世界同時不況においてなぜ日本の打撃は深刻なのか?(その1)

 Voxeuにも掲載されているが、深尾・袁両氏による分析(深尾京司・袁堂軍「経済危機で日本はなぜこんなに大きな打撃を受けたのか:アジア国際産業連関表による分析」(Hi-Stat Vox No.8)(http://gcoe.ier.hit-u.ac.jp/vox/008.html))は、リーマンショック以降の日本経済の停滞の大きな要因が輸出の低迷にあるという意味で興味深いものだ。以下紹介しつつ、貿易面に即して簡単に整理してみることにしよう。

1.貿易面から見た我が国の特徴
 本題に入る前にデータから貿易面の我が国の特徴を確認しておこう。第一に指摘できる点は、我が国は輸出依存度(GDPに占める輸出の割合)、貿易依存度(GDPに占める貿易額(輸出と輸入の合計)の割合)は先進国でも有数の低水準であるという事実だ。英米独仏といった先進国5カ国の中では我が国は米国に次ぐ低水準であり、それは1980年代以降から現在を通じても変わらない事実である。この意味では我が国は内需のシェアが高い。 
 第二に指摘できる点は、90年代以降、実質GDP成長率に対する輸出の寄与度が高まっているという点だ。特に02年以降の景気回復局面では輸出と設備投資の寄与でほぼ実質GDP成長率を説明できるような状況だが、リーマンショック以降の実質GDP成長率に対する純輸出の寄与を見ると、08年10-12月期の実質GDP成長率マイナス13.5%(前期比年率、季節調整済)のうちで純輸出の寄与はマイナス12.6%となりGDPのマイナス分の93%を外需が占める形となっている。
 実質GDP成長率に対する内需と純輸出の寄与度を各国別にみると、輸出/貿易依存度が最も高い米国は内需の寄与が大きい。つまり、米国の場合は実質GDPに占めるシェアも大で成長への寄与も高いのは内需であるので、今後の成長を占う場合にも内需の動向が鍵となってくる。一方で日本の場合は内需のシェアは高いものの、成長への寄与が高いのは純輸出である。よって今後の成長を占う場合には純輸出の動向が鍵となる。我が国と同様に実体経済の落ち込みが大きい国として挙げられるのはドイツだが、ドイツの場合は2005年以降の輸出依存度は4割、貿易依存度は8割であり、外需のシェアが大きい。そして実質GDP成長率に対する寄与で見ると内需の寄与が大きいものの、外需の寄与は米国と比較しても大きい。つまりドイツの場合は日本と米国の特徴をミックスしたような位置づけになっているわけだ。
さて、日本の動向に戻ろう。我が国の純輸出のマイナス12.6%の内訳をみると輸出がマイナス10.6%、輸入がマイナス1.9%であり、輸出の減少が外需の大幅な減少につながり、そして実質GDPを押し下げているという姿がみてとれる。輸出の大幅減少と比較して輸入は微増といった状況であり、それが結果として純輸出を大きく押し下げて実質GDPに影響しているという点は三つ目の特徴につながる。
輸出が増減するのに対して輸入が輸出ほど増減しないという事実は、輸出と輸入が同調的に動いていないことを意味するわけだが、日米独といった次元でみた場合に我が国の特徴として指摘できるのは、日本の場合は輸出及び輸入が特定の財・産業に偏っており、かつ主要輸出品・主要輸入品の格差がはっきりしているという点である。つまり輸出の場合は一般機械、電気機械、輸送機械に特化しており、輸入は農産品や鉱産品といった一次産品のシェアが高い。米国やドイツの場合は日本ほど輸出財及び輸入財が特化されておらず、そのことが輸出と輸入の同調的な動きをもたらしているというわけだ。この点については、関連して後二つほど指摘しておく必要があるだろう。一つは我が国の輸入に占めるシェアが高い一次産品の価格高騰が実質ベースでの輸出と輸入の同調的な動きを阻害させたという事実である。2002年以降の景気回復局面は原材料価格の高騰が進んだ時期でもあったのは記憶に新しいが、08年10-12月期においても原材料価格の上昇効果は持続しており、名目ベースで見た純輸出の影響は輸出減少と輸入減少がうち消しあうことでGDPへの影響は小さくなっている。輸出及び輸入の特定産業への特化が進み、かつそれが輸出と輸入で異なる度合いが高いという点が、輸入財として特化していた一次産品の価格高騰を通じてマクロの実質ベースでの輸出と輸入の変化の同調性を失わせたということだ。もう一つは、なぜ先進国と比較して日本は貿易の特化が進んだのかという点である。この点については、深尾・袁両氏の分析でも指摘されているとおり、アジアを含めた中での日本の貿易の位置づけを見ていく必要がある。節を改めてみていくことにしよう。

