Quantitative and qualitative easing again(by Willem Buiter)を読む。

 ft.com/maverecon所収のBuiter教授の論説*1は、Qualitative easingとQuantitative easingの違い等々について丁寧に纏められた論説である。かなり長文なので詳細はお読み頂くとして、論説の肝となるのは、先日のエントリで取り上げたCredit Easingは、Buiter教授が定義するQualitative easingとQuantitative easingがミックスされたものという整理*2という指摘だろう。以下、例の如く自分視点で適度に意訳しつつまとめてみることにしたい。

1.Qualitative easingとQuantitative easingの定義
 まず、Qualitative easingとQuantitative easingの定義についてだが、Buiter教授は以下のように論じる。つまり資産構成を変えず(リスク資産の買取りを行わず)に、バランスシートの拡大を行うのがQuantitative easing、リスク資産の買取りを伴いつつ中央銀行のバランスシートの資産構成を変えることがQualitative easingということだ。

Quantitative easing
中央銀行の資産構成を一定に保ちながら、中央銀行のバランスシートの負債面(マネタリーベース)を拡大させることでバランスシートを拡大させること

Qualitative easing
中央銀行のバランスシートを一定に保ちながら、中央銀行の資産構成に占める非流動的・危険資産の割合を高めること

2.中央銀行のバランスシートとQuantitative easing   
 Quantitative easingのみを考慮した場合の中央銀行のバランスシートは以下の図表1のとおりである。左側は資産項目であり、国債(T)、国債を担保とした民間向け貸出(L(T))、中央銀行保有の対外資産(X)に分かれる。右側は負債項目であり、マネタリーベース(通貨及び市中銀行中央銀行の口座に保有する準備額の和)(M0)、その他純負債(W)となっている。資産側と負債側は互いにバランスしている状態である。
 この中央銀行はQuantitative easingは可能だが、Qualitative easingを行うことはできない。なぜなら、資産項目として計上されている資産はいずれも非流動的・危険資産ではなく、政府が発行する国債が担保となっているためである。
 Quantitative easingは、市中に存在している国債等(T及びL(T))の金利を下げることが目的である。このメカニズムは二つの経路を通じてなされるが、一つ目の経路は、政策金利をある一定期間低水準に留める、もしくは留めるという期待を醸成することにより長期の金利国債等の金利)を低水準に留めるというものである。市場が効率的でかつ裁定が十分に働く場合には、政策金利を低水準に留めおくことは国債等の金利を低位に推移させることにつながるだろう。もし上記の期待・裁定を通じたメカニズムがうまく働かず、国債等の金利が現在から将来にわたる政策金利の加重平均を上回るのであれば、中央銀行国債等を直接購入することで当該金利を下げることが可能である。quantitative easingは、準備通貨への需要、そしてマネタリーベースに影響を与える。これは政策金利の調整がより長期の満期限の債券金利や市場流動性インパクトをもたらすことを通じてなされる。

図表1:中央銀行のバランスシート(quantitative easingのみを考慮)

出所:Buiter論説Table1を転載

3.中央銀行のバランスシートとquantitative easing, qualitative easing
現在の中央銀行のバランスシートは図表2のようなものである。図表1との違いは二点ある。一つ目の違いは、バランスシートの資産側にあり、国債(T)、国債を担保とした民間向け貸出(L(T))に加えて民間証券を担保とした民間向け貸出(L(P))や民間証券(P)が挙げられている点である。
資産側に挙げられている民間証券(P)の例としては、FEDによるCPやABCPの買取りが挙げられるだろう。又、中央銀行が民間銀行や企業に対して無担保ローンを行う場合も、中央銀行のバランスシートの資産側の民間証券(P)として計上される。FEDファニーメイフレディマックジニーメイが保証するMBSの購入を行っているが、これは民間証券(P)には計上されない。理由はこれらの機関は政府の一機関もしくは政府が100%保有する機関であるためである。BOEやECBは民間証券の受け入れや民間企業への無担保での貸し出しは未だ行っていない。
 二つ目の違いは、中央銀行のバランスシートの負債側にある。中央銀行財務省短期証券もしくは財務省長期債券と同様のもの−中央銀行短期証券もしくは中央銀行長期債券を発行することが可能である。これは途上国や新興国の国々にとっては馴染みのあるものである。

