若田部昌澄「日銀券ルール」の誤謬」を読む。

 久々に日銀ネタ。ドラエモンさんが去り、荒れてしまった某掲示板でも日銀券ルールについて親切に答えていた方が居たが、白川総裁がこのタイミングで「日銀券ルール」を持ち出したのは、量的緩和導入に反対していた当時の白川氏がこのような事態に対して用意した最後の布石なのだろうかとも思うこの頃である。
 若田部教授のVoice5月号のコラムは、この「日銀券ルール」についてである。論じられている点は全く正しい。そして、FRBの政策対応についての好意的な評価は、現在の状況を見る限り正しいといえるし、同時に掲載されているクルーグマンも同じ意見である。興味のある方は是非お読みいただきたい。
 さて、お前はオペのイロハも知らないといわれるかもしれないが、はっきり言って「日銀券ルール」は虚妄だろう。「日銀ルール」とは長期国債保有額を日銀券発行額の限度内に納めるというルールを指している。
 日銀がこのルールに固執する理由は総裁の発言を眺める限り二つあるが、一つはこのたがをはずすと財政ファイナンスにつながるというものである。日銀が国債保有し続けると財政を金融が負担することにつながるというものだが、現在求められているのはそのような政策である。赤字国債を発行するという話題があり、そして財政赤字の懸念が依然として言われていて、かつ深刻なデフレに陥る可能性も否定できないという三点セットの状況で、なぜ財政ファイナンスをしようとしないのかは正直いって疑問である。
 もう一つの理由は、日銀のバランスシートの資産側に記載される長期国債と、その裏づけとなる負債側の日銀券発行額との関係である。長期国債という資産を持つには日銀券という負債を伴う必要があり、日銀券をどの程度市中が持つかは日銀がコントロールできない、というのが白川総裁の説明である。
しかし、現在においては白川総裁が短期金融市場を維持するために設けた素晴らしい仕組みがある。超過準備に対して付利を与えるというものだ。超過準備に対して付利が設けられていれば、長期国債を購入した際に銀行が超過準備としてその代金を蓄えれば金利も付くので銀行券ルールを逸脱して日銀は金利の付いている資産を購入することも可能である。結局のところ何が制約になっているのかが良く分からないのである。
 なお、量的緩和導入時において「日銀券ルール」が設定されたという話をしたが、確か以前もそのような議論があった。ご興味のある方は(既にご存知かもしれないが)懐かしのbewaadさんのこの記事*1あたりを読まれたい。

Voice (ボイス) 2009年 05月号 [雑誌]

Voice (ボイス) 2009年 05月号 [雑誌]

(追記)若田部先生の論説は日銀券ルールから、今後政策としてどうすべきかという話題が論じられています。勿論、こちらの方が重要です。田中先生もフォローされていますが、若田部先生の政策提言の意味をもっと政治家含めてみんなで考える必要があるでしょうね。
 それで日銀券ルールについてちょっと補足的に考えてみます。以下誤りなどあればお教えいただきたいのですが、これはそもそも我が国の量的緩和策が導入された際に設けられたものです。日銀の認識(説明)は、日銀券発行額は金融機関がマネーをいくら持つのかは金融機関が自由に決められるので日銀側ではコントロールできない、だから国債をはじめとする利子が付く資産をいくらでも買うことは無理だというものでした。bewaadさんの記事のとおり、日銀券ルールを適用するということは利子が付く資産の買取に日銀が限度を設けているわけなので、限度まで買い切ればマネーの増加は止まるという目標にコミットしていることになります。すると、期待した効果は半減してしまいます。
 そして、当時の量的緩和策のもとでは当座預金残高を政策目標としているので、日銀券発行額の限度(と日銀が説明している額)一杯の状況で国債を売った(中央銀行から見れば国債を買った)金融機関は得たお金を何か別の資産に投資するか日銀当座預金として預けるか日銀券として保有するしかないわけです。当時ブタ積みといわれたわけですが、当時の金融機関は不良債権処理にやっきであり、上記のコミットメントの理由を含めて他の資産を買うことはありませんでした。
 とすると日銀当座預金に預けるか日銀券として保有しておくしかないわけですが、日銀当座預金として預けた場合には、今度は量的緩和策で当座預金残高の目標値を決めているわけなので、目標から超過した分は日銀はオペで吸収することになるのです。そうすると、結局何をやっているのかわからないわけですね。単に当座預金残高を目標額分だけ増やしただけという話になってしまうので、せいぜい銀行が手持ちの預金を増やしておくことで信用リスクを回避できる、もしくはシステミックリスクを減らすという効果しかありません。この意味でプルーデンスとしての意味しかなかったということです。更に言うと、時間軸効果が微弱ながら働いたということになっていますが、以上の枠組みから将来のマネー増加に十分コミットしていないのにインフレ率が安定的にプラスになるまで緩和すると言っても中々信じれないでしょう。更に言えば、量的緩和解除時の状況ではコアCPIが安定的にプラスではありませんでした。解除当時も数ヶ月わずかなプラスくらいでは安定的にプラスとはいえないという議論があったのですが、基準年次が変わると判断基準であったコアCPIの上昇は実は上方バイアスの影響が大であり、実体はマイナスだったのが数値として明らかになってしまったわけですから。
 これらの話を考慮すると、FRBが行っている信用緩和が日銀の量的緩和とは明らかに違うということがわかると思います。FRBの場合は、自己の中央銀行の資産側に着目して、利子つきの資産を買いまくっているわけです。この資産購入は以前ボイター論説で見たように、市場からリスクのある資産(金融機関にとっては処理したい資産)を除去し、代わりに財務省証券といった安全資産を注入するというFRBポートフォリオの組み換えと、資産を増やすことでFRBのバランスシートを拡大させるという量的拡大の二つの効果を持っています。FRBが資産を買うことで金融機関ないし資産の保有者はお金を得るわけですが、日銀が行った量的緩和策とは異なり、当座預金として一定額以上預ければ超過分は利子が付きます。つまり買い手にとっても安心して危険な資産を売ることが出来るということです。当座預金残高に目標を設けていないため、市場が安定してくればFRBはバランスシートを拡大させる必要もなく、金融機関も付利よりも有利な金利で資産を購入するインセンティブも働きますので、当座預金残高は減り、そして資産も減り、バランスシートの拡大は和らいでいきます。バーナンキが市場を通じて出口政策を行うという話はまさにこの点を指しているのです。