DSGEモデルによる潜在成長率推計(メモ)

 巡回先のブログで日銀レビューとして潜在成長率の話題が掲載されていたのだが、その中でDSGEモデルを用いた潜在成長率の推計の話題が出ていた(一上、代田、関根、笛木、福永「潜在成長率の各種推計法と留意点」、日銀レビュー2009-J-13)。
 ここではDSGEモデルを用いた潜在成長率の推計が紹介されている。尚、日銀レビューでは潜在成長率をトレンド等で外生的に与えるのではなく、潜在成長率自体を推計したものは「日本経済に関するDSGEモデルを用いた研究例は無い」と書いてあるのだが、実は日銀レビューが纏められる半年前の段階で既にある。それがご存知、矢野さんによるDSGEモデルを用いた日本経済の分析。

Koiti Yano(2009),”Dynamic Stochastic General Models Under a Liquidity Trap and Self-organizing State Spase Modeling”,ESRI Discussion Paper Series No.206.

 私自身の勉強も兼ねながら、これらの二つの内容について簡単にまとめておこう。誤り等もある可能性が高いので、是非直接内容をご覧頂きたいし、間違っていれば教えていただければ幸いである。

1.日銀レビューで紹介されているDSGEモデルに基づく潜在GDP成長率推計方法
 ニューケインジアンタイプのDSGEモデルでは、価格が伸縮的である場合に実現する経済活動水準を「自然産出量」と呼び、自然産出量と実際の産出量とのギャップをアウトプットギャップと呼ぶ。潜在成長率は「自然産出量の伸び率」と定義される。
 日銀レビューでは、自然産出量の伸びを「人口成長率」と「永続的ショック」及び「一時的ショック」の三つにより決まると考え、潜在成長率を「人口成長率」、「永続的ショック」と「一時的ショック」の和として推計している。「一時的ショック」は中長期的にはゼロとなるので、結局、「永続的ショック」と「人口成長率」の和が潜在成長率となるということだ。ここで、「永続的ショック」か「一時的ショック」かを分かつのは、ショックとして想定した変数が定常過程か非定常過程かのいずれによるかに依存する。この場合、ショックの振れ幅は分析者が想定する「事前分布」の値に依存する。また、日銀レビューでは、このような事前分布を過程したパラメータ推計の際の問題点として、識別の際の定式化の違いによる影響を指摘している。

2.Yano(2009)における潜在GDP成長率推計
 この論文では、Kitagawa(1996)及びGordon et al.(1993)で提示されたモンテカルロ粒子フィルターを基にして流動性の罠の下でのDSGEモデルのパラメータ推計の新たな方法を提示し、実際に推計がなされている。
 パラメータ推計の特徴は、ベイジアンの手法に基づき、非線形、非ガウス、非定常の状態空間を基礎として、未知のパラメータを推計しているという点である。
 既存のDSGEモデルの特徴は、構造パラメータは不変であるとの想定がなされている点だが、本推計ではパラメータの構造変化を認める。よって、DSGEモデルの次元で、流動性の罠に陥った日本経済の状況を(状態変化に対応するという形で)モデルスイッチングとして記述できる。さらに、DSGEモデルの当てはまりをその対数尤度を検討することで検証できる。
 そして、本論文で用いられている手法は、HPフィルター、Baxter-Kingフィルター、Christiano-Fitzgeraldフィルター等々のトレンドを除去して趨勢変動を見るという手法に対して、代替的な手法を提供している。本論文で適用される手法は、マクロ経済データの変動を(趨勢変動とそうでないものにアドホックな形で分割するというのではなく)そのままの形で認めつつ、時変パラメータと未知の状態空間を同時推定するという特徴を有している。
 以上の方法を適用しつつ、1999年〜2006年における流動性の罠期の日本経済のマクロデータを含めて、ニューケインジアンタイプのDSGEモデルが推計されている。
 分析の結果によれば、潜在成長率は90年代末期に低下したものの、2000年代半ばにおいて約2%の水準であった。ターゲットとしているインフレ率が1990年代及び2000年代に低すぎたことが、日本経済をデフレに導いたと解釈できる。(Fig1.)そして、HPフィルターおよびCFフィルターを適用した場合のOutput gapとYano(2009)におけるそれとが比較されているが、90年代半ば以前のHPフィルターは事実とは整合的でないことがわかる。