の不十分さを反映して同様にあまり増加しなくなる形で需給は均衡する。波及効果は需給均衡を前提としているので、突然価格が高騰したことで輸入額が増加したとしても、計算で適用されている産業構造で需給が均衡するように生産・中間需要(投入)・消費・投資・輸出・輸入が同時決定される。
 エントリの中で消費・投資・輸出が増加した場合の生産誘発を出し、それに応じた輸入額の増加を(輸入して消費・投資する分も含めて)計算すると、現実に成立していた輸入額の増加と大きく乖離しているという状況があるのを見たが、この原因の一つは2005年産業連関表が輸入価格が高騰した局面での産業構造を反映していないことがあるといえる。例えば、経済産業省が公表している簡易延長産業連関表や延長表をみると、輸入価格の高騰によって価格転嫁が進まず、その結果構造が変化していることが(競争輸入型の表ではあるが)確認できる。
 では、輸入価格の高騰による交易条件の悪化は、何処にも行き場の無い影響?なんだろうか。消費・投資・輸出は国内で我々が生産した財がどのように需要されるのかという需要の使い道を示すものである。そして輸入は国内で生産せずに海外から購入するという形の需要の使い道を示すものである。輸入価格の上昇によって交易条件が悪化するというのは、輸入の販路の多くが中間需要として向けられている以上、一義的に国内生産活動に影響する。そして消費や投資、輸出といった需要の使い道にも同時に影響するのであって、輸出にのみ影響するのではない。以上から、輸入の差額を輸出により生み出される付加価値誘発から差し引くのは適当でないと思うというのが感想だろうか。寧ろ、輸入額の増加分を別途項目として表記して、グラフにした方が誤解が少ないのではないだろうか。何処にも行き場のない影響なら、何処にも関連付けずにそのままにしたほうが良い。
 最後に、輸入価格上昇といった価格が経済に与える効果を分析するには、以上のような産業連関表の数量モデルは適していないという見方がある(himaginaryさんのところでコメントしたのはこの趣旨)。但し、相対価格変化に伴う調整が上手く進まない状況と捉えるのならば数量モデルでも十分に意味を達成するのではないかと思う。