田中秀臣『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』を読む

 2006年2月1日、バーナンキ氏がFRB議長に就任した。本書はバーナンキ氏の生い立ち等ではなく、その経済政策に関する考え方に焦点をあてつつ、ひいては現在日本に必要なマクロ経済政策とは何かを論じる本である。
 まず本書にインパクトを与えるのはそのタイトル「世界経済の新皇帝」だろう。岩井克人「二十一世紀の資本主義論」ではないが、膨張する資本主義世界の中において真の危機と言えるものが基軸通貨国の通貨価値の下落(=ハイパーインフレ)であるとすると、米国の通貨の番人たるFRB議長は米国経済のみならず世界経済の命運を担っているものと理解できる。その意味でも「世界経済の新皇帝」という謂は決して誇張ではない。また帯に記載された「日銀はケチャップを買え!」という言葉は有名だが、文字色も含めてケチャップを連想させるという遊び心もきいている。
 内容を見ていくと、第1章はイントロダクションとしてバーナンキ氏のFRB議長就任までの流れを簡単に纏めており、第2章、第3章ではバーナンキ氏の寄り所であるマクロ経済学、氏が行ってきたデフレ研究、そしてインフレターゲット策が分かりやすく解説されている。最後に第4章ではバーナンキ氏が指揮するFRBが我が国にもたらすインパクトが論じられる。かなり盛り沢山の内容だが、マクロ経済政策・特に現代の金融政策として何が求められているのかを考えるためには必読の書だろう。偉そうな事は言えないが、バーナンキ氏自らの講演録を纏めた「リフレと金融政策」と合わせて読むとより理解が進むと思われる。
 本書で私が感じた点は、主に2点ある。まず一点目は、本書がバーナンキ氏の経済理論を幅広い観点から理解させてくれるということである。特に、読み進める過程で古典的なケインジアン体系から入り、次第にニューケインジアンモデルに移行していくといった議論の進め方、貨幣的要因が実体経済に与える影響をどう考えるのか、「金融システムの不安定性」といった非貨幣的要因と貨幣的要因がどのようにデフレに作用するのか、「インフレターゲットと物価水準目標の合わせ技」の含意といった点が印象に残った。
 2点目は本書で纏められているバーナンキ経済学に即して我が国の経済政策を見た場合、なぜ我が国がデフレに陥っているのかを納得させてくれるという点である。「構造改革」がデフレを克服する道と説き、名目金利のゼロ制約から「他に何をすれば良いのか」と居直り、あげくの果てには金利・マネーサプライの動きはGDPに影響せず「自らには手だてがない」と主張する日銀の姿勢こそ問題であり、見栄に囚われずデフレを根治する為に考えられる事を貧欲に行うといった姿勢こそが現在求められるのではないか。
 「何も難しい訳ではない。ケチャップを買うのがいやなら本書を買って熟読し、実行してみればすむ」と軽口をたたきたくもなる。
 通常、ある個人を取り上げた書籍はその人の生涯が描かれる事が多い。前議長のグリーンスパンは「神」と称されたが、いずれ彼の行った輝かしいFRB議長時代を全て考慮した書籍が書かれることになるのだろう。本書は先にも述べた通り、バーナンキ議長の研究から明らかとなる経済政策を論じたものであり、バーナンキ氏、および今後のFRBに対する期待を予感させる本である。
 あとがきにもあるとおり、世界経済の新皇帝に日本みずからが「ジャンク」と呼ばれることのないよう、バーナンキのもたらした贈り物を汲み取っていく努力こそが日本経済、特に「神として振る舞うものの(今の所)疫病神の位置づけに留まっている日銀」にとって必要ではないだろうか。