なぜ原材料価格高騰は過去と比較して深刻なダメージを与えなかったのか?

1.BlinderとRuddによるサーベイ
 BlinderとRuddが原材料価格高騰が過去のオイルショックと比較して深刻なダメージをなぜ実態経済に与えなかったのかを自らの研究を含む近年の研究からサーベイしている(Blinder and Rudd,”Why the recent oil shock wasn’t very shocking” (in VOXEU)http://www.voxeu.org/index.php?q=node/2786)。サーベイの中にあるBlinderとRuddの論文(Blinder and Rudd(2008)*1)も斜め読んでみたが、我が国の経験も虚心坦懐に再検討してみると面白いかもしれない。
 閑話休題。BlinderとRuddのVOXEU記事に戻ると、彼らはまず過去のオイルショックに伴うスタグフレーションの進展の原因として金融政策の失敗が主要因であるという研究(Delong(1997)、Barsky and Kilian(2002)、Cecchetti et al.(2007))を紹介する。つまり、大恐慌時における金融政策の失敗の経験がFEDにインフレ退治のための思い切った引き締め策の発動を躊躇させ(Delong(1997))、「ストップアンドゴー」の金融政策が高インフレと高失業率を並存させ、世界的な緩和的金融政策の広がりが原材料価格を高騰させることでさらにインフレを深刻化させた(Barsky and Kilian(2002))というものである。
 BlinderとRuddは原材料価格の高騰という供給側のショックがスタグフレーションの主原因であるとし、金融政策の失敗が主原因であるという議論に反論を加える。しかし供給側のショックがスタグフレーションの原因であるという議論は今回の状況を考えた際には別の疑問を生みだす。つまり、供給側のショックがスタグフレーションの主原因であるとすると、過去二回のオイルショックと同程度かそれ以上のインパクトを与えたともいえる原材料価格の高騰がなぜ今回においてはスタグフレーションを生み出すという事態にはならなかったのかという疑問が新たに生じるためだ。
このような疑問に対しては、過去のオイルショック時と比較して先進諸国のエネルギー依存度が低くなっているという指摘が可能である。原材料価格高騰のインパクトが仮に同じでもエネルギー依存度が大きく低下している状況では実態経済に与えるインパクトは小さいだろう。別の視点としては、原油価格の他財に対するパススルー率(価格浸透度)が小さくなっているのではという指摘がある。パススルー率が小さいとすれば、たとえ原材料価格が高騰しても価格転嫁が進まずインフレは急激なものとはならない。
 Nordhaus(2007)はなぜ今回の原材料価格高騰が実態経済に深刻なダメージをもたらさなかったかという点について三つの可能性を指摘する。一つ目は原油価格の上昇は累積してみると大きいが、年率ベースで見ると過去のオイルショック程のインパクトではない。つまり今回の原油価格の上昇はそもそも過去のオイルショックよりもインパクトとして小さいという説明である。二つ目はFEDの金融政策のルール変更である。彼はFRBが80年まではヘッドラインのインフレ率に着目していたが、80年以降はコアインフレ率に着目していると分析している。コアインフレ率の変化を見ると、食料・エネルギーといった財の価格高騰はコアインフレ率を大きく上昇させるには至っていない。三つ目は70年代と比較して原油価格変化に対する賃金調整が進んでいるという側面である。賃金調整の進展は、原油価格のショックへの反応を抑制させる。
 Blanchard and Gali(2007)も近年の賃金の伸縮性の高まりを指摘する。70年代以降の金融政策がアンチインフレ的な姿勢への信認を高めたことが、オイルショックによるインフレのインパクトと生産の停滞を抑制しているとする。Kilian(2007)は第一次及び第二次オイルショックを経て米国の自動車産業の構造が変化したことが今回の原材料価格高騰に対するインパクトの小ささの一つの理由と指摘する。そして、今回の原材料価格高騰は個々の原油市場(及び原材料市場)への需給ショックではなく、工業生産に対するグローバルかつ旺盛な需要が原因であるとする。

2.感想
 以上、ブラインダーらによる掲題のテーマに関するサーベイをまとめてみた。彼らのサーベイの結論は、「様々な見方がある」というものである。米国に関してブラインダーらが主張する、サプライショックが第一次・第二次オイルショックの主因であるという主張については日本のデータ・先行研究を見る限り自分の感想は異なるものである。寧ろDelong(1997)、Barsky and Kilian(2002)、Cecchetti et al.(2007)らが主張する金融政策の不備によるものではないかと考えている。この点、70年代と今般といった形での時系列比較とあわせつつ日米比較を行ってみたりすると論点・特徴が明確になるのかもしれない。

*1:“THE SUPPLY-SHOCK EXPLANATION OF THE GREAT STAGFLATION REVISITED”,NBER Working Paper 14563