図表2:中央銀行のバランスシート(quantitative easingとqualitative easingを共に考慮したもの)

出所:Buiter論説Table2を転載

 注意すべき点は、qualitative easingは図表2のL(P)の拡大やPの拡大を、マネタリーベースの拡大を伴わずに達成することが可能であるという点だ。つまり、L(P)やPを拡大させる一方で、T及びL(T)を縮小させたり、Nを増加させることができるのである。民間への貸出を通じて、中央銀行は民間債務のスプレッドやOISレート*3を直接ターゲットとすることができる。勿論、十分に効率的な市場においても民間債務のスプレッドをゼロとすることはできない。その理由は、タームプレミアム、インフレリスクプレミアム、デフォルトリスクもしくは信用リスクのプレミアムをゼロにすることはできないためだ。しかし流動性リスクプレミアムや不安・パニックに基づくプレミアムを減少させ除去することは可能である。
 Quantitative easingは、国債国債を担保とした証券を購入し、同額のマネタリーベースを供給することを通じてなされるが、これは財務省(政府)の仕事ではない。つまり中央銀行の仕事である。その理由は、中央銀行はこのオペを通じて国債そのものが持つリスク以上の信用リスクを引き受けないためである。
 Qualitative easingもしくはQuantitative easingとQualitative easingの組み合わせは中央銀行の信用リスクを高める。この場合、中央銀行が抱える信用リスクは納税者により救済されるだろう。Qualitative easingもしくはQuantitative easingとQualitative easingの組み合わせを実行する際には、財務省(政府)の同意が必要であり、中央銀行単体で決定することは不可能なのである。中央銀行単体で決定することが不可能であるとすれば、財務省(政府)が同意する信用リスクの上限の枠内で中央銀行がQuantitative easingおよびQualitative easingを行うことがベストだろう。

4.感想に変えて
 以上がQualitative easingもしくはQuantitative easingに関するBuiter教授の解説である。かなり端折って纏めているため、是非原文をお読み頂ければと思う。なお、Buiter教授は続けて、FRB,BOE,ECBの金融政策につきQualitative easing、Quantitative easingの視点から整理をおこなっている。これらの三つの中央銀行はQualitative easingとQuantitative easingを組み合わせた政策をさらに進めていくことになるだろう、FRBは三つの中央銀行の中で最も緩和を進めている、BOEは民間証券の購入等々は行っていないが、追々進めることになるだろう、というのがBuiter教授の見立てである。金融危機及び実態経済の深刻化の状況を鑑みると確実にそうなるだろう。そしてBuiter教授が述べるように、興味深いのはECBの動向である。ECBは図表2のL(P)及びPに関する枠組みは既に有しているのだが、バランスシートを拡大させるという非伝統的な金融政策(上記のQualitative easingとQuantitative easingを組み合わせた政策)に踏み込む際に、信用リスクを引き受ける相手先の財務省(政府)は一体誰になるのだろうかという問題が付きまとう。日本銀行は現在のところQualitative easing、Quantitative easingには消極的にも見えるが、Buiter教授の議論から考えると、政府(財務省)に対する不信、政策協力がなされておらずそのつもりもない(!)という事情が背景にあるかもしれない。勿論そのような事態が誤りであるところを期待したいところだ。

*1:ややこしいですが(笑、私の隣人の某マイミクさん経由でお教え頂いたもの。感謝の限り。http://blogs.ft.com/maverecon/2009/01/quantitative-and-qualitative-easing-again/#more-405

*2:FRBのCredit Easingを質的緩和と訳しているところもあるが、質的緩和というのはBuiter教授の指摘に基づくと違和感がある。よって前のエントリのとおり、信用緩和とした方がすっきりとくる。

*3:わが国の動向については例えば日銀レビュー(http://www.boj.or.jp/type/ronbun/rev/data/rev06j15.pdf)参照。