2.日本の輸出が急減した要因
 深尾・袁両氏による分析では、輸出の急減は大きく4つの要因によって生じていると指摘されている。
まず一つ目の要因が、1.の最後で指摘した点につながるわけだが、三角貿易の縮小である。日本や韓国・台湾といったアジアの先進国が基幹部品を中国・タイ・ベトナムといったアジアの途上国に輸出し、アジアの途上国はこれを組み立てて米国や欧州に輸出するという三角貿易が盛んに行われていたが、今回の経済停滞により三角貿易の構造が急激に停滞したことが日本の輸出の急減に結びついているという指摘である。米国の輸入の低下は日本から見た米国への輸出の低下、そしてアジアの途上国向けの輸出の低下が影響しているというわけである。
 二つ目の要因は世界の需要構造のシフトである。日本の主力輸出品は自動車・電子機器・工作機械といった資本財や耐久消費財とその基幹部品だが、これらの輸出の低下に伴って設備投資の減少も進む可能性がある。事実リーマンショック以降のGDPのマイナスには設備投資の低下が大きく寄与している。
 三点目の要因が景気後退のタイミングのずれが指摘されている。この点は輸出の大幅な低下と比較して輸入の減少が遅れたことを説明する意味合いでの指摘だが、2008年10-12月期においては1.でも指摘したように産業内貿易の度合いが低い(貿易特化度合いが高い)ことと原材料価格高騰に伴う価格調整(円高効果含む)といった側面が寧ろ影響していると考えた方が自然だろう。両氏の「輸入の減少が遅れた」という指摘の意味合いは、輸出急減→内需低下→輸入低下という経路を考慮してのものだが、この経路は2009年1-3月期において輸入低下が現実のものとなり、結果、実質GDP成長率に対する純輸出の寄与は08年10-12月期のマイナス12.6%から09年1-3月期はマイナス5.4%と半減し、その中で輸入の寄与がマイナス1.9%からプラス11%と大幅に増加(つまり輸入は実質ベースで増加から減少に転じた)したことからも明らかである。
 四点目の要因が円高に伴う効果である。この円高の効果は輸出を減少させる方向に働くわけだが、深尾・袁両氏の分析では08年10-12月期の輸出の急減に大きく寄与したとは考えがたいとの指摘がなされている。価格効果が一定のタイムラグを伴いながら作用すると考えると、08年10-12月期よりも09年1-3月期にかけての輸出のマイナス幅の拡大に一定の影響を及ぼしているとも考えられる。
 さて、深尾・袁両氏の分析では、以上の4つの要因が日本の輸出急減、惹いては実質GDP成長率の落ち込みに大きく影響しているという整理を行った上で、一つ目の三角貿易の縮小に伴う日本の輸出の停滞の効果をアジア国際産業連関表に基づいて分析を行っている。詳細はお読みいただきたいが、分析はアジア国際産業連関表で特掲されている対象国10カ国(日、中、韓、台、星、馬、インドネシア、比、米)について、米国の自国を含むこれら地域に対する最終需要が全産品について1%減少した場合の10カ国間の貿易と生産の影響を試算している。波及として、米国の最終需要1%の減少はアジア諸国の米国最終需要向け輸出を減少させ、それがアジア諸国の国内生産へと波及する。さらに米国の最終需要の減少は米国の中間需要の減少をもたらすが、これはアジア諸国による米国の中間需要向け輸出も同様に減少させる。つまり、米国の最終需要、中間需要両面での需要減少がアジア諸国にとっての輸出減少という形で一次的には影響し、その輸出減少が生産の減少をもたらし、更に生産の減少が10カ国の中間投入の減少をもたらし・・・という形で波及が進んだ場合にどうなるかというのが試算の中身である。
 結果は米国中間需要の減少に伴う影響と、最終需要の減少に伴う影響の二つに分けて整理されている。まず米国中間需要減少に伴う影響をみると、日本の場合は先に指摘したとおり主力輸出品が自動車・電子機器・工作機械といった資本財や耐久消費財とその基幹部品であるため、米国の中間需要の減少に伴う輸出減に加えてアジア各国への基幹部品の輸出も減少し、対象9カ国への純輸出は全面的にマイナスとなる。中国の場合は米国の中間需要の低下が米国向けの純輸出減少につながるが、対アジアについてみると純輸出はプラスとなる。これは三角貿易を反映して中間投入向けの財を米国に輸出する場合の財の構成が日本とは異なること、更に米国の最終需要が下落することで、中国が米国に対して輸出していた消費財を作るために必要となる部品のアジアからの輸入を下落させたことが原因である。米国最終需要減少に伴う影響をみると、中国の場合は対米輸出の多くが最終財の輸出であるため、こちらについては日本よりも中国の方が輸出の低下効果は大きい。結果、総額ベースでみると日本の純輸出減少よりも中国の純輸出減少の方が影響が大きくなっている。注意すべき点は、米国の輸入の低下に伴う貿易相手国への影響は、我が国にとっては三角貿易の構造を経由して増幅されるということであり、逆に言えば米国の需要が回復していく局面では対米のみならず対アジアの輸出も回復する形で相互補完的な形で輸出が回復する可能性を示唆しているのである。

(追記)輸入変化の記述が逆になってしまっている箇所がいくつかありましたので修正しました。ご指摘ありがとうございます&失礼しました(涙。