「世界金融危機」は終わったのか?

 恐らくこれから年末にかけての話題といえば、世界的な景気後退がどの段階で収束し、我が国も含む世界経済がどのような形で回復に転じていくのかということだろう。
 確かに23日のFOMCの声明によれば、米国経済は深刻な落ち込みを経て回復しているという認識が示されている。ただし、この「回復」はかなりの限定付きであることに注意すべき、というのが順当な見方だろう。市場もインフレ期待が安定的であるという声明の趣旨を受けて、今後も低金利が持続するとの見方が有力であり、事実株価も上がり、国債金利も低下している。以上の市場の動きは好ましい傾向だ。
では、かなりの限定付での「回復」というのはどのような意味合いなのだろうか。個人的には、現状は良好なセクターと深刻なセクターの二つが同居しているのが米国の経済状況なのではないかと考える。
 つまり、良好なセクターとは金融市場である。金融市場は信用緩和政策によりFRBがバランスシートを拡大し、かつ市場をFRBが下支えすることで回復に転じている。昨年、金融機関が利益を上げたという報道も出たが、金融危機なのになぜ銀行が利益を上げることができたのだろうか。それは、FRBが行っている低金利政策と超過準備に付利を適用するという政策により、これまでよりも低いコストで資金を調達しつつ、流動性が不足している借り手に高い金利で貸し出すことが可能だからである。FRBによる市場の下支えは、スプレッドが急拡大した市場を沈静化した。ただし、この動きは民間による自立的な市場取引の結果として生じているわけではないことに注意すべきだ。いわば、FRB財務省による手助けを借りている状況である。
 深刻なセクターとはどこだろうか。勿論、実体経済である。各種統計やFOMCでも指摘されているように、雇用面の悪化はまだ止まっていない。住宅市場も下げ止まりの兆候は出ているが力強い上昇というわけではない。SNAの数値を見てもデフレーターの伸びはプラスを維持しているものの、低下している。更に期待インフレ率も1%台とリーマン・ショック時以前の水準を回復しているわけではない。信用緩和政策が質的・量的双方の緩和によって金融システムの下支えとインフレ率を高めるという二つの目的を有しているのならば、期待インフレ率から見た信用緩和政策の効果はまだ不十分ということだろう。
 そして実体経済に影響を及ぼすのは名目金利ではなく実質金利である。リーマン・ショック時と比較して低下した各種名目金利と、低下が続く期待インフレ率とを勘案すると、実質金利リーマン・ショック前と比較してほとんど変化していない。また、BBB格の社債や地方債といった債券の金利は名目ベースで横ばいか上昇しているため、実質金利は高どまっている。
 このようにみていくと、現在の状況は二つのセクターにおける異なる感覚が互いに綱を引っ張りあっている状況とも言えるだろう。さて、悪化している実体経済の力が勝るのか、もしくは金融市場の力が勝るのか。現時点で予想できるのは、財政政策の影響が(米国でも)弱いという事実だろう。ジョン・テイラーは減税策の効果を分析しているが、実体経済への効果は薄いことがわかる。やはり、今回のような深刻な状況においては実需に即繋がるような公共投資を重点的に行うことが必要のようだ。米国の財政政策は10月頃から効き始めると考えられるが、これがどの程度実体経済を下支えするのだろうか。一般に懸念される財政赤字の動向を考えると、継続して財政政策を行うのは難しい。となると、頼みは金融政策ということになる。財政政策を梃子にして、期待を変えることができる政策として現在必要なのは、恐らく明確な形でインフレターゲット政策に舵をきり、国債の買取り額を拡大するということではないだろうか。
 リーマン・ショックのような急激な信用危機に際しては、金利が一様に変化するというわけではないことが、現時点で分かったことなのかもしれない。この意味で、市場の状況に応じて資産を買い取り、市場を下支えするというFRBの戦略は正しかった。一方で、危機の中で量的緩和を進めることで期待インフレ率を好転させるという側面については現状まだ道半ばといえるだろう。危機が海外にまで伝播している状況や財政赤字が国内主体によってファイナンスされていないという点を考慮すると、米国の抱える状況は我が国よりも遥かに困難である。二つのセクターの綱引きがどちらに転ぶのか、今は「世界金融危機」が終わったといって安心は出来ず、むしろこれから最も重要な局面に入っていくと私には思えるのである。