米国住宅バブルはいつになったら終わるのか?

 今回生じている世界的な金融危機に伴う株安、為替相場の変動の根源は米国の住宅バブルの崩壊が大きく影響していることは衆目の一致した見方だろう。今般の金融危機が収束するには、各国政府当局の具体策がどの程度早期で実施されていくのかといった点が大きく影響すると考えられるが、危機の端緒となった住宅バブルはどの段階で収束を迎えるのだろうか。以下、この点について簡単な推計を交えつつ考えてみる。
 住宅バブルがどのタイミングで底入れするかについてはIMF WEOにおける見通しでは2009年中との見方がなされており、先週末の報道(日経)では武藤前副総裁がケース・シラー住宅先物価格から2010年中ごろとの見通しを披露している。個人的には、ケース・シラー住宅先物価格はCMEのサイトからも明らかな通り、対象となっている都市の数が少なく、そもそもケース・シラー価格全体を見通すには不十分だと考えられること、さらに原油価格上昇局面においても同様だったが先物価格カーブの動向自体は、現時点での価格水準に大きく左右されるため、信頼性が薄いと思われる。よって、以下では簡単な推計から住宅価格のファンダメンタル値(理論値)を導出した上で、現在成立している価格との乖離と住宅価格の下落の度合いから、どのタイミングで住宅価格がファンダメンタルな理論値の水準に回帰していくのかを検討してみたい。

1.参照する住宅価格について
 リピート・セールス手法*1に基づく米国住宅価格指数にはS&P/ケース・シラー住宅価格指数とOFHEO住宅価格指数が存在する。
 ケース・シラー住宅価格指数は、ジャンボ及びサブプライムモーゲージファイナンスされた住宅をカバーしているものの、対象地域は少なく、さらにジャンボ及びサブプライムモーゲージファイナンスされた住宅は低額物件が多いという特徴があるため、今回は比較的長期で利用可能で米国全体の住宅価格動向を反映していると考えられるOFHEO住宅価格指数を用いている。

2.住宅価格のファンダメンタル値(理論値)の導出
 Case and Shiller(2004),”IS THERE A BUBLLE IN THE HOUSING MARKET?”,COWLES FOUNDATION PAPER NO.1089では、州別住宅価格(ケース・シラー住宅価格指数に基づく)を州別人口変化、州別雇用者数変化、一人あたり所得、等の値に回帰した上で住宅価格の理論値を推計し、現実値との比較を行っている。この方法を参考にして以下のような回帰式を考え、全米レベルの住宅価格の理論値を導出した。

推計式
ln(OFHEO住宅価格指数)=α+β×ln(個人所得)+γ×失業率

 推計期間は1985年第1四半期を始点とし、終点を2002年第4四半期から一期づつずらしていき、1985年第1四半期から2005年第1四半期までの10パターンについて行い、回帰式から現実値と推計値の乖離が大きくなる2001年第1四半期以降の値について、推計したパラメータを用いて、最大値と最小値を除く住宅価格指数の上限、下限値と中央値を求めた。尚、いずれの推計結果も決定係数は高く0.96〜0.97の水準であった。

3.米国住宅バブルはいつになったら底打ちするのか?
 以下の図はOFHEO住宅価格指数(緑線部)、住宅価格ファンダメンタル値中央値(青線部)、(10パターンの推計結果の最大値最小値を除いた)上限値と下限値を記載している。
 推計結果からは直近(08年第2四半期のOFHEO住宅価格指数は380.82であり、住宅価格ファンダメンタル値は312.61〜334.39の水準(中央値323.46)にあることがわかる。この結果からは推計した住宅価格ファンダメンタル値と比較して、現実の住宅価格指数は46ポイントから68ポイント高めとなっていることがわかる。

 2008年第1四半期から第2四半期の住宅価格指数の下落幅は5.56ポイントであるが、仮にこのペースで住宅価格が下落を続けていき、かつ個人所得及び失業率の水準が変化しない(つまり住宅価格ファンダメンタル値は一定)と仮定した場合には、08年第2四半期の価格指数380.82が住宅価格ファンダメンタル値と一致するには約8四半期〜12四半期かかる(中央値の場合は10四半期)となる。つまり2年から3年の期間が必要となるため、住宅バブルが一服するには、2010年第2四半期〜2011年第2四半期(中央値の場合は2010年第4四半期)となるわけである。

3.まとめ
 簡単な推計からは、08年 第1四半期から第2四半期の住宅価格の下落スピードを前提に、08年第2四半期の住宅価格のファンダメンタル値まで住宅価格が下落するために要する期間は2年〜3年の期間となることがわかった。この結果が正しいものとすれば、住宅価格が底打ちするのは2010年中ばから2011年中ばという見通しになる。
 勿論住宅価格ファンダメンタル値は個人所得及び失業率の変化により変化すると考えられるため、住宅価格が理論的なファンダメンタル値の水準まで下落していくタイミングはこの結果よりも前倒しとなる可能性が高い。又、推計した住宅価格ファンダメンタル値はあくまで理論値であるためこの水準に近づけば底打ちするという保証はないことも留意すべきだろう。いずれにせよ、推計結果からは住宅価格が底を打つにはある程度の期間が必要であり、2009年中という見方は楽観的ということが言えるのかもしれない。

(追記 10/28 10:56)
 推計したファンダメンタル価格水準との乖離幅についてですが、エコノミストの今週号(08年11月4日号)でニッセイ基礎研の石川達哉氏がOECD及びIMFの試算(適正価格からみた現在の住宅価格の乖離率)を纏めています(30頁図2)。07年を基点にしてみるとOECD試算は30%程度の乖離幅、IMF試算は10%弱の乖離幅となっていることが読み取れます。本推計の場合、中位価格との乖離幅は15%程度、上限、下限値の乖離幅はそれぞれ12%、17%ですのでIMF試算とOECD試算の中間程度ということがいえましょう。勿論、単純に比較することはできませんので、数値的な相場観という意味合いですが。

*1:同じ不動産が異なる時点で複数回販売された場合の価格から不動産価格の経年変化を示す価格指数を算定する